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 陸人(りくと) : 夢は小説家

 美空(みそら) : 夢はイラストレーター

 流海(るみ) : 新人編集者



※このお話はフィクションです。


※このお話は、香月よう子さん主催「春にはじまる恋物語」企画参加作品です。



 わずかな手荷物だけを持ち、手を繋いで交差点に向けて歩く男女。






 男の名は、陸人(りくと)。小説家を夢見て、仕事をしながら小説を書き出版社の公募に挑んでは夢破れ続けている。


 女の名は、美空(みそら)。イラストレーターを夢見て大学へ進学したことで、陸人とすれ違いはじめて満足に絵も描けなくなっていった。



 互いに向ける優しさも、傷をつけ合い、傷をなめ合い、もうどうしようもなくなっていた。



 このまま二人ともダメになって夢を諦めることになるのならと、話し合い、出した結論。






 交差点に差し掛かる。


 互いに、目を合わせることなく手を離し、背を向けて、離れていく。






「別れよう」


 最初に口にしたのは、美空(みそら)の方。


 陸人(りくと)も覚悟はしていた。むしろ、自分から別れを告げるつもりだった。

 だから、自分から告げる必要がなくなったことで、ほっとした。


 ……それ以上に、予想以上に、傷ついた。


 美空が泣きながら告げる。このままではダメだと。依存し合っていたら二人ともダメになってしまうと。


 陸人もまた、涙をこぼす。


 お互いに、良いところを褒めあうことしかしなかった。


 足りないところや気になるところを指摘せず、励ましあい、褒めあうことしか。



 公募に落ちても何が悪かったか検証しなかったから。



 いつまでたってもお互いに向上する(きざ)しが見えなかったから。



 お互いの夢が叶う未来が見えなかったから。



 依存しあう関係は辞めよう。と、美空は(つぶや)いた。


 とめどなく、涙をこぼしながら。






 互いを想いあい、


 互いを励ましあい、


 互いを認めあい、


 互いを愛しあった。






 ……それでも。






 それでも、互いの夢を諦めきれずに、離れることを決意した。






 繋いでいた手を、そっと離そう。


 互いの夢を、その手に掴むために。












 陸人(りくと)は、美空(みそら)と別れたあとはアパートを引き払い実家へ戻ることにした。


 美空の残滓(ざんし)からも離れるために。


 美空のことを少しでも忘れて、夢に向かって集中するために。




 仕事を続けながら、小説を書く日々。


 新作を書き上げては出版社の公募に何度も挑み。

 書き上げた(はし)からまた小説を書く。


 流行を掴むために小説を買って読み、

 家事を手伝いながら小説を書き、

 仕事の合間に浮かんだネタをメモして、

 休日には小説を書いた。


 寝ても覚めても、書いた。


 命を削るように、書いた。


 公募に何度落ちても、書いた。




 気がつけば、何年も時間が()ち、それでも芽が出ることはなかった。




 なにか、なにかないか。


 気まぐれに始めたネットサーフィンですぐに見つけたのは、


「小説家になろうよ」


 という、誰でも小説を投稿できるサイト。

 ざっと見ただけでも二桁、そのサイトから書籍化できた人がいた。


 これなら、あるいは自分も。


 そうは思っても、現実が甘くないのは身をもって知っていた。


 だから、すぐに登録したものの、まずは書きかけの小説を少しずつ投稿した。



 そうやって、完結させた作品。



 これまでは、完結させてから美空に読んでもらっていたが、ここ「小説家になろうよ」では、全体を通してだけでなく、一話ずつ感想をもらうことができた。

 そして、完結までに10人ほどから評価ポイントをもらうことができた。


 次の日、また今日も小説を書こうとサイトを開けば、


「感想が書かれました!」


 の嬉しい赤い文字が。


 これまでたくさん感想をくれた人もいたし、要所要所で鋭い言葉をくれた人もいた。

 なんのきなしに感想欄を開いてみれば、


「完結おめでとうございます」


「お疲れさまでした」


「次回作待ってます」


 などと、たくさんの感想が。


 後に知った「完結ブースト」なる現象に戸惑いつつも、できるだけ丁寧に返信して。


「……………………っしゃあっ!」


 うるさくならないように、小さく叫んで、ガッツポーズ。


 久しく忘れていた、受け入れてもらえること、認めてもらえることに歓喜が爆発して、一人静かに転げまわった。


 こんなこと、美空と一緒にいた時以来だ!


