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夢遊紀行  作者: 落葉
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「骸の少年」

午前六時、目が覚める。また一日が始まる。

午前六時半、朝食を済ませ、学校へ向かう準備をする。

「...行ってきます」

午前七時、家を出る。三分で駅まで歩き、七時五分発の列車に乗る。

午前七時半、校門前まで辿り着く。そして、七時三十二分。

「あいつ、今日も来たぜ…」

「良く来るよな。こんな目に遭ってんのに」

ガシャッ、と大きな音を立て、三階の校舎から机が舞った。勿論、僕の机だ。

「ヒャハハハハハハッ!あー、クソ陰キャの嫌がらせ楽しぃー!www」

「おいおい、やりすぎだって流石に...」

「は?お前、そんな事心配してんのかよ!大丈夫だって!俺の親教頭だぜ?...あと、俺に逆らう様な奴は全員あーゆー目に遭うから、お前ら、絶対裏切るなよ?」

馬鹿みたいなテンション、馬鹿みたいにでかい声、そしてドスの効いた声。あいつがいじめの主犯格の帷子(かなひら)遊駆人(あくと)だ。先程あいつが言っていた通り、あいつの親は教頭先生だ。歯向かう事すら出来ない。奴の毒牙にかかった者は数多い。先輩だろうと、後輩だろうと。

「すっげ、あいつ反応ないぜ。まさかロボットなんじゃね?あいつ。それとも、ロボットを操縦してるとか...?ってな訳ねーだろウケるwww」

うるさいな。あいつの声はよく響くから、耳に害だ。

...ここまではいつも通り。さて、今日はどう分岐するかな。




...学校が終わった。今日は優しい方だったな。トイレの水をかけられたり、昼休みに椅子まで放り投げられたり、それ位で済んだからまだマシな方だ。

「おーい!バカ!明日も来いよ!お前いねーとつまんねーからな!お前は所詮俺らのストレスの捌け口なんだよ!」

「バカ」は渾名だ。僕の本名が(しんば)戒斗(かいと)だから、苗字の最後と名前の最初の文字をくっつけて「バカ」。中々捻っているが、どう考えてもテストの点数で学年TOP10に入っている僕にバカと言っている時点で、あいつの低脳ぶりが分かるというものだ。まず、見た目からして知性を感じられない。


午後五時、帰宅。僕は部活に所属していない。というか人付き合いが苦手だから入っていない。いつものように、好きなVTuberのアーカイブを見て回る。...透き通るような声、こんな人が日常に居ればどんなに良いか。

午後六時、晩御飯。今日はカレーだった。でも、もう「晩御飯がカレー」という事実では喜べない年齢になってしまった。大人になるというのは極めて喜ばしくない。だがそれが運命。このレールからは逃れられないから、今日も独り、自室に籠る。

午後十時、僕は夜に非常に弱いので、割と早めに眠りにつく。眠るという行動が、僕の人生の糧となっている。外界からの情報をシャットアウトできるから。

「...勉強、してないな。まぁいいか」

相当低い点数を取らない限り、親に叱られる事はない。我ながら良い親を持ったものだ。

「...おやすみ」

そんな僕の呟きは、誰もいない真っ暗な世界の中に飲み込まれていった。

しかし、僕はまだ知る由もなかった。

...今夜、あんな事が起こるなんて。




「...え?ここは?」

目が覚めると、全く知らない空間の中に居た。一体何なんだ。ただ眠っていただけなのに。

(こんばんは!君は新入りさん?)

不意に声を掛けられ、反射的に身体が声の主の方へ向く。

「...誰ですか貴方は。第一、何で僕はこんな訳の分からない場所に居るんですか」

(もー、質問の多い男子は嫌われるよ〜?ほらほら、落ち着いて!リラックス、リラックス!)

いや、充分身体は休まっているんだが。

「...じゃあ、最後の質問をしても良いですか?」

(君、話聞いてた...?まぁいいけどさ。何?)

「この世界って、一体何なんですか?」

随分と安直な質問だが、何とか返事は返してもらった。

(うーん...。雑に説明すると、ここは「夢の中」だね)

「はぁっ!?」

衝撃的すぎて、恐らく人生で一番である事は間違いないであろう大声を出してしまった。

(説明難しいな...。物凄く分かりやすく言うと、「君の願った所に行ける世界」だよ)

説明が突飛すぎて全く理解ができないが、恐らく「ここは夢の中だから、ここに居る間は自分の行きたい所に行ける」という事なのだろう。

(その通りっ!君、もしかして天才!?)

何で思考読めるんだよ...。という思考も読まれてるのかもしれないな。

(まぁ細かい事は気にしないで、「世界」に行ってみよ〜っ!)

