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思い込みの激しい未亡人

初めて書いてみました。

その人はひとりだった。


夫に先立たれ、街の外れの一軒家でひとりで窓の外を眺めていた。


「そろそろ木苺のジャムを作る時期ね」


台所に置いてあった空のバスケットを掴んでドアを出る。


台所には、ピクルスやジャムやマリネの詰まった瓶が所狭しと置かれている。

それが消費されないまま、次のジャム作りに取り掛かるために木苺を摘みに出かけるのは、ヘイゼル・ジンジャー。未亡人だ。


未亡人という割に若いその人は、3年前からひとりでこの小さな家に住んでいる。


夫が亡くなって以来、ヘイゼルはひとりで畑を耕し、収穫した野菜を街にある店に売りに行き、慎ましく暮らしていた。


ヘイゼルはひとりだった。


摘んできた木苺を洗いながら思う。

料理をしている時は、何も考えなくていいから良いわ。と。


木苺と砂糖を火にかけながら、紅みが深くなる木苺だけに集中しながら鍋を混ぜていると、ドアがノックされた。


返事をする前に、でっぷりとしたおばさんがドアを開けた。

「あらヘイゼル、良い匂いね。何を作ってるんだい?」


「こんにちはジョゼッタさん。木苺のジャムを煮ているところなの」


「そうかい。ところでね、あんたに良い話を持ってきたんだよ。魚屋の息子がお嫁さんを探していて、あんたにピッタリだと思うんだよ!一度会ってみないかい?」


「せっかくだけど、ジョゼッタさん、私、もう結婚する気はないの」


ジョゼッタは、もし気が変わったら言っておくれと言い残して帰っていった。


何度も縁談を持ちかけてくれるのだが、ヘイゼルの返事はいつもこう。


ヘイゼルは再婚する気はなかった。


出来上がった真っ赤な木苺のジャムを瓶に詰めて、アプリコットジャムの隣に置いた。


「さて、夕方の水やりでもしようかしら」


つばの大きい帽子を被り、バケツを持ってドアから出ると、黒い子猫がドアの横で毛繕いをしていた。


ヘイゼルはパッと目を輝かせて猫の目の高さに合わせるようにしゃがむと、そっと手を伸ばしたが、子猫はヒラリと避けて去って行く。


その遠ざかっていく猫の後ろ姿を見ながら、ヘイゼルは持て余した母性本能をぶつける先を考えるが、思いつくはずもなく、畑仕事に戻る。


ヘイゼルには親もきょうだいも無く、今後家族を持つ予定もなかった。


たまにやってくる野良ネコに、餌をやるくらいの楽しみしかなかった。


********


それからまた1年経ち、ジョゼッタさんが縁談を持ってくる頻度も減っていった。


ヘイゼルは変わらず畑仕事とたまに街へ野菜やジャムを売りに行く生活をしていた。


ジャムの瓶が台所に収まらなくなり、ためしに店に売り込みに行ったところ、とても好評でそれ以来野菜と一緒に卸しに持って行っている。


山の紅葉が深くなるころ、秋の野菜がたわわに実る畑に収穫に行こうと大きいつばの帽子を被ったヘイゼルがドアを出ると、ドアの横に目を向けた。

もう立派なノラネコに成長した黒猫がたまにエサを貰いにくる時はそこで待っているからだ。


しかし、そこには黒猫ではなく、黒い服の黒い髪の子供がうずくまっていた。


ヘイゼルは驚きに固まるが、ハッとしてその子の肩を揺らす。


「もし、生きてますか?」


そう第一声で尋ねてしまうくらいには、子供はボロボロだった。


黒髪から木の葉を落としながら子供が顔を上げ、深緑の目がヘイゼルの新緑の目と合った。


「周りに民家はないのにいったいどこから…」


その時またヘイゼルはハッとその男の子の目を見つめた。


いつも来る黒猫と同じ深緑の目、黒い髪…


「まさかあなた…」



