ボロボロの子供の正体
一夜明け、ヘイゼルは寝ぼけ眼のテオに朝ごはんを用意して食べるように言い、テオの親の手がかりを探しに街へ降りていった。
ジョゼッタさんの店に行き、事の経緯を話す。
「あらまぁ、大変だね。月に一度うちに隣国から業者が仕入れに来るから、その人に聞いてみとくよ」
「ありがとう。よろしくお願いします」
子供が心配なのか足早に去って行くヘイゼルを見つめながら、ジョゼッタの夫がため息をつく。
「ダニーが死んでからもう4年だろ。女一人で山のふもとで…あの容姿と気立ての良さなら貰い手はいくらでもあるだろうに。かわいそうったらねぇ。」
「しょうがないよ。もう結婚はしたくないってんだから。あの家を離れる気もないみたいだし。それが迷い子まで世話することになっちまって…。まぁひとりでいるよりは良いかもしれないよ」
ヘイゼルは息を切らしながら家まで駆ける。
やっと家に着いてドアを開けた時、そこには朝と同じように台所の小さな机にテオが座っていた。朝ご飯の皿は空だ。
テオがちゃんといてくれたことにホッとする。
するとテオがヘイゼルの元へ来てヘイゼルのスカートの裾を掴んだ。
知らない場所でひとりにされて心細かったのだろう。
一人ぼっちでうちまで辿り着いた子どもをひとりにするべきではなかった。後悔の気持ちとともに、それまで抑えていたテオへの愛情が溢れ出し、ヘイゼルはテオをギュッと抱きしめた。
「ごめんね。もう二度とひとりにしないわ」
それからヘイゼルは畑仕事も、街へ降りていくときも、常にテオと行動した。
無口だったテオも日を追うごとにヘイゼルに懐き、明るい笑顔も見られるようになった。
ジョゼッタさんからも隣国で子どもを探しているという情報は何もなく、平穏に日々は過ぎていった。
季節は初夏を迎えていた。
「やぁ、よく来たね。ヘイゼル、テオ」
野菜とピクルスの瓶をたくさん持ったヘイゼルとテオがジョゼッタさんの店に来ていた。
「おや。今日はジャムはないんだね」
「ええ、ジャムはテオがたくさん食べてくれるから」
ヘイゼルは微笑む。
「母さんのお手伝いえらいな、ぼうず」
とそこにいたお客さんが言った。
親子じゃないとテオが言おうとヘイゼルを見上げると、ヘイゼルは満面の笑みで言った。
「はい、自慢の子なんです」
その日一日ヘイゼルは鼻歌を歌ってご機嫌だった。
「私たち、同じ緑色の目をしているでしょう」
ヘイゼルの口癖だった。
テオの瞳は深い深い森の色、ヘイゼルは明るい芽生えたばかりの新芽の色。
緑とは言っても全然違う。でもヘイゼルの笑顔を前に、違うとは言えないテオは、いつも「そうだね」と返すのだった。
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テオは、とても頭が切れる子だった。
初めてテオを連れて野菜を売りに行ったとき、即座に合計金額を言うので驚いたものだ。
畑の土の配合もすぐに覚え、本を読んでやれば考えてもみない方向から質問がくる。
畑仕事の要領は良くなり、収穫は増え、暮らしも少し楽になった。
なにより、
自分の作ったご飯を食べてくれる人、お世話できる人、可愛がって、本を読んであげられる人。
ずっとずっと求めていた。
そんな、私と同じ色の目をした子供がいつもそばにいる。
ヘイゼルは幸福だった。
しかしそんな穏やかな日々はいきなり一変した。
ある朝、朝食を終えた二人が畑に行こうとドアを開けると、マントを羽織った騎士がズラッと片膝をつき頭を下げていた。
「テオドール様、お迎えが遅くなり、申し訳ございません」
テオドール。それがテオの名前だった。
テオは隣国の王子だった。
王が急死し、王位継承権一位のテオが王位に就く予定が、継承権二位の弟を祭り上げて権力を握ろうとする勢力が反乱を起こした。
そこでテオは命を守るため国境を越えて一時的に避難する予定が、途中で見つかり護衛は全滅。テオは黒い服に身を包んでいたため森に紛れて逃げ延び、ヘイゼルの家に辿り着いたのだった。
拾った子が王子様だったなんて。
「実は黒猫が子供に変身してたってほうがマシな話じゃないかしら」
呆然としたヘイゼルはつぶやいた。