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最期の面会(司祭アキム)

「もう一つの願いをお聞きしても?」

そうルーミア様にお伺いすると、きょとんとした顔をされた。

「もう三つお願いいたしましたよ?」

「高等法務院へ手紙を届けることと、王妃様の墓所に遺品をお返しすることしかお伺いしておりませんが…」

「はじめに、紙とペンをお借りしましたよ。それで三つです」

そんなことは願いに入らないと申し上げると、「今のわたくしには、紙とペンすら準備できないのですから、立派にお願いですわ」と返された。

「では、代わりと言ってはなんですが、お伺いしてもよろしいですか?」

姫様に、処刑された罪人の遺体はどうなるのかと聞かれた。

処刑された罪人は、遺体の引き取り手があれば遺体を引き渡すこと。引き取り手がいなければ教会が引き取り、まとめて火葬することを伝えた。まとめて火葬された遺骨は共同墓地へ埋葬される。

「ルーミア様のお墓は、わたしがお建てします」

そう伝えると、首を振られた。

「わたくしの墓はいりません。お気持ちは嬉しいですが、墓は不要です。骸を引き取る者がいないのなら、墓を建てたところで参る者はいないでしょう。ですから、墓はいりません。わたくしの骸は、他の罪人とともに処分してくださいませ」

ルーミア様が穏やかに微笑んだ。

「ただ、燃やした後でわたくしの遺骨だとわかるものがあれば、お手数ですが撒いていただけると嬉しいです。風の強い日に丘の上から撒いてくださるのでも、川に流してくださるのでもかまいません。そうすれば、ここではない、どこか遠いところに行けるかもしれません…」

姫様は遠い目をしていた。わたしはただ、「わかりました」と伝えることしかできなかった。


他にもいろいろなことを話した。

孤児院出身の子が兵士となり、牢番をしていた。その兵士がいろいろ親切にしてくれたのだと話してくれた。新しい水を運んでくれたり、食べ物を分けてくれたり、自分のことを覚えていて、恩返しだと言ってくれた…嬉しかったと教えてくれた。

ルーミア様の働きかけによって、孤児院で読み書きと計算を学ぶことができるようになり、孤児たちは一人前の仕事に就けるようになっていた。姫様の撒いた種が、花を咲かせるようになってきていた。


次に生まれ変われるなら、獣になりたいとルーミア様は言った。

「獣でも、親は子を守り、兄弟同士もかばい合うのだそうですわ。そうね、鳥もいいわね。どこまでも高く、遠くへ飛んでいけるもの…」

ルーミア様は死にたくないとは一度も言わなかった。

もし、今すぐに冤罪が晴らされて処刑を免れたとしても、自分はいずれ自死するだろうとさえおっしゃった。地下牢に入れられた自分は貞操を疑われ、まともな嫁ぎ先はない。腫物のように扱われるだろう。それに、家族だったはずの誰も自分を信じなかった。その王族(ひと)たちとまた家族のような顔をして何もなかったようにはできない。でも、あの王族(ひと)たちは何もなかったように接してくる…わたくし一人だけが取り残されて、苦しくなっていく。そんな未来が見えるのだと。

陥れられた恨みも、悔しさも、憤りも、一言も口に出さなかった。ただ、悲しいとおっしゃった。

ルーミア様は一筋の涙さえ流さなかった。

穏やかに、静かに、全てを受け入れていた。本当に全てを諦めてしまったのかもしれない。


面会時間ギリギリまでルーミア様と話をした。最後にもう一通の手紙を書き、ルーミア様はわたしがその手紙を保管しておくようにおっしゃった。「わたくしが死んだ後、あなたを煩わせる方がいたら見せてください」そう、血判を押して渡してくださった。お守りだと。


「最期にお会いできたのがアキム司祭様でよかった。本当に、ありがとうございました」

そう言って、ルーミア様は微笑んでくださった。早朝の教会で祈りを捧げた時に見る、神聖で透き通るような光…その暖かく柔らかい光が見えるようだった。姫様のその最期のお姿、最後にくださったその言葉を、わたしは生涯忘れないだろう。

優しく、清廉潔白で、温かい方だった。真面目で、穏やかで、慈悲深い方だった。王家はこうあるべきと、その慈悲を体現されていた。

城を辞した後、すぐに連合の高等法務院がある教国首都へ向けて使いを送った。手紙を託し、ルーミア様の最期の願いを叶えるべく動いた。

そして、ルーミア様とお会いした翌日、姫様は処刑された。

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