国に戻らない王子(護衛イーサン目線)
やっとテオドール王子を見つけ、今私は彼の前でひざまずいている。
お元気そうでホッとした。
私はテオドール王子が産まれる前から騎士として従事していた。テオドール様が産まれ、王子の誕生に町が沸いた日をよく覚えている。
王妃とテオドール王子の護衛についてからというもの、若かった私はテオドール様の遊び相手にもなった。
テオドール王子が4歳を迎えるころ、王妃が病に倒れた。
「イーサン、テオドールを頼むわね」
そう言い残して、王妃は幼い王子を残して逝ってしまった。
その言葉を胸に抱き、王妃亡き後はテオドール王子専属の護衛兼側近として従事してきた。
不敬を承知で言うならば、私は生まれた時から見守り続けているテオドール様を家族のように想っている。
第一王子の反勢力が王が亡くなったタイミングで反乱を起こしたのは予想外のことだった。
やっとのことで反勢力を抑え込み、首謀者は全て打首にした。
肝心の王子だが、消息不明だ。しかし、生き延びていれば隣国にいるだろう。それからは捜索が続き、遂に見つけた。
見つけたのだが。
「イーサン、俺は戻らない」
涙をポロポロ流す女性の手を握り、テオドール王子は答えた。
「反勢力は殲滅いたしました。もう危険はございません。あとはテオドール様に王座に座っていただくだけでございます」
「ヘイゼル無しでは、戻らない」
テオドールの意思は固かった。
私はヘイゼルと呼ばれるその女性を見た。王子が行方不明の間、この人が王子の面倒を見てくれていたのだろうか。
茶色い髪を束ねて、放心状態のその新緑の瞳からは涙がずっと溢れている。
「私は…行けないわ。この家を守らなければいけないの」
「じゃあ俺もここに残る」
私は困った。無理矢理連れて行くわけにもいかない。
この女性に一緒に来てもらうのが手っ取り早いが…
彼女が守らなくてはいけないという小さい掘立て小屋を見る。そこに守るべき価値があるとは思えなかったが、この人にはあるのだろう。
どんなに説得してもヘイゼルと一緒ではないと行かないというテオドール。
どんなに説得してもここを離れないというヘイゼル。
イーサンは困り果て、遂には太陽が沈み始めた。
二人を簀巻きにして無理矢理連れ帰りたい衝動を抑え、一つの提案をする。
「わかりました。まだ戴冠式まで少し日にちがあります。それまでにどうするか考えましょう。どうするか決まるまでは、テオドール王子、ここに住み続けるのもかまいませんが、護衛を置かせていただきます。もちろん私も。それでよろしいですか」
こうして、ヘイゼルの家の横にテントを張り、24時間護衛が数人寝泊まりすることとなった。
ヘイゼルは、うちに泊まってはと言ったが、その小さい家にはヘイゼルと、テオドールと、あと一人くらい入るのが限界で、騎士たちが寝泊まりできるようなスペースはなかった。
「ややこしいことになったな」
街灯も無く、いつもよりよく見える星を見上げて呟いた。