地下牢の王女(司祭アキム)
王宮の牢に呼ばれた。明日処刑される第二王女が教会関係者との面会を望んだとのことで、わたしが選ばれた。
ルーミア様の処刑は、異例の早さで決められた。事件が起きてから、断罪されて処刑される日まで、五日ほどしかなかった。誰かが冷静になる前に、さっさと終わらせてしまおう…そんな誰かの意図が見えるようだった。
ルーミア様にはお世話になった。慈善活動に積極的だった王妃様が亡くなり、予算など王宮と揉めることが増えると思っていたが、王妃様から引き継いだ第二王女殿下が矢面に立ってくださった。大臣たちに煙たがられながら、きっちり予算をもぎ取り続けてくれ、王妃様がご存命だった頃と変わらない援助をしてくれた。孤児院や治療院の慰問も欠かさずしてくれた。私費を使っての援助もしてくれた。
孤児院は教会と国とで維持費を共同支出することになっていた。治療院は国が予算を負担することになっていたが、治療師は教会からも人手を割いていたため、共同運営のようになっていた。孤児院と治療院にかかる足りない予算を補うために、教会とルーミア様個人とで、ともに事業を立ち上げ運営も行った。教会での担当者だったわたしは、ルーミア様と浅からぬ縁を得た。
王宮と教会は仲が悪いが、ルーミア様は教会の活動に理解があり協力的だった。王家の中で唯一の方だった。
***
第一王女も第三王女も慈善活動は何一つ行っていない。通常、王族の女性であれば何かしらの慈善活動を担うのが当たり前だった。連合国同盟で、慈善活動が王家の義務だとされているのに、一切関心を示さなかった。
第一王女は貴族の子息令嬢との茶会に忙しく、第三王女は観劇などの享楽にふけることに忙しいらしい。
公務のほとんどを第二王女が担っていた。
***
貴賓牢に向かうと思っていたのに、案内されたのは地下牢だった。
地下牢の一室にルーミア様はいた。
痩せた身体に、汚れた無地のワンピースを着ていた。肌には潤いもなく、ところどころには痣もあるようだった。腰まであった美しい金髪は、肩口で乱雑に切られ、くすんで輝きを失っていた。
痛ましい姿の元王女殿下がそこにいた。
「姫様…」
そう声をかけた。そのようにしか、言葉をかけられなかった。
「もう姫ではないわ。王籍を剥奪されたの。誰かに聞かれてアキム司祭様が叱られるといけないから、もう姫とは呼ばないでくださいませね」
ルーミア様は静かに微笑んだ。
「来てくださったのが、アキム司祭様でよかったわ」
ほっとしたように、姫様が言った。
大司教、司教、司祭、神官長、神官、神父という階級の中で、誰が行くか少し問題になった。王女であれば最低でも司教が赴くべきだが、元王女となると難しい。結局、以前からルーミア様と交流があり、司祭で序列的にも適当だと、わたしが選ばれたのだった。
「お髪はどうされたのですか?」
わたしの言葉を聞いて、ルーミア様が部屋の隅を指さした。
「ここに入れられた次の日に切られてしまったのよ」
穏やかに答えが帰ってきた。指さされた先には、床に切られた髪が束になっているのが見えた。
「早速ですけれど、アキム司祭様にお願いがあるのです」
姫様の落ち着いた態度に堪えきれなくなる。
「何故そんなに落ち着いておられるのです!明日、あなたは処刑されてしまうのですよ?」
無意識のうちに、牢の格子を掴んで揺さぶっていた。
「今のわたくしには、絶望と諦めしかないのです…」
ルーミア様が一旦言葉を切り、続けた。
「いくら冤罪だと訴えても、わたくしは無実だと訴えても、誰も聞いてくれません。わたくしだって、はじめは信じていたのです。兄が迎えに来てくれると…勘違いだった、ルーミアは何もしていない、無実だった。すまなかった。そう言ってここから出してくれるのを待っていました。迎えに来てくれるのを待っていました。けれど、誰一人、わたくしに会いにさえ来てくれる人はいませんでした。実の兄にすら、信じてはもらえず、疎まれ処刑を望まれている…。もう、いいのです。もう、諦めました。明日、わたくしの命は終わります。けれど、わたくしにも矜持があります。ですから、あなたにお願いしたいことがございます」
ルーミア様の訴えに、胸が苦しくなる。
「わたしにできることでしたら…」
「ありがとうございます」
姫様は、また静かに微笑んだ。