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赤い靴

作者: 森野 ふうら

 近所のYさんは釣りを趣味としている。

 ただ、そんなに熱心というわけではないので、行き先はもっぱら近くの溜池だ。民家の集中する地域から少し離れた山林にある溜池は、静かで、適度に薄暗く、一人の時間に没頭できていいらしい。

 先日も、Yさんはいつものように溜池に出掛けた。水中に糸を垂れ、思索にふけっていると、つい、と糸が引く。おや、もうかかったのか、とリールについたハンドルを回すと、いやに軽い。なんだ? ゴミか? 予想しつつあげてみると、案の定魚ではなかった。

 糸にかかったものを確認し、Yさんはぎょっとした。

 それは、子供用の赤い靴だった。靴は、ポタポタとひっきりなしに水滴を垂らしている。しかし、その色は濁った池の水に沈んでいたとは思えないほど綺麗な赤色をしていた。見るからに真新しい子供靴。

 Yさんの脳裏を、つい最近聞いた噂話が過ぎった。近くの集落で子供が一人、行方不明になっている――。

 大変だ!

 Yさんは釣り具を放り出すと、慌てて消防に通報した。


 数時間後、溜池から子供の遺体が引き上げられた。七歳の男の子。危惧した通り、行方不明になっていた子供だった。

 ただ、とYさんは言う。


 「俺の釣り上げた赤い靴、あれはその子のものじゃなかったんだわ」


 遺体発見後、駆けつけた男の子の母親に、確認のため靴を見せた。すると、これは息子のものではないと否定が返ってきたのだ。


 「いやまあ、最初から違和感はあったんだよ。男の子が赤い靴なんぞ履くかなって。ただ、今は自由に色を選ぶ時代だろ? だからそういうこともあるかなって」


 靴は男の子のものではなかったが、結果的に遺体発見に繋がり、Yさんの早とちりは不問となった。

 しかし、Yさんのなかの違和感は解消されずに残ったという。


「結局、あの靴が誰のものかは分からなかったんだよ。池は十分さらったけど、他に何も出てこなかった。だから、ただのゴミだろうってことになったんだけどね。でも、俺にはどうしてもそうは思えなくてさ」


 Yさんは首を捻る。


「あの靴、いやに綺麗だったんだよな。あの池、結構泥が混じってて、水がかなり濁ってるんだよ。その水でぐっしょり濡れてたわりには、色が真っ赤だった。少しも茶色くないの。綺麗な赤。色だけじゃなくて、傷や汚れも全然なくて。あそこ、ぬかるんでる場所も多いし、歩いてきたなら絶対に底に泥がつくはずなんだよ。なのに、裏面も真っ白。砂粒ひとつついてない。新品同様。おまけに、靴紐がさ。真っ白い靴紐だったんだけど、それが蝶々結びされてたんだ。少しも緩んでなくて、きっちりと。今まさに結びましたよって感じで。

 なんか…思い出すと気味が悪くてさ」


 しかし、決定的な何かがあるわけではない。Yさんは気にしすぎだということで自分を納得させた。


 だが最近、Yさんは釣り仲間から奇妙な話を聞くようになったという。

 同じく、あの溜池で釣りをする友人たち。溜池で糸を垂れていると、たまに靴を釣り上げるようになった。小さな赤い子供靴。新品としか思えない綺麗な靴だという。そしてそれは決まって右足で、左足を釣り上げた人間は一人もいない。

 釣り仲間の間では、その靴は「お化け靴」と呼ばれ、密かに気味悪がられている。釣り上げたからといって何かが起こるわけではない。が、彼らは赤い靴を釣り上げると、即座に池に放り込み、見なかったことにするという。




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― 新着の感想 ―
[良い点] いいですね。私はホラー映画とかかなり観るんですがオカルトなのに無理に説明しようと、オチをつけようとしてるものが多すぎです!逆に嘘くさくなってしまい「つまんねー」って思うんですよ。  この物…
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