005
彼の名は、堀合 涼太。廻沢のラボにいる助手だ。
珍しい藍色のショートカットと、グルグル眼鏡が特徴。
白衣を着ていて、黒いズボンを履いた男が手に何かを持ってきていた。
それは、電子チップだ。廻沢が、助手の堀合からチップを受け取っていた。
「データ調節は、終わったの?」
「はい、終わりました」堀合は、すぐに頷いた。
「何をやっているんだよ」俺は悪態をついた。
「番号詐欺師『名倉 昭』を、あなたら粛正部は探すのでしょう」
「具体的にやるのは、捜査課だ。
ブラックナンバーであっても、粛正課の俺たちではない」
「でも、あなたたちはいずれレッドナンバーに会うこともあるでしょ」
「直接面と向かって会うことは、無いけどな。ドローン越しなら、あるいは……」
「そこで、これ。名付けて、『チップスキャナーシステム』よ」
廻沢が、声を張り上げて言ってきた。
忙しいラボに、彼女の声が響く。
堀合も、俺も困った顔で廻沢を見ていた。
「で?」
「おほん!とにかくこれをアメミットにセットして、使えば……殺した人間のチップをスキャンできるのよ」
「ああ、アールチップのことか」
「そ、人間は生まれたらチップを埋め込まれる。アールチップね。
第1世代以降は、生まれたときに母乳から埋め込まれるし。
この島に移住するときには、検問所でナンバーのチップを入れられる。
大きさは、0.001ミクロンだから……まあ見えないよね」
アールチップ、この人工島に住む全ての人間が埋め込まれたチップだ。
この世界で生きている全ての人類に、番号があるのはそのためだ。
廻沢から、チップを俺が受け取った。受け取りながら、あることを口に出した。
「なあ、廻沢」
「なに、この世界に……この島に住んでいる人間は、全員番号があるんだよな」
「そうね、絶対にあるわ。番号は、どんな人間にも必ず与えられる」
「俺、今日の夕方のミッションで、番号の無い幽霊を見たけど」
「番号の無い幽霊?」首をかしげた廻沢。
それを聞いていた、堀合も口に出した。
「ボクも見ましたよ、廻沢さん」おとなしそうな堀合の、強気な言葉。
「夕方のミッション中の画面を、ここに出せる?堀合?」
「はい、今出しますね」
近くにあるパソコンを操作し、堀合が画像を近くにモニターに出した。
ラボの真ん中には、モニターがある。
大きなモニターには、さっき俺が見ていたドローンの映像が出てきた。
「この後……木箱の裏……そう」俺は堀合に指示を出すと、確かに木箱の裏に人影が見えた。
「あら、本当ね」見えたのは茶髪の後頭部と、赤い二つのリボン。
俺のドローンから見えた人間と、同じだ。
「やっぱり、幽霊じゃないんだな」
「確かに番号が、無いわね。
だとしたら、相当マズイわよ」廻沢が、険しい顔を見せた。
「どうした?」
「ごくごくたまに、番号無しは存在するけど……マートは秘密裏に消去しているのよ。
それが、マート庁の映像に残っていたら絶対にマートが動くと思うから」
「俺、ちょっと用事出来たから帰る」
そのまま、俺は背中を向けた。
あの髪型、スマホの待ち受けにしたあの女の後ろ姿にとてもよく似ていた。
俺が大好きだった……『鍵谷 蓮』に。
「待ちたまえ、少年」呼び止めたのは廻沢。
「少年じゃない、俺は」
「持って行け」俺に一つのピンク色の球を、投げつけてきた廻沢。
ピンクの球を受け取った俺は、「サンキュー」と言い残してラボを出て行った。