急に辺りが光り始めた。視界が眩い閃光で覆われる。

「ああああああああぁぁぁっ!」

随分と情けない、そんな絶叫の後の記憶は何一つ覚えていなかった。




「...ここは...。てかなんか服装変わってね?」

(ここは...ざっくり説明すると、君の住んでる世界とは違う所、要するに「異世界」だね!)

異世界転生ものは良く読んでいる。スローライフを満喫したり、無双したり俺TUEEEEしたり、人間とは違う種族になってたり...。現実とは違う面白さがあるから好きだ。

...待てよ、ここが仮に異世界だとしたら...。

「あのー...能力の付与とかは...?」

異世界転生ものでは、基本的に主人公は「何かしらの特殊能力」を得る筈だ。だが、僕の場合は何故かそれがない。見た目の変化も服装以外ほとんどない。...新手の詐欺か?

「ご、ごめんね...この世界は皆が皆主役だから...。一人だけ特別扱いする事はできないの...」

一体どういう事だ?...とりあえず聞いてみた。

話によると、僕のような心に深い闇を抱えている全国の学生がここに集まっているらしい。ただ、全員集めるのは無理があるから気まぐれで選んでいるらしいが...。

「...という訳で、異世界生活を楽しんで!じゃあね!」

「あっ!逃げるなよ!...くっ、逃げた...」

とんでもない案内人と会ったみたいだ。

...でもあの人、僕の好きなVTuberの声に似てたな...。気の所為か?




「...何も無いな」

辺り一面に広がる草原を眺めながら呟く。なんか刺激的なバトルでも始まるのかとヒヤヒヤしていたが、ここはそんなに殺伐とした世界ではないようだ。

「じっとしてても何も起こらないし、適当に歩くか...。なんか漫画でも小説でも、一方向にひたすら進めば必ずどこかの街には着くし、大丈夫だろう...」

ため息が零れる。いつしか、何事にもため息をついてしまうようになっていた。人生が楽しくないからかな。まぁ、何でもいいけどさ。

「...あっ」

前方に建物を見つけた。案外すぐ見つかるもんなんだな。もしや主人公補正?...いや、流石にないか。あの案内人?は、「皆が主人公」だの言ってたから、これはただ単に僕の運が良いというだけなのだろう。

「休める所があればいいけど...」

異世界やファンタジー系の作品には宿屋が付き物。何故かポケットに金貨が入っていたし、泊まることはできるだろう。問題は店があるかだ。まぁ無いという可能性はほぼないようなものだけど。

「...初めて訪れる街だ。第一印象は良くしておかないと」

意を決して、僕は城門を潜った。




「...あれ?」

手痛い歓迎、それか歓声のどちらかを予想していたが、その答えはどちらでもなかった。なんと、誰も居なかったのだ。

「...そうか、あの人が言ってたな。ここには「心に深い闇を抱えた人しか来れない」って...」

道理で閑散としている訳だ。まぁ僕も例外ではないので何も言えないが。

道行く人全員の目にハイライトがない。完全に生きる気力を失った表情だ。これには流石の僕でも引く。と言うか、世間にはここまでする非道な輩も居るんだな、と再認識させられた。この人たちに比べれば、僕の闇なんて無いようなものだ。少しだけ、現実世界で生きる希望が湧いてきた気がする。

僕がそこら辺の浅瀬のビーチだとしたら、彼ら彼女らはマリアナ海溝だろう。...だが、声を掛けて見なければ何も始まらない。傍にいた中学生くらいの女の子に話しかける。

「ごめん、ちょっと聞きたいことが...」

僕が話しかけた直後、彼女は脱兎のごとく路地裏へ走り去っていった。

「え...?」

彼女の跡を追う。しかしもうどこにも居なかった。恐ろしい瞬足だ。そのスピードを活かせば何か凄い事を成し遂げられたんじゃないか、と思ったが、もう会う事はないだろうから記憶の渦の中に彼女の影は飲み込まれていった。


「いや、街並みに色無さすぎだろ...」

赤とか青、それに緑とかの華やかな色がない、面白みのない街だ。無地の街とでも呼んでおくか。街の名前知らんし。

「...ん?」

看板を見つけた。【無地の街】と書いてある。

「あってんのかよ...。って...」

問題は、その下に書いてあった注意書きだ。

「...そりゃあこの街が閑散としてる訳だ...」

【⚠三日に一度、この街に凶悪なドラゴンが出没します!旅人の方はくれぐれもご注意を...】

誰かの血で書いたかのような紅い文字で、看板の下の方に目立つように書いてあった。

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