97話 蔦と咆哮
ウェッジは倒れているフィールに駆け寄った。
フィールは青い顔をして、息を荒くしている。
額には玉のような汗が滲んでいる。
ウェッジは彼の上半身を起こすと、木にもたれさせた。
水筒で水分を与えてみるが、目立った回復は見られない。
ここで、彼の腕に木の蔓が絡みついていることに気が付いた。
とりあえず引き千切ると、フィールが苦悶の声を上げた。
握りしめた蔓からは赤黒い汁が滴り落ちた。
「まさか……」
ウェッジはフィールの腕をまじまじと見る。
蔓はフィールの腕から生えており、彼の腕の肉を食らい尽くそうと蠢いているようだった。
蔦の根が食い込んでいるせいか、引き抜けば痛むようだ。
フィールの右手は指先から肘までがすでに蔦に蝕まれている。
「これは、ひどい……」
ウェッジは呟くが、どうしようも無かった。
アリスのように《治療魔法》でも使えれば、何か対処は出来るだろう。
しかし、ここには、治療魔法士もいなければ、薬もなかった。
(早く、街に戻らないと……!)
ここにいては、悪化する一方だ。
ウェッジは急ぎ、荷物から《集魔球》を取り出す。
振り返れば魔道具はすぐそこであり、これを嵌め込めば、ここでの任務は終わる。
そのはずであった。
ウェッジは背筋に静電気のような違和感を感じる。
続いて、何かがこの世界に割り込んでくるような、言いようのない感覚。
かつて、感じたことのあるものだった。
ウェッジはゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、一匹の猿だった。
いや、猿にしては、何かが違った。
全身が毛ではなく、木の幹のようなもので覆われている。
尻尾は木の枝のように枝分かれしていた。
体躯は大人ほどはあろうか、その猿は忽然と現れたのだ。
ウェッジの経験が警鐘を鳴らしていた。
(これは、魔鳥や魔獣とは比較にならないほどの、圧力……)
魔族と対峙したときのような危険性を肌で感じていた。
猿はフィールとウェッジを交互に見た。
そして、ウェッジの手にある《集魔球》に気付くと、猿は歯を剥き出しにして吼えた。
「グォオオオオオオ!!」
空気が震える。
ウェッジはその叫びで察した。
この獣は、怒り狂っている。
猿は怒りをぶつけるように、両手で大地を叩いた。
そして、猿の全身からは蒼白い光が焔のように立ち上がった。
(《原始魔法》の発動!?)
ウェッジは魔法の兆候に気付いたが、すでに地面の至る所から木の枝が槍のように伸びてきていた。
ウェッジは近くの木の枝を掴むと、しならせた反動で高く飛び上がる。
木の槍は目があるかのように、ウェッジを追い掛けてくる。
(こんな、複雑な動作……、《原始魔法》ではあり得ない!)
驚きながらも、空中でなんとか槍を躱す。
着地したウェッジを、今度は丸太で出来た大槌が待ち構えていた。
大槌が頭上に振り下ろされる。
ウェッジは投げナイフで勢いを殺して、横に飛んで避けた。
猿は攻撃が当たらないことに苛立っているのか、歯ぎしりをしている。
「ニンゲン……、ソレヲヨコセェ!!」
猿が再び吼えた。
怒りが更に膨れ上がっているのが分かる。
だが、ウェッジは辺りを震わせる猿の怒りなど、気にもしていない。
それよりも、猿がヒトの言葉を使ったことの方が、衝撃が大きかった。
(間違いない……、この猿には意思がある)
ウェッジの頭の中で、この猿の情報が次々とひとつの形を成していく。
複雑かつ強力な魔法の行使。
人語の理解。
そして、自由意思。
ウェッジはこのような存在が身近にいることを思い出した。
火の《侵食精霊》、フィオ。
リスのような姿からは想像のつかない、絶大な魔法の遣い手。
世界に五柱しかいない、意思持つ精霊。
つまり、この猿は、フィオと同じ存在。
「二柱目の、《侵食精霊》……!」
ウェッジの叫びに呼応するように、猿も三度の咆哮をする。
上下左右、あらゆる方位から、木の槍がウェッジを貫かんと迫ってきた。
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