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王女の恩恵(治療師ヨハン)

わたしはかつて、ラスター王国の治療院で働いていた。

ルーミア様が生きていた頃は何の心配もせず、治療師として民の治療に専念できた。国の予算でわたしたちの報酬が支払われていたから、金持ちでも貧乏人でも関係なく、病や怪我の治療を受けることができていた。

しかし、ルーミア様が亡くなって状況は一変した。

国からの予算がもらえなくなった。どんなに王宮に訴えても「金がない」「予算がない」と言われた。それまでは、予算が確保されていたのにだ。噂だと、治療院の予算は大臣や役人が自分の懐に入れているらしい。あくまで噂だったが、妻や娘が宝石商をよんだとか、役人本人が賭博場に羽振りよく出入りしていると聞こえてくれば、横領が事実だと思わせるには十分だった。

ルーミア様は、奴らと戦って予算をもぎ取り続けてくれたのだ。それに、治療器具が急に壊れた時には私財から新しいものを買ってくれたりもした。

慰問してくれた時には、手ずから病人や怪我人に水を飲ませたり、背を擦ったりしてくれた。民の喜びようは言い表せない。姫様が、王家が見捨てずにいてくれる。そう思うと力が湧いたし、希望の光だった。


姫様が処刑された日、わたしは遠くから通りを見ていた。目を反らしたい衝動を堪えて、ルーミア様を見送った。あれほど、わたしたちのために尽くしてくださったのに…石を投げられ、罵倒され、傷だらけになりながら、それでも顔を上げて凛と佇んでいた。

こんな目に合わされていい方ではない。

姫様が希望だと言った奴らが、姫様に悪意しかない言葉を、石を投げつけていた。


姫様が亡くなって、治療院にいては食っていけなくなり、次々に治療師が辞めていった。貴族や金持ちの専属になる者、他国に出奔する者…治療が受けられなくなると、民はわたしたちに「無責任だ」「見捨てるなんて治療師の誇りはないのか」「なんでもいいから助けてくれ」、いろいろなことを言ってきた。恫喝しようとする者さえいた。しかし、わたしたちも食っていかなければならない。わたしたちにも生活があるのだ。

姫様がわたしたちを守っていてくれたのだ。

ある日、治療院に来た者に姫様の恩恵を伝えると「あの悪女が?ふざけるな。妹王女を殺そうとしたあんな性悪女、死んで当然だ」そう反論された。

それで、わたしはぷつりと切れてしまった。ルーミア様が守ろうとしたものを、わたしも守りたい。ルーミア様の想いを無駄にしたくない。そう思って踏みとどまっていた。けれど、どうでもよくなってしまった。姫様がいなくなって、姫様がくださっていた恩恵を失って、それでやっと気づくのだろう。姫様を蔑んだことは、近いうちに己の身に返るだろう。


ルーミア様に、なぜ私財を使ってまで支援してくださるのか聞いたことがあった。

「だって、人は誰でも病気や怪我をするでしょう?誰であっても、公平に治療が受けられるとしたら、みんな安心して暮らせるのではなくて?わたくしは、この国の民がみんな安心して暮らせるようになればいいと思うのよ」

そう微笑んでいた。

この方について行こう…そう思うには十分だった。口先だけでなく、本当に姫様はたくさんの支援をしてくださった。


連合の高等法務院により、ルーミア様の冤罪が世に公表された時…「やっぱりね。王女様は無実だと思ったのよ」「本当か?ちゃんと調べて有罪だったから処刑されたんだろ?」「みんな悪人だって言うから…俺は違うと思ってたんだよ」それぞれが、自分に都合よく、調子のいいことを言い合っていた。

姫様に石を投げた奴らも、同じように自分は悪くないと言ってた。そんな奴らを、自分の生活を犠牲にして助けるのが馬鹿馬鹿しくなった。

わたしも治療院を辞めた。そして、治療院には一人も治療師がいなくなった。

わたしの田舎は国境近くにある。田舎に帰ろうと思い、その前に教会に寄った。姫様が亡くなった数日後に教会を訪ねていたが、ルーミア様の墓はなかった。姫様がそう望まれたのだと、アキム司祭様が教えてくれた。司祭様に挨拶をすると、自分もラスター王国を離れるのだと教えてくれた。


わたしは田舎に帰り、その後のことは噂でしか知らないが、金のない民を治療してくれる者はなく、王都にはたちまち病人や怪我人が溢れたらしい。間もなくスラムができ、治安も悪くなった。

姫様の恩恵を身を持って思い知った人々は、ルーミア様の死を嘆いたらしい。今さら遅いというのに。

わたしは、遠い田舎で細々と治療師を続けた。自分の中に昇華しきれない想いはあったが、困っている人や助けを求める人を放ってはおけなかった。

姫様に顔向けできない自分にはなりたくないと思った。

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