と言いかけたとき、いつもの黒猫が子供の後ろから「にゃーん」と出てきた。


ヘイゼルは想像豊かな自分に顔を少し赤くしたあと、気を取り直して男の子に話しかけた。


「あなたお名前は?おうちはどこかしら?お母さんはどこか近くにいる?」


男の子は答えず、また顔を下に向けた。


「お腹は…空いてる?」


すると男の子は下を向いたまま頷くようにもっと顔を膝にうずめた。


ヘイゼルは子どもを家に招き入れ、台所にある小さなテーブルの椅子に座らせた。

すぐ食べられるものをと台所を見回し、パンにブルーベリーのジャムとりんごのジャムを塗って子どもの前に出した。


子供はチラッとヘイゼルの顔をうかがい、ヘイゼルがどうぞと微笑むとムシャムシャと食べ始めた。


「足りなかったら言ってね。ジャムならたくさんあるから」


子供は必死にパンを頬張っている。


「ずいぶんお腹が空いているのね」


ヘイゼルは昼に作ったシチューの残りがあったことを思い出し、それも出そうと火にかけた。


シチューが焦げつかないように混ぜ、夢中になってパンを食べる男の子を見ながら、ヘイゼルの心は何か満たされるものが溢れた。


この家で誰かに食事を出すのは久しぶりのことだ。


ひとりではない喜びをジーンと噛み締めていると、男の子がヘイゼルに顔を向けたが、目線はその先の湯気を出す鍋にあった。


「あっ、いっ、今シチューをよそってあげるから」


ヘイゼルは器にシチューをなみなみと入れ、家にある一番小さいスプーンを選んで子供の前に置いた。


「熱いから、気をつけて食べてね」


熱さをものともせずシチューを食べる子供を見ながら、ヘイゼルは考えた。


冷静になるのよヘイゼル。どこかに親がいて探してるわ。

でもこんなにボロボロで…お世話ちゃんとしてないんじゃないかしら…


カチャンとスプーンを置く音にハッとすると、男の子が発見時よりもしっかりとした目でヘイゼルを見ていた。


お腹は満たされたのだろうとわかる、先ほどよりもシャンと背筋を伸ばした子供にヘイゼルは尋ねる。


「名前は?」


「…テオ」


今度は答えてくれた。


「おうちはどこ?」


「…山の向こう」


山の向こうは、隣国だ。


ヘイゼルは山に挟まれた国境のそばに住んでいる。国境といえど、見張りも門番も何もいない。深く高い山がどちらからも侵入を阻むので、見張りを置いておく必要がないのだ。


そんな山の向こうから来たという。


子供が一人であの山を越えられるとは考えられない。迷子というわけではなさそうだ。


隣国は王位継承の争いで揉めており、不安定な情勢で、最近では内戦も勃発していると聞く。


生き延びるために逃がされたか、はたまた貧しさに捨てられたか。


どちらにしてももう日は沈みかけていた。

今日出来ることは何もない。


「今日はここに泊まりなさいな。明日、お母さんを探してあげるわ」


ヘイゼルはテオをお風呂に入れ、着ていた服を洗い、明日着られるように例年より少し早く暖炉に今年初めての火を入れてその前で乾かした。


ヘイゼルのブカブカのシャツを着せられたテオは、ヘイゼルが服を干し終わって振り向くといつの間にか床で寝ていた。


「こんなところで寝たら、風邪をひきますよ」


ヘイゼルはテオを抱き上げてベッドに寝かせた。


スヤスヤと眠るあどけない顔の美しい黒髪を撫でる。

「こんなに可愛い子を手放すなんて」


なんだか寝付けず、明日の朝テオが起きたらすぐ食べられるようにと朝ごはんの仕込みを始めたヘイゼルのナイフが木の板に当たる音を聞きながら、いつの間にか家に入ってきた黒猫がテオの側で寄り添って寝ていた。

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