99話 檻と帰還
ドゥーゼが《集魔球》を魔道具に嵌め込んだ。
魔道具は低い唸り声を上げて、光り出す。
魔道具の杖の部分から、いくつも光が伸びていく。
おそらく、他の魔道具と光で繋がり、結界を形成する境界となるのだろう。
そして、魔道具から大気を震わせる衝撃と強い閃光が放たれた。
閃光は一瞬のことで、ウェッジはそっと目を開けた。
澄んだ水底にいるようだった。
森全体が薄い蒼色で覆われている。
魔法に詳しくないウェッジでも、これが何によるものかは理解できた。
「これが、結界……」
ドゥーゼもポカンと口を開けて、周囲の状況に見入っていた。
急にウェッジの身体がバランスを崩した。
ウェッジを締め上げていた蔦が、その力を緩めたのだ。
果たして、《侵食精霊》はどうなったのか。
猿は喉を掻きむしるようにして苦しんでいた。
結界が十分に効いているようだ。
先ほどの、ウェッジをいたぶっていたときのような傲慢さは消えている。
猿は結界の外に出ようと試みたが、身体が境界線に触れると電撃を浴びたように弾かれた。
試しにウェッジが境界線に触れてみたが、人間には特に何もない。
《侵食精霊》と言えど、この魔道具で作られた檻からは抜け出せないということだ。
ドゥーゼがウェッジに歩み寄り、ナイフを手渡すと、猿を顎で示した。
これで止めを刺せ、と促しているようだ。
猿は形勢が逆転したことで、怯えた表情でウェッジたちを見ている。
ウェッジはナイフを受け取ると、首を横に振った。
猿はこの結界内に居る限り、ずっと苦しみ続ける。
そして、結界が維持されれば、出ることすら叶わない。
もはや、《侵食精霊》としての権能を奪われ、無力な存在に成り下がったのだ。
そんな相手を、ウェッジは手にかける気になれなかった。
ドゥーゼは肩をすくめたが、特に非難する様子はない。
猿はウェッジたちをチラリと見やると、喉を押さえながら、よたよたと森の中に消えていった。
ウェッジは解放感とともに、ため息をつく。
そして、助けてくれたドゥーゼに礼を言った。
「ありがとうございました、ドゥーゼさん。貴女のおかげで、何とか《侵食精霊》を退けられましたよ」
「いいってことよ。アタイだって助けてもらってんだから。それより、あー、さっきのエテ公、そんな奴だったのか。アタイ、ただの凄い魔獣と思ってたよ」
たしかに、フィオという実例を知っているウェッジだからこそ、《侵食精霊》ということに気付くことができたのだろう。
「それよりも、ドゥーゼさん……。身体の調子は大丈夫なのですか?」
《侵食精霊》と戦う前のドゥーゼは、木の杖でやっと歩けるような状態だったのだ。
さらに、体力を削るような魔法も使っている。
ウェッジが尋ねると、ドゥーゼは力なく笑った。
「アタイは大丈夫だよ! って、見栄を張りたいところだけどよォ……。ちょっと、無理しちまったかな、ハハハ……」
言うや、その場にへたり込むドゥーゼ。
「結界が発動しているので、目立った危険は無いと思います。少し休んでください」
ウェッジが気遣いを見せると、ドゥーゼは首を横に振った。
「ダメだ。フィールがヤバイ状態なんだ……。アタイの魔法で、すぐに街に帰ろう」
震える膝を手で押さえながら、ドゥーゼは立ち上がった。
「本当に、大丈夫ですか?」
ウェッジは重ねて確認する。
「なァに、ここを出たら、いくらでもブッ倒れてやるさ。さァ、カッ飛ばすよ!」
ドゥーゼは待っていられない様子で、魔法の準備を始めた。
「他の先遣隊の方々を見つけられていないのが心残りですが、仕方ありませんね」
ウェッジはちらりと森の奥を見る。
木々の間の闇は黒々と深く、結界が発動した今でも、冒険者を飲み込もうとしているようだった。
ウェッジはフィールを肩にかつぐと、ドゥーゼの準備を待った。
「待たせたね、行くよ! 精霊よ、私の歩みは思うままに、私の鼓動は望むままに……。《光よ、より速くゆるやかに》!」
ドゥーゼを中心にまばゆい光がウェッジたちを包み込む。
そして、光の帯となって、ウェッジたちは空を飛んだ。
瞬きをひとつする間に、《樹海》を抜けてしまった。
樹海の外側に広がる砂漠の上空を、高速で飛んでいく。
「これが、ドゥーゼの《転移魔法》……」
ウェッジは驚くしかなかった。
フィールの魔法が出す速度にも最初は驚いたが、これは次元の違うスピードである。
音さえも置き去りにする飛翔の光。
あらゆる場所への踏破を可能にする、まさに魔法であった。
光は魔法都市の上空までやって来ると、その輝きと加速を弱めた。
そして、優しく穏やかな光とともに、ウェッジたちは街に帰ってきた。
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