3 王子の複雑な生い立ち
ディディはレイ王子について色々と知りたくなってきた。
(ほんと、レイ王子って、よく分からない人だよね)
とりあえず、ディディは書庫に向かうと伝記を読むことにした。仕事をサボっている訳ではない。過去の伝記をルビトリア語に翻訳するように言われているのだから、これも勉強のうちだ。
歴代の王はもちろん、愛妾のことや、ハレムで起きた事件などが記されている。
本棚の奥から書籍のひとつを取り出して読んだところ、レイ王子の母親の本当の名はエステル。
岩だらけの鄙びた漁村で暮らす貧しいキーリア教徒の白人の孤児だったエステルはルビトリアの隣国の小さな島で暮していたのだが、ある日、ターバンを巻いた髭面の海賊に連れ去られて船に積み込まてしまう。
まだ十三歳だったが、美しい娘だったので、奴隷商人によってアズベールの王宮のハレムに献上されると、ハレムで新しい名前を授かり、その日から、フェデル(牡丹)と呼ばれるようになった。
女達は大勢いるのだが、その殆どが雑用係りとして一生を終えている。フェデルは、このハレムの片隅で静かに暮らせたらそれで良かった。
御飯を食べられるだけで幸せだった。いつしか、ファデルは十九歳になっていた。
底冷えがするある朝、洗濯をしていた時、庭で震えている子猫を見つけた。衰弱しているのか子猫の下痢が止まらなかった。そして、ついに死んだ。
小雪が降る中、泣きながら亡骸を埋めていると若き王が近付いてきた。
『そんなに悲しいのなら新しい子猫をやろう。二週間前に生まれたばかりだぞ』
『いいえ。母猫から引き離してはいけませんわ』
その時、王は、十七歳の小娘に贈り物を断わられたことに動揺していた。
『それならば、母猫と子猫の両方をおまえに与えよう。今日からおまえが世話をするがいい。部屋で飼えばいい』
『いけませんわ。他の者達に迷惑がかかりますもの』
『ならば、おまえと猫の部屋を作ってやる』
それまでは大部屋で暮らしていたというのに、即座に、個室が用意された。王は他の女には目もくれずに、物静かだが芯の強いフェデルたけを愛するようになる。
そして、知り合った一年後にレイ王子が生まれた。しかし、その半年後、王の従姉にあたる王妃が正妻となった月にフェデルは原因不明の病で死んでしまう。
享年二十歳。最愛のフェデルを失った王は嗚咽を漏らし狂ったように叫んだ。
『なぜ、余を残して先に死んでしまったのだーーー』
その哀しみを振り払おうと、手当たり次第に女奴隷に手を出すようになるのだが、王の子を宿した者が病魔に侵されて亡くなるという事件が続くのだ。
継母の王妃に冷遇されながら、ケイ王子が生き延びたのは奇跡なのかもしれない。
一説によると、レイ王子を守るように王が宦官に言い聞かせていたという。
まぁ、別に、レイ王子が、どんな相手と付き合おうとも自分には関係ない。彼は王子様で自分は新入りの書記なので、そうそう会う機会もないだろうと思っていたのだが……。
運命の糸は思いがけないタイミングで絡まり、二人を思いかけない方向へと誘っていたようである。