プロポーズ大作戦
戴冠式の日が近づいている。
イーサンはヘイゼルが昼食の準備をしに畑から家へ入った隙にテオドールに話しかけた。
「ヘイゼルさんにプロポーズしようと思います」
テオドールがギョッとイーサンを見る。
「正気か」
「本気です」
「正気かと聞いてる。ヘイゼルがはいと言うわけないだろう」
胸にグサッとくる。
「お前がヘイゼルを好いているのは分かった。だがヘイゼルはお前のこと何とも思ってなさそうだぞ」
グサグサッ。
「まぁ、お前がヘイゼルと結婚すればヘイゼルも国へ来てくれるだろう。応援するぞ」
こうしてプロポーズ大作戦が始まった。
それまで常にヘイゼルの隣にいたテオドールは、それとなく離れることが多くなった。
この日も、「あ、ちょうちょ!」と言って黒猫と共に畑の方へ駆けて行った。
護衛はテオドールについて行くので、イーサンはヘイゼルと束の間二人きりになる。
外に机と椅子を並べて昼食の準備をしているヘイゼルに、どう話しかけようと戸惑っていると、急にヘイゼルが振り返ってジャムの瓶をイーサンに向けた。
「蓋を開けてくださらない?固くて開かないの」
ここが見せ場だと、メキッと一瞬で蓋を開ける。
「ありがとう。さすが騎士さまね」
「お安い御用です」
ジャムを器に移しながらヘイゼルは控えめに尋ねた。
「テオ…いえ、テオドール王子は、国に帰っても本当に安全なのかしら」
「はい、反逆者は全て捕らえましたし、周りも信頼のできる者で固めております。王位に就いたあとは立派に国を治められるでしょう」
「そうね、あの子は賢く優しい子だもの。立派な王様になるわ」
ヘイゼルは少し寂しそうに微笑んだ。
「…しかしテオドール様には支えが必要です。多ければ多いほど良い。
ヘイゼルさんが側にいてくださると心強い」
ヘイゼルはまた寂しそうに微笑んで首を振った。
「私はここを離れられません」
彼女はテオドール様が国に戻ることは承知しているらしい。
意外だった。
ヘイゼルのテオドールへの溺愛ぶりは凄まじい。
朝から晩までかいがいしく面倒をみるし、一度畑仕事中に尖った小石で指先が少し切れた時には、ひどく取り乱して瞳に涙を浮かべながら指先に包帯を巻いていた。
ずっと王子のそばにいる事を望むと思っていたのだが。
考えられる理由はひとつ。
…きっとご主人のことが忘れられないのだろう。
見たこともない、ヘイゼルの新緑の瞳にいつも映っていたであろう人の影に嫉妬した。
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「手ごたえなしぃ??」
「テオドール様の話ばかりになって…」
「俺が興味もないちょうちょを追いかけてやったのに何やってるんだよ!」
テオドールは激怒している。
そうは言っても、イーサンは小さい頃から剣ばかり振ってきて、騎士になってからはなおさら、色恋など無関係のままここまで来てしまった。どう女性にアピールしたらいいのか分からないのだ。
ましてや、先立たれた夫をまだ愛し続ける女性にアタックする技術など持ち合わせてはいなかった。
「これは何か大きなきっかけがいるぞ」
「キッカケと言いますと」
「山賊に襲われているところを助けるとか、川で溺れてるところを助けるとかさぁ」
「この国は平和なので山賊はおりません。溺れるほど深い川も近くにはありません」
「終わった」
そんな矢先、嵐が来た。
「来たじゃないか!うってつけのが!」
「と言いますと」
「嵐からヘイゼルを守って心を勝ち取るんだよ!!」