 嬉しい気持ちを抑えることができずに、思う存分転げまわり、この日は小説を書くどころの話じゃなくなっていた。




 翌日から、また小説を書いては投稿する日々。


 固定の読者となってくれた人もいれば、特定のジャンルだけ読んでくれる人も。


 それでも、毎日パソコンに向かい、小説を書き続けた。


 心踊るファンタジー。

 胸ときめく恋愛。

 描写にこだわった純文学。

 ネットで資料を探しまわった歴史。

 未来の技術のSF。

 ネット空間に隔離されるVRゲーム。

 夢のような童話。

 日々を綴った詩。

 バイオがハザードしたパニック。

 格闘漫画を字だけで表現したアクション。

 初心者向けの推理。

 小説を書く際に心がけてることなどを綴ったエッセイ。

 苦手なホラー。


 そして、人と人とが織り成すドラマのヒューマンドラマ。



 この「小説家になろうよ」には、いろんな人がいた。


 なんでも読んでくれる人。

 特定のジャンルだけ読んでくれる人。

 公式の企画に参加した作品だけ読んでくれる人。

 活動報告というブログのようなものにだけ来てくれる人。

 褒めてくれる人。

 厳しい意見もくれる人。

 毎回必ず感想を書いてくれる人。

 評論家を気取って嫌味ばかりいう人。

 静かに去っていった人。

 こんな人だとは思わなかったとケンカ別れした人。

 自分の作品のアピールばかりしていた人。

 絵も描く人。

 有ること無いこと言って、人を悪者にした人。


 本当に、いろんな人がいた。


 その中でも、「小説家になろうよ」のグループサイト「お絵描きみてみて」に絵を投稿している人は、陸人に毎回のように感想を書いてくれていた。


 いつも優しく、ときには厳しく、紳士的な態度で接してくれる人だった。


 そんな人が、どこかで見たことあるようなほっこりするかわいい絵を描くことを知って、交流を深めていった。




 そんなある日、公式企画に参加した作品が、受賞し書籍化するとメールが来ていた。


 ……目を疑った。


 混乱するあまり、「小説家になろうよ」の運営に、イタズラではないか? 詐欺ではないか? と問い合わせたくなったが、何度見てもメールの本文は変わらず。


「受賞おめでとうございます」


 だった。


 ただ、喜ぶよりも前に、注意されていることもあった。


 嬉しさのあまり我を忘れないようにしながらも、表面上は何事もなかったように振る舞い小説を書いては投稿し続けた。




 ある日、出版社の編集を名乗る人物からのメールが届いていた。


 内容を確認しつつも、思わず真顔になり、そのメールを何度も読み返す。


 間違いがないことを何度も確認してから返信し、書籍化の内容についてやり取りするようになった。



 やがて、原稿が完成して送信した後、編集から「出版社内で直接会えないか?」とメールが来た。


「表紙や挿し絵も完成したし、最終チェックが必要な時期だから」


 と。


 それならばと出版社に足を運べば、ビルに足を踏み入れたタイミングになってからドキドキしだして挙動不審になってしまった。


「どうしました? 大丈夫ですか?」


 にこやかな警備員のおじさんが血相変えて寄ってきて、背中さすってくれた。泣きそう。


 個室に案内されてお茶を出してもらい、緊張で震えながらもなんとか警備員のおじさんに事情を説明する。

 そのおじさんは、一切笑わずに聞いてくれて、出版社の方を内線で呼んでくれた。


 少しして姿を見せたのは、流海(るみ)という名の、陸人の担当でもある新人の女性編集者だった。



「会ってもらいたい人がいるの」


 編集部に案内され、個室に通してもらう。


 そこに、いたのは……。



「こんにちは、陸人(りくと)



 道が別れ、離ればなれになった元恋人の、美空(みそら)だった。


「彼女がイラスト担当の美空さん。美空さん、こちら、原作の陸人さん。仲良くしてね? ……今度は、ちゃんと」



 編集担当がなにか言っているが、耳に入ってこない。


 目に涙を浮かべた美空しか目に入らない。


 美空しか、美空がいれば、美空。



「……苦しいよ。陸人」



 思わず抱き締めて、美空の名を呼ぶ。



「美空、美空、会いたかった。ずっと」



「私もだよ。陸人。会えて良かった」



「美空、俺、夢を叶えたよ。小説家になる夢を」



「私も夢を叶えたよ。陸人の小説のイラストを担当する夢」



「長かった。学生の頃から、10年。書き続けてきた」



「頑張ったね。偉いね。その結果を、ちゃんと形にするために、今日ここに来たんだよね」




 ……そうだった。




 思わず固まって、錆び付いたようにゆっくり首を動かして、女性編集者の方を見る。



「ふふっ。うらやましい。()けちゃいそうね」


「すんませんでした」


 美空から離れて、90度に腰を折る。

 社畜で慣れた身のこなしを、流海は苦笑しつつ許した。


「積もる話もあるでしょうけど、まずは仕事の話をしましょう」


「「よろしくお願いします」」




 こうして、三人四脚で書籍を完成させ、出版し、



「あ、桜。きれいだね」


「そうだな。…… (お前の方が) (きれいだけどな)


「うーん? なんて言ったのかな~? 陸人~?」


「二人とも、人目があるから後でやりなさいな」


「「はーい」」



 大切な人だったからこそ離ればなれになった恋人と、また繋がることができた。



 いつか叶うならと、夢にまで見た光景が、いま、ここにあった。



 もう、離さない。

※このお話はフィクションです。



挿絵(By みてみん)

楠木結衣 さん よりいただくことができました。


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― 新着の感想 ―
>それでも、互いの夢を諦めきれずに、離れることを決意した。 繋いでいた手を、そっと離そう。 互いの夢を、その手に掴むために。 ・・お互いを想うが故に、あえて辛い道を選択するこの部分が特に胸に刺さりまし…
[一言] 素敵なお話ですね。 互いを褒め合うことしかしなかった、というのは、確かにプロをめざすふたりにとっては枷になってしまっていたのでしょう。 敢えて距離を置いたことで冷静に互いに接することができる…
[良い点] 一度は夢のために別れたのに、お互いにしっかりと夢を叶えてまた一緒にいられるなんて大変素敵ですね。 感動しました。
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