80話 火災と潜入準備
◇◇◇
十年前、事件が起きた。
《汎魔導教団》の《杖》による公館の占拠。
当時、公館内にいた二十二名の民間人が人質となり、救出のため憲兵八名が突入した。
追い詰められた《杖》は、館に火を放った。
火災に紛れ、《杖》は逃走。
また、炎と煙に巻かれ、民間人及び憲兵合わせて三十名全員が死亡。
この結果は、双方にとって大きな失敗であったが、皮肉なことに彼ら《杖》の名は世に広く知られることになった。
また、多数の犠牲者を出した憲兵団には非難が集中した。
当時の部隊長は職を追われた後、自宅で首を吊っているのが発見された。
憲兵はこの事件を機に、立て籠り事件についての対応を全面的に見直した。
多くの人の命と、多くの人のその後を狂わせた事件。
公館の跡地には公園が作られ、犠牲者の名を刻んだ石碑が建てられた。
今も石碑には献花が絶えないという。
◇◇◇
「どうだね? あれから《杖》の連中は何か言ってきたか?」
憲兵長が情報収集班の班長に聞いてきた。
しびれを切らしたのか、すでに数回同じ質問をしている。
「いいえ、最初の接触から時間が経ちましたが、まだ何も」
「こっちの対応の方はどうだ? 進展はあったか?」
憲兵長は他の部下にも催促し始めた。
「《協会》の上層部に打診してから、まだ返答ありません」
「ぬうぅ……、現状できることはただ待っているだけなのか……」
憲兵長は髭をいじりながら歯噛みしている。
「犯人たちが人質殺害期限を設けなかったので、助かってますね……。ですが、刺された人質がいるというのは気がかりです。医療物資、食料などの提供を試みてみましょうか?」
「そうだな……。しかし、接触の際になるべく情報を引き出してくれたまえ!」
部下は頷くと、交渉班と相談を始めた。
ウェッジは手持ち無沙汰だったが、ただ彼らの動きを眺めていることしか出来なかった。
先程、何か相手の警戒の穴は無いかと建物の周囲を探ってみたが、窓から見える範囲には人質や犯人たちの姿は無かった。
突入や狙撃を警戒して、窓から離れて行動しているらしい。
そのため、ウェッジは腕組みをして、突入するその時までじっと待っていた。
(しかし、彼らの要求と行動、何か引っかかる……)
ウェッジは今までの情報を思い返して、わずかな違和感を覚えていた。
「そう言えば……」
ウェッジは思い付いたことを近くの憲兵に確認してみた。
「最初に解放された人質の男性ですが、彼はどんな方だったのですか?」
「どんな……とは?」
尋ねられた憲兵は意図が飲み込めず、聞き返してきた。
「何か要職に就いている重要な人物ですとか、最初に解放されるべき理由があるような方でしたか?」
「いや、普通の人でしたよ。何でも、用事があって偶然《協会》を訪ねただけだって」
「そうですか……」
「ウェッジ殿、どうかしたかね?」
情報収集班の班長である壮年の憲兵が尋ねてくる。
「犯人たちは何故、その男性を解放したのかが気になりまして。負傷している人質がいるのなら、その人を解放すれば良いでしょう? 向こうは無闇に死なせたくないはずですから」
「消去法で選んだのかも知れん。たとえば、負傷者は要職に就いている人物で、人質としての価値が高い。また、女性は非力で人質として扱いやすい。そうやって犯人たちは彼らなりの判断で人質を選別していった。その結果、特に重要でない男性を解放する者に選んだのではないか?」
「そういう理由なら、納得できますが……。もう一つ、疑問があります。なぜ人質に要求を伝えるよう頼んだのか」
「それは……、解放するついでに伝言係として利用したかった、ということではないかね?」
「余計な手間ではないでしょうか? それでは、意図を十分に伝えられない可能性もあります。犯人たちは鳥の使い魔で私たちに交渉を試みました。なら、最初からその使い魔で要求も伝えれば良いでしょう。ここまで、手際よく占拠してきた彼らにしては、何でしょう……、少し“雑”な印象です」
壮年の憲兵は顎をさすりながら考え込んでいるようだ。
「ふむ、ウェッジ殿の疑問はもっともとは思うが……。現実に、《杖》の連中は人質を伝言係として利用した。この齟齬にはいったい何があるというのだね?」
ウェッジは自分の中の考えを言葉にしてまとめようとした。
「犯人たちの計画と行動のズレ……。それはつまり、犯人たちにとって何か予定外のことが発生しているのではないでしょうか?」
「予定外……?」
「はい。それが何であるかはまだ分かりませんが……。ですが、確かめる方法はあります」
それはいったい、と問いかける憲兵の横をすり抜けて、ウェッジは詰所の奥に向かった。
奥には憲兵長が眉根に皺を寄せて鎮座している。
「憲兵長、ひとつ提案があります」
ウェッジは憲兵長の前に立つと、威勢よく言い放った。
「な、何だね、唐突に!?」
「私単独での建物への潜入を許可してください」
「な……!?」
突然のことに、憲兵長は次の句が出ず、口をパクパクさせている。
詰所で動き回っていた憲兵たちも、動きを止めてウェッジに注目した。
「い、いかん、いかんぞ! そんなこと許可できるか!」
憲兵長はようやく言葉を繋いだが、出てきたのは提案の拒否であった。
「いえ、そこをお願いします。この硬直した状況を打ち破るために、私が中に潜入して状況を掴んできます」
「たしかに、中の様子は喉から手が出るほど知りたいのだが……。しかし、君ひとりというのは危険だ! 《杖》に見つかれば、君も人質も無事で済む保証はないのだ!」
「私の実力はここにいる皆さんもよく知っているでしょう。私であれば並みの魔法士はものの数ではありません」
「うむむぅ……。本当に、君ひとりで行くのかね……?」
「私は冒険者でも斥候を担っていました。単身で潜入して、魔獣相手に気取られず、状況を探ることを常にこなしてきたのです。むしろ、ひとりの方がやりやすいのですよ」
唸りながら考え込む憲兵長。
ウェッジとしては、単身で突入しても相手の力量次第では制圧可能であると考えていた。
だが、それでは憲兵たちの顔が立たない。
それに、追い詰められた犯人たちが人質に危害を加える可能性も捨てきれない。
そのため、斥候と陽動の役割を担い、本隊が突入する際の負担などを軽くしようと考えたのだ。
「……分かった。許可しよう」
渋い顔をしながら、絞り出すように憲兵長が答えた。
「ありがとうございます」
ウェッジは頭を下げると、さっそく潜入の準備をしようときびすを返した。
「ちょっと待つのだ! 潜入には君だけでなく、鳥の使い魔も同行させたまえ!」
さすがに部外者単独で行動させるのは憲兵側としても具合が悪いらしい。
ウェッジはその程度であれば潜入に支障はないと判断して、その妥協案を受け入れた。
ウェッジは潜入の準備として、服の内側にナイフを隠して仕込んでいく。
パッと見たところ、丸腰であるように装い、相手の油断を誘うつもりだ。
ウェッジの側では魔法士の憲兵が鳥と魔法契約を結び、使い魔として動かすための準備を行っていた。
(待っていてください、アリス……)
ウェッジは逸る気持ちを抑えつつ、潜入のための準備を整えていった。
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