003
西暦2123年、5月。首都『アール』。
世界は、一つの島に統一された。太平洋に浮かぶ小さな人工島。
名前は、『アール』と呼ばれた島。
この島は人類最後の楽園であり、希望の島でもあった。
ここに人類の大半が存在し、神の恩恵を受けて暮らしていた。
俺がいる場所は、アールの島にあるビルの中。
高層三十階建てのビルの二十二階、更衣室にいた俺はロッカーで俺は黒いタイツを脱いでいた。
筋肉質の体で、白いシャツ姿と下着姿の俺は、鏡でやつれた顔を横目で見ていた。
広いロッカーで、俺はハンガーの奥にある穴に脱いだ黒いタイツを投げ入れた。
そのまま、ハンガーに掛かっている黒いジャンパーに袖を通す。
目つきは鋭いが、疲れた顔で着替えをしていた。
「お疲れ、修成」
俺に声をかけてきたのは、赤い癖髪の男。
目はおっとりとしていたが、背筋がピンとしていた。
まあ、百九十センチある俺より背は低いけど。
「ああ、お疲れ相棒」
「そこは柚木だろ。将也でも、いいけどな」
「一応会社内だし、結局の所……相棒でいいだろ」
俺はドローンの相棒と同じ声の『柚木 将也』と、会話を交わす。
彼もまた、黒いタイツを脱いで緑色のジャケットに着替えていた。
俺は黒のズボンに履き替えて、ロッカーのドアを閉めた。
閉めたロッカーには俺の名前と『碑文谷 修成』と番号『8929314847』が書かれていた。
番号は、黒で書かれていた。
「堅いこと言うなよ、修成」
「じゃあ、俺も柚木で呼ぶ」
「名前では呼んでくれないのか、修成」
柚木は、苦笑いをして見せた。
「体は大丈夫か?修成」
「平気だ、いつものことだ」
「仕事、変えた方がいいんじゃないか?」
「それは……しない。そういえば言うのを忘れていたが、さっきは助かったよ。
柚木、サンキュー」
「いや、お前仕事中はぼーっとしすぎだって」
「人が見えたんだ」
「人?レッドナンバーの橋本じゃ無くて?」
柚木の質問に、俺は首をかしげた。
「赤い小さなリボンに、茶髪なんだ」
「それって……あの子にそっくりじゃ無いか」
「生命反応があって、木箱の裏だけど」
「いや、見なかったな。ただの、幽霊とかじゃ無いのか?
でも、この島は出来て四十年も経たない新しい人工島だ。
こんな近未来の島に、幽霊なんかもあるのか?」
「どうだろうな?世界大戦の亡霊だったりして」
「やだな、百億人以上が死んだんだぞ」
赤いクセ髪の柚木が、震えた顔を見せた。
見た目は立派な青年だけど、柚木は幽霊とかが苦手だ。
「まあ、大戦で死んだのはほとんど大陸の人間だしな。
この人工島アールは、大戦終了後に楽園として出来ただろ」
「そうだっけ?」
「まあ、俺たちが赤ん坊の頃の話だけどな。この島の移住」
「そういえば、修成は第2世代だっけ?」
「俺の年齢は36才だから、第1世代」
「一応俺より、年上なんだな。相棒」
「だったら、敬語を使え。敬語を」
俺は悪戯っぽく笑う柚木に、鋭く言い返した。
「まあ、世代なんか関係ないし。
この世界には、永遠の命が約束されているんだから」
「ただ、老けないだけだろ」
「いい時代に生まれたな、俺たち」
「どうだろうな」
ロッカーを閉めたまま、俺は自分の名前を眺めていた。
俺の、両親は既にこの世にはいない。大戦で、みんな死んだ。
人類は第三次世界大戦で、地球上の人口の99.9%が失われた。
原因は宇宙開発の失敗と、大幅な人口増加による資源争奪。
俺が生まれる前に大戦が起き、俺が生まれる前の年に集結した。
だが、人類はわずか1億人になった。
世界のほとんどが、核に汚染された世界になって大陸は住めなくなった。
そこで考え出されたのが、人工島アールの移住だ。
大戦で死んだ俺の両親の生殖器と幼い姉は、一緒にこの島に移り住んだ。
体外受精の末に生まれた俺は、このアールで生まれた第1世代になるのだ。
黒のジャケットを着た俺は、スマホを何気なく見ていた。
待ち受け画面にしているのは、一人の女性。
茶髪で、赤いリボンの女。俺が好きだった女性だ。
俺はスマホをジャンパーのポケットにしまうと、館内放送が流れてきた。
「ピンポンパンポーン。
えー『碑文谷 修成』『碑文谷 修成』放送が聞こえたら、至急私のいるラボに来なさい。
可及的速やかに、大至急来るよーに」
館内放送で、俺を名指しで呼ぶ放送が流れた。
その放送を聞いて、俺は頭を掻いていた。
「お呼びだぞ、修成」
「昨日、柚木も呼ばれていなかったか?」
「ああ……なに、簡単は話を聞いて、頼まれるだけ……だと思うけど」
「全く、相変わらず粛正部に面倒な仕事を押しつけてくるのか。あの女は」
そのまま、面倒そうな顔を見せながら俺は更衣室を出て行くことにした。