かんわ こんびにのおにーさん
にゃ〜
俺はしがない大学生バイターだ。
今日もバイト、バーコードを読み取りレジを打ち、商品を渡すだけの簡単な仕事だ。
これだけで時給980円もあるんだから楽なもんだ。
「いらっしゃせー」
お、今日も来ましたなあの人。
コンビニにはいつも決まった時間に来る客というのがいる。そういう客はだいたい買う物もある程度決まっている。
今日はそうだな。ピノ!ピノに決めた。
、、、どうだ、
例の客は決まって先ずアイスコーナーを見る。アイスに決まらなければ惣菜パン。それでも首を縦に振らない場合はからあげさんだ。
これは俺の三ヶ月のバイトデータだ。狂いはない。
だが、今日は少し様子が違った。
見た感じは何も変わっていない。世の中の普通を体現した様な見た目。身長は170ギリあるかないか、痩せてる様にも太っている様にも見えない。目鼻立ちもある程度整っていて、服もオシャレでもダサくもない。
俺は密かに例の客をノーマルマスターと呼んでいる。
いつも通り、ノーマルマスターは先ずアイスコーナーへと向か、、、わないだとっ!!?
そんなっ、ありえない。俺のデータは間違っていないはずっ!!
であるならば、今日は一味違うという事かいノーマルマスター。
「いいだろう、受けてたとう」
「ン、ナカイイマスタ?」
「いや、すません、なんでもないっす」
隣の外国人バイターに変な目で見られてしまった。失態だ。気を引き締めなければ。
ま、まずい!外国人バイターの視線に気をとられ、ノーマルマスターを見失ってしまった!!なんたる失態!!これ以上は許されないぞ。
俺は慎重に店内を見渡す。
いたっ!
あれは、、、雑誌コーナー!!?
そんな素振り今まで一度も見せた事無かったのに!?
しかも何か真剣に見ている様子。指差しまでしている。何かを確認しているのだろうか?
ノーマルマスターは雑誌コーナーを後にし、流れる川の様に店内を泳いでいる。
「おかしい。何かがおかしい。。」
「ドウカサレルデスカ?」
「い、いや、なんでもないす。」
くそっ!!この碌に日本語も話せん売国民めっ!少しは黙ってからあげさんでも揚げて来やがれってんだ!!
落ち着け俺。こうも気が立っていては見える物も見えなくなってしまうだろう。冷静に、そう俺はクールだ、落ち着いている。何も問題はない。さぁ、いこう。
やっ!やはりっ!!
ノーマルマスターはある場所で止まっていた。
そう、アイスコーナーだ。
さらにっ!!ノーマルマスターが見つめている先には安定感すら覚えさせてくれるピノ様が鎮座しておられる。
ノーマルマスターが手を伸ばす。
ん、なんだ?またも指差し確認か?それはいつも手にしている物だろう?何も怪しくなんかないだろう?
さぁ、早く、その手に、、、
「勝った。」
俺は間違ってなどいなかった!!
「、、、、」
売国民の視線がやけにうるさいがそんな事はどうでもいい。
ノーマルマスターはその手にピノを握り締めゴールテープへと一直線だ。
俺は勝負に勝った。ノーマルマスターはピノを買った。ただそれだけだろう?
ピッ。
「17円になります。袋はお付けしますか?」
「あっ、おねがい、、します」
「20円になります」
「丁度ですね、ありがとうございます。レシートは要りますか?」
「あっ、はい、おねがいします」
「ありがとうございましたー」
俺は去りゆくノーマルマスターの背中に感謝を送った。
俺はこの勝利に酔っていた。いつもは袋を付けない事など気にもなっていない程に。
そしてこの後迎える極上のデザードを忘れる程に。
「これ、お願いします」
「うほっ、かっ、かわい」
「っ!セクハラですか、、?訴えますよ?」
っは!!俺とした事がっ!目の前の勝利に酔って完全に失念していた。
つい一ヶ月ほど前からである。目の前でピノを買おうとしている途轍もない美人は何故かノーマルマスターが買い物をした後、店内に入りノーマルマスターと同じ物を同じレジで買う。
恐らくというか、まず間違いなくストーカーだろう。途轍もなく美人なのになんだか残念美人さんなのである。
そんな彼女の初登場には流石の俺もドギマギした。上手くバーコードを読み取れない。お釣りが上手く渡せない。なんでもないフレーズを上手く紡げない。惨憺たる結果にバイトを辞めようかと本気で悩んだ程だ。
そんな彼女とのレジを通したやり取りも一月もすればある程度慣れてくるもので、最近はバーコードもスムーズに読み取れるし、お釣りも彼女に触れなければ問題なく渡せる様になっていたのだ。
こんな所でやらかしてしまうとは、、、。
くそう!情けない!!早く謝罪だ!誠心誠意謝罪をするのだ!!
「たっ!大変もっ!あの、もっけありしぇんでたっ!!」
くぅぅ!!またやってしまった、、、なんなのだこの口はっ!!何故彼女を前にすると思った通りに言の葉を紡げないのだっ!!
「謝罪はいいから。早くしてくれますか?」
しかめっ面の彼女もかわいぃ、、
そっ!そんな事を考えている場合では無いだろう馬鹿ものがっ!!
「はっ!はい!!」
ピッ。
「ひゃっ!ひゃくななじっ!ななろくんに!な、、、なりましゅ」
くっ!!くぅぅぅ!!誰か俺を殺してくれぃっ!!ウェ、ウェルナー君。先程は売国民なんて思ってすまなかった。ほんとうはそんな事思ってないさ。当たり前だろう、俺とウェルナー君の仲じゃないか。
なぁ、ウェルナー君。一つ頼まれてくれないか。なぁに難しい事じぁない。そこにカッターがあるだろう?それで僕の頸動脈をスパッといって欲しいだけなんだ。
なぁ、ウェルナーく、、、
「it's so beautiful」
お、俺の事など、もう見えていない、、、。
ウェ、ウェルナー君の裏切り者っ!!もうウェルナー君の事なんて知らないんだからねっ!!
俺は全てを諦め、いつも通りピノにシールを貼りお会計を待つ。
「あの、袋付けてください」
「あっ、はい、袋ですね。はい、袋、、えっあの、袋、、なんでしょう??」
えっ、袋??彼女が袋を頼んだ事など今まで一度も、、、そっ!そうかっ!今日はノーマルマスターも袋を!!
「えっ?いや、3円の袋です。付けてください」
「す、すいましぇん!えっと、、179円になりまふ!!」
彼女は律儀にも179円丁度で出してくれた。正直、救われた。この後にお釣りを渡すなどハードルが高すぎてとても超えられそうになかったからだ。
「あっ、ありがとうございまっ!ましゅた!!」
俺は深く頭を下げ、一刻も早くバイトの終了時間を迎え事だけを考えていた。
「レシートください」
「はっ、、、あ、はい、レシート、はい、レシートであります」
彼女はレシートを受け取ると足早に店を去っていった。
これで私も普通に、、、などという意味の分からない言葉と共に。
彼女の背中を見送る際、映り込んでしまったウェルナー君の背中を見て、今更ながら非常にストレスを感じた。
この売国民めっ!!お前なんか!お前なんかっ!!!
翌日以降、このコンビニでしがない大学生バイターを見た者はいないという。
わん〜