かんわ けーばのかかりいんさん
にゃ
俺はこの地方競馬場に勤めて早10年のベテラン。
10年も競馬に賭ける人々を観察していると大体は分かってくるもんさ。勝てる奴、勝てない奴ってのがな。
今日も俺は窓口から客の観察をする。最近では見飽きたくらいだ。毎日毎日、わざわざ年金を納めに来るジジイババア。もちろん中にはいるさ、ホンモノって奴が。んなもんは一握りよ、大抵のホンモノはこんな地方になんかいやしない。中央で戦ってんのさ。
いつも通り、淀んだ瞳でジジイババアの自慢話を聞き流していると、、
「おいおい、いるじゃねぇかよ〜。ネギしょったカモがよ〜」
淀んだ瞳が捉えたのは如何にも普通の青年。普通が服着て歩いてる様な青年だった。
だが、俺には分かる。ありゃ間違いなくビギナーだ。
歩幅、身体の微かな震え、頼り無さげに揺れる視線、決して掴んで離さないスマートフォン。
ニチャァ。カモだ。
万が一ビギナーズラックを掴んだとしよう。掴んだ栄光をアレは手放せるだろうか?否。間違いなく沼に引きずり込まれる。俺は手に取る様に分かる。
俺だって将来有望な若者をこんな所で潰したくはないさ。だが、俺の仕事は迷える子羊を正道へ誘う事ではなく、馬券取引、ただそれだけさ。
「さぁ、精々踊ってくれよ〜、ステージは目の前だからよ〜」
どうやらスマートフォンで馬券の買い方くらいは学んだみてーだな。
あ〜、あらあら、そんな指を差してまでオッズと睨めっこしちゃって。競馬ってのはオッズで賭けてる限り絶対に勝てないんだよ。大事なのは馬だ。騎手だ。周りをよく見てみなビギナー、そのオッズ表と睨めっこしてる奴がいるかい??そういないさ。私は初心者ですと言っている様なもんだからな。
漸く決まったみたいだな。
おっ?マークシートのチェックだけベテランのソレじゃねぇか。ったく、笑えるビギナーだぜ。
そうだ、ビギナー。マークシートはこっちだ、こっちにもってこい。自販機なんてシケたもん使うんじゃねぇ。じゃなきゃどの馬に賭けたのか見て笑えねぇだろがよ〜。
ビギナーは無言でマークシートを窓口に置く。
勿論、俺も無言でマークシートを受け取る。
かぁーっかっか!!これはっ!これはやってやがるビギナー!!競馬で全馬均等賭なんてするやつここ10年で初めてみたぜ!こんな賭け方はゲーセンのガキがするかしないかのレベルだぜ。
なんだ、今年1面白いじゃねぇかよこのビギナー。しかもこの賭け金。全馬5万賭。勝てる訳がねぇ。
だが、羨ましい限りだぜ。1レース50万賭。この若さでそれが出来るってこたぁ、どこぞのボンボンの息子。もしくはくじでも引いたか??
まぁなんにせよ結果は変わらんだろう。たっぷり吐き出して帰ってくれよ。
引き換えた馬券を淀んだ瞳と共にビギナーに渡す。ビギナーは何も言わず去って行った。
「見ものだな」
それから20分。ビギナーは大人しく帰ってきた。今回のレースで勝ったのは9番馬。オッズは18.2。どうやら掴んじまったみてーだな、ビギナーズラックを。
ビギナーは馬券を精算機に入れ、現金を受け取っている。
9010万円だ。
さぁ、ここからだぜ、ビギナー。今やめりゃビギナーの勝ちだ。逆にここしかねぇ。ビギナーが勝ちで終われるのは今この瞬間だけだ。
ビギナーは手にした金を紙袋に詰め、次のマークシートを取りに行った。
ニチャァ。
「っは、行った」
俺は思わず頭を抱えた。ビギナーの先を憂いた訳ではない。上がりきった口角が下がらないのを隠す為だ。客に見せられた顔じゃねぇ。
ビギナーはさっきと変わらずオッズ表と睨めっこ&謎の指差し確認。
「そこと睨めっこしてる限り、ビギナーは一生ビギナーだぜ」
ビギナーからマークシートを受け取る。
このビギナー。またやりやがった、、、しかもこの賭け金。全馬50万賭け。ありえん。何やってんだこのビギナーは?てか幾ら持ってきてんだよ?このレースだけで500万だぞ?さっきの勝ち分があるとは言え、たかだが5万の18.2。頭飛んでるのかこのビギナー。
ビギナーの謎の圧に背筋を震わせながら500万と馬券を交換する。。。
レースが終わり、ビギナーが帰ってくる。今回勝ったのは3番馬、オッズは1.9。ビギナーのボロ負け。当たり前だ。こんな馬鹿げた賭け方金をドブに捨てている様なもんだ。
ビギナーは精算機に行かず、俺のいる窓口まで来た。
「一旦預かっておいてください。」
そう告げ、またマークシートを取りに行く。配当金は、、、
5450万円だ。
可哀想なビギナー。もう引くに引けないのだろう。すぐさまマークシートを取りに行く姿はもう見れたもんじゃない。俺もビギナーがここまでぶっ飛んでるとは思ってなかったんだ。
項垂れている俺の目の前には差し出されたマークシート。
「なぁ、ビギナー、も、もう、やめ、、」
俺は流石にビギナーを止めようと思った。
だが、それと同時に俺は受け取ったマークシートをみて驚愕する。
「全馬100万賭。。。」
そして差し出される1000万円。俺を含め、周りのジジイババアも時が止まったかの様に固まっている。こんな地方競馬の前座レースに賭けられる額ではない。少なくとも俺は見た事がない。
そうこのビギナーは相当意味の分からない事をしている。ビギナー、お前はさっき。ほんの数分前に同じ賭け方で400万負けただろ??何故さらに額を増やして金を捨てる??なんだ??怪しい金なのか??偽金か??きちんと調べた方がいいかも知れない。
そんな事を考えながらビギナーに馬券を渡す。。。
そしてレースが始まり、終わる。
勝ったのは1番馬、オッズは2.4。またもビギナーのボロ負け。。。1000万賭、回収は240万。マイナス760万だ。もうやめようビギナー。お前はもう十分やったよ。
ビギナーから馬券を受け取り、配当金を告げる。
2億400万円だ。
ビギナーはまたマークシートを取りにいく。そんな光景が最終レースまで続いた。
ビギナーは今日一日間違いなく億単位で負けた。何処にそんな金を持っていたのか驚愕だが、何故かビギナーは満足そうな顔をしていた。
きっと初めての賭け事をして楽しかったのだろう。勝ち負けなんか関係ない。人生楽しんでこそなのだと、俺はビギナーから学んだ。俺は失っていた何かを取り戻せる様な気がした。
その日の最後に俺は¥31.765.000.000の小切手をJRA名義でビギナーに渡し、その日の仕事を終えた。
「はぁ、なんだか濃い一日だったぜ。ありがとなビギナー」
因みに、最終レースはとあるビギナーが訳の分からん額を訳の分からん賭け方をしたせいでオッズが荒れに荒れ、ジジイババアが泣いたり笑ったり。地方競馬歴代1の阿鼻叫喚だったらしい。
何故かこの日の出来事はニュースなどにはなっていない。
わん