ヘイゼルの気持ち
ある夫婦には子供ができなかった。
夫婦は子供が欲しくて欲しくてたまらなかったが、結婚して何年経っても子供ができることはなかった。
そして施設から「ヘイゼル」という名の子供を引き取った。
夫婦はたいそうその子を可愛がり育てた。
母はよくヘイゼルを撫でながら言った。
「ヘイゼルは母さんと同じ瞳の色ね」と。
愛情深い母だった。ヘイゼルの瞳が違う色でも、愛し育ててくれただろう。
しかし、自分の子供を産めなかった母は、自分と同じ特徴を、愛する子が持っていることが嬉しかったのだろう。
そして血の繋がりがないことを分かっていたヘイゼルも、母と同じ瞳の色であることが、親子の証となるような気がして誇らしかった。
テオの緑の瞳を見ているとその事を思い出す。
母が自分を愛してくれたように、この子にも愛を注ぎたいと思った。
でも、ヘイゼルには一つ心に引っ掛かるものがあった。
イーサンに告白されたとき、その引っ掛かりは大きい闇に姿を変えた。
イーサンに好きだと言われた時、驚いたけど嬉しかった。そして同時に怖かった。
父も、母も、夫も、事故で死んでしまった。
偶然だ、とは思う。
悪い偶然が重なったのだとジョゼッタさんは慰めてくれた。
でも、あの子は不吉だ、と街で噂されていたのも耳にした。
「本当の親も、実は事故死だったりしてな」
街人が、退屈な日々のスパイスに思いつきで言ったただの妄言だろう。
しかしそれを聞いた時から、自分と深く関わった人は死んでしまう、そんな思い込みの呪いがヘイゼルを支配してしまった。
テオを保護することになった時も、戸惑いはあった。この子にも何かあったらどうしよう、と。
でも、一時的に預かるだけ、親が迎えに来たら、返すのだからきっと大丈夫。そう自分を誤魔化した。
初めは怪我をしないか、病気にならないか、ハラハラしながら過ごした。
テオは小さな怪我をすることはあったが、幸いにも生きている。しかしそれでもヘイゼルの呪いは存在しないという確信は持てなかった。
ずっとひとりで生きて、ひとりで死んでいくのだと思っていた。
でもテオと暮らして、共に食事をして、笑い合って、同じ時間を共有できる人がいることの幸せを思い出してしまった。
あの嵐の夜、テオの寝息を聞きながら、イーサンの横顔を見ながら、この時間が永遠に続けばいいのにと願ってしまった。
私もイーサンに惹かれている。
重い荷物も軽々と持ってくれる逞しさに、テオにからかわれたときに見せる笑顔に、ふと目が合ったときの優しい眼差しに。
だから願う。この人がずっと生きていてくれることを。
生きてさえいれば、会えなくても大丈夫。
少しも思わなかった訳ではない。
愛する人と歩む未来を。
でもそれはとうの昔に諦めた夢だ。
今ならまだ引き返せる。
本当に愛してしまう前に。
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王宮で、テオドールは不貞腐れた風に後ろに真顔で控える騎士に言った。
「お前がしっかりしないせいで、ヘイゼルとは離れ離れだ」
「面目ありません」
「王となった今は、国境も気軽に越えられない」
「返す言葉もありません。」
「はぁ。国境が少しでもずれていてヘイゼルの家がうちの領土だったら、いつでも遊びにいけるのに」
そこでテオドールはハッとして、ニヤリと口の端を持ち上げた。
「いい事を思いついたぞ」




