8話 刃物屋と教会
ウェッジたちは魔法都市へ向かうことになった。
この街から魔法都市へは、二、三の街といくつかの森などの要所を通り抜ける必要がある。
かなりの長旅だ。
ツォラに依頼を頼んだ翌日。
ウェッジは情報屋の結果を待つ間に、長旅に向けた装備の準備に時間を使うことにした。
まず、ウェッジは刃物屋に向かった。
街の商店通りからやや外れた、看板も商売っ気もない建物に入る。
この店で馴染みになったウェッジは、店の奥に声をかけた。
いかにも職人風な初老の男性が奥から出てくる。
この店の主人だ。
いつも難しい顔をしているが、腕は間違いなく一流である。
主人は無言で、袋を渡してきた。
洞窟に発つ前から頼んでいた装備だ。
投げナイフ30本のずしりとした重み。
「ここで少し改めても?」
主人が眉間にシワを寄せた顔で頷く。
ここの主人は不機嫌以外の感情を見たことが無い。
ウェッジは気にせず、ナイフを一本手に取った。
投げナイフにはこだわりがあるので、刃物屋には細かく注文して専用のものを作ってもらっている。
手に収まる大きさで細身の刀身。
鍔は無く、重心のバランスは中心よりも刃先に近い所、というオーダーを見事にこなした品。
何度か持ち替え、手首のスナップを効かせて振ってみる。
手に馴染む。
満足のいく出来だ。
「良い仕事しますね」
ウェッジの賛辞にも、主人は口をへの字に曲げたままだ。
ウェッジの方は少し気分が上がり、ついつい近接戦用に大振りのナイフも新調した。
次にウェッジが向かったのは、情報屋ツォラのところだった。
ロープなどの雑多な用具を揃えるついでに、情報収集の進捗確認をするつもりだ。
「ツォラ、居ますか?」
「おぉ、姐さん! ちょうど良かった! 今、そっちに行こうと思ってたとこだ!」
いやぁ、姐さんへの想いってのが伝わったのかな?とよく分からないことを言う。
ウェッジはその辺りの発言を流した。
「さすが、早いですね。それで、情報はどうでしたか?」
あぁ、と神妙な顔つきになるツォラ。
「アリス・ワーグ・アリス、その娘を捕縛しろって依頼は確かに出てた。情報が早く手に入ったのは、他の街のギルドのいくつかに依頼が出回ってたからだ。わりと広く出てたな。問題なのは、誰がその依頼を出してるかってこと、だったな?」
ウェッジは頷く。まずは、当面の相手を見定める必要がある。そのための、貴重な情報だ。
「依頼主は《白銀教会》だ」
「……《教会》ですか」
ウェッジは内心驚いたが、顔に出さないよう努めた。
「教会絡みは面倒なことが多いからって言って、姐さんはあんまり受けなかったよな? どうする、この仕事受けるのかい?」
「いえ、この依頼を受けるつもりはないですよ。少し興味があっただけです」
ツォラの質問を不自然にならないように躱す。
ツォラの情報網は確かだ。
まず内容に誤りはないだろう。
――ならば、アリスは帰る場所を失くしたことになるのか。
仲間に累が及ばないよう、健気に逃避行を続けていたアリス。
しかし、今、彼女を追い詰めているのは、その仲間なのだ。
(この話、アリスにはしばらく伏せておくべきですね……)
シスターであるアリスにとって、教会というのは信仰と生活の拠り所であることだろう。
その精神的支柱に頼ることさえ出来なくなれば、アリスの心にどれだけの負担を強いることになるのか。
ウェッジは店を出ると、空を仰いだ。
灰色の雲が重たく空を覆い、太陽は見えなかった。
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