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ヘイゼルが家を離れられない理由

3人はヘイゼルの台所の小さい机を囲んで座り、静かにホットミルクを飲んでいた。


「どうしてこうなる」


荒れに荒れて隣国に被害を与えた嵐は、国境の山で威力を消し、強めの雨と強めの風が吹くだけとなった。


他の護衛は隣国に被災地の救助の応援に向かい、イーサンだけが残った。


嵐の中テントは危ないので家の中に招かれ、こうして三人と一匹でホットミルクを飲んでいる。


初めて家の中に足を踏み入れたイーサンは、ゆっくりと家の中を見渡す。


磨かれた床、ジャムやレモンの蜂蜜漬けやピクルスの入った瓶が並んだキッチン、質素だけど清潔なシーツがかけてあるベッドの横の壁の棚には、数冊の本が整頓されて置いてある。


磨かれた窓や家具は、ヘイゼルが大切にしているという何よりの証拠だった。


ここでヘイゼルは夫と笑い合って幸せに暮らしていたのだろう。


胸が苦しくなる。


今までは、どうにかしてヘイゼルを国に連れ帰ることばかりを考えていたが、ヘイゼルの幸せは、この家の中にあるのだと、思い知らされたようだった。


「あら、テオったら、眠たいのならベッドへおはいり」


ヘイゼルの声にハッとテオドールを見ると、ミルクのカップを持ちながら、ウトウト船を漕いでいた。


「うん…おやすみヘイゼル」


そういって、テオドールはベッドへ行った。

ベッドに滑り込んだテオドールは、布団をかける前にギンと目を開き、「なんとか距離を縮めろ」と目の圧力だけでイーサンに訴えかけ、そのまま布団に潜り込んだ。


しかとそのメッセージを受け取ったイーサンは、ヘイゼルに向き直った。


「あなたの作ってくれる料理は素晴らしい。このホットミルクでさえも」


「まぁ、お世辞がお上手ですこと」


「いや、お世辞ではない。騎士一同、あなたの心遣いに感謝している」


「少しでもお役に立てたのなら、光栄なことです」


沈黙を掻き消すように、雨音が聞こえた。


ヘイゼルとの間にはいつも一枚の壁があるように思う。


近づこうとすると、その壁に阻まれる。


それも夫への愛ゆえ、だろうか。


何も進展のないまま嵐は過ぎ去った。


寝るふりをして会話を聞いていたテオドールに翌日ひどく怒られたのはいうまでもない。


********




こうして、もう出発しなければいけない日の前日を迎えた。


イーサンはとうとうプロポーズを決行する事にした。


「俺を連れ戻すためにプロポーズしたんだと思われたら最悪だからな。ちゃんと伝えろよ」


「分かっております」


真剣な面持ちで、畑の横の井戸にいるヘイゼルに向かってイーサンは歩いていく。


「あなたが好きだ!」


畑に撒く水を井戸から汲んでいる途中のヘイゼルに向かってイーサンは突如切り出した。


「ストレートすぎるだろ」


てっきり、どこかロマンチックなところへ呼び出して告白すると思っていたテオドールは、少し遠くから黒猫と見守りながら驚愕していた。


驚きに目を見開くヘイゼルに、イーサンは続ける。


「あなたが亡くなったご主人をまだ愛しているのはわかっています。彼を忘れろとは言いません。愛し続けるならそれでもいい。ただ私の隣にいて欲しい」


キョトンとヘイゼルは首を傾げる。


「主人…? 私、あの人のこと愛してません」


「え?忘れられないからご主人との思い出の家を大切にしてるんじゃ…」


「この家は、元々私の両親の家なんです。両親が亡くなるまではこの家に住んでいて、結婚してまたここに戻ってきたんです」


「いつも一緒に野菜を売りに来てたって…」


「それは主人が文字が読めないからです。計算もできなくて、売り上げをちょろまかされることもあったから、必ず一緒に行っていました」


思わぬ返答に頭が真っ白になり固まるイーサンにヘイゼルは思い出すように続ける。


「私、主人のことを愛したことは一度もないんです。

私は早くに両親を亡くした後、叔父夫婦に引き取られましたが、厄介者で。

早く私を追い出すために叔父が決めた結婚相手が主人でした。

最初は夫婦として仲良くやっていきたいと思っていましたが、私が話しかけても返事もしてくれないし、食事だって一緒に食べていても味気なかった。ただ同じ空間に居るだけ。

そうして心が通わないまま、事故に遭っていなくなってしまいました」


「なら、僕に」


「怖いんです。

どんなに元気な人でも、ある日突然死んでしまう。私、主人を愛してなくて良かった。愛していたら、その人を失うことに耐えられない」


早くに両親を亡くした少女。


結婚相手にも先立たれた彼女。


もう置いていかれるのが怖いのだ。


愛せば愛すほど、その別れは辛い。


人とあまり関らず、両親との思い出が詰まった家にいれば心を乱されることはない。


ここは、彼女の心を守る砦だったのだ。


そんな彼女に、命を張らなければならない護衛の自分は、もう何も言えなかった。


「お帰りください。テオには私から話しておきます。

家族ごっこはもう終わり。」

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