79話 烏と天秤
◇◇◇
ウェッジと憲兵たちが詰所で情報を整理していたときである。
足に布を結んだ一羽の烏が、詰所の入口に降り立った。
ウェッジと憲兵の何人かが気付くと、烏はくえぇと鳴いた後に人間の言葉を発した。
「ここが憲兵団の本部か?」
皆が一斉に烏に注目する。
憲兵たちは烏を取り囲むと、烏は周囲を見渡す仕草をした。
「質問には答えないのか? そんなことでは、人質たちの扱いも考えなければならないのだが?」
「人質と言ったのかね? たしかに、ここは憲兵団本部詰所で、儂は憲兵長のケイブだ。君は一体誰なのかね?」
烏は憲兵長をじろりと睨みつける。
「そうか、私はアルファとでも名乗っておこう。さて、察しの通りだが、私は今《協会》本部を占拠している者だ」
詰所内の全員に緊張が走った。
犯人たちからの接触である。
憲兵長は咳払いをひとつすると、烏に質問を重ねた。
「君たちの要求は聞いた。今は要求を叶えるために、各所と調整しているところだ。そのためにどうしても時間がかかってしまうことを分かってくれ」
「そうか、それなら構わない。だが、無駄な引き伸ばしは止めておいたほうが良い。人質のひとりは足を刺されて、良い状態ではないからね」
「何ッ!? 人質を傷つけたのかね!?」
「私たちも無闇に害する真似は避けたかったのだがね。しかし、いざとなれば、人質たちの安全は保証できない。そこを十分に理解しておくことだ」
「ぬぬぬぅ、わ、分かった。だが、我々は君たちといがみ合うような関係にはなりたくないのだ。人質たちの安全を約束してくれれば、君たちも悪いようにはしない」
「お互いに良い取引となるよう、お前たちは努力することだ。……また、こちらから連絡する」
烏は最後にそう告げると飛び立って、《協会》の建物へと戻っていった。
烏が去った後、皆はそれぞれ大きな溜め息をついた。
憲兵長も背もたれに身体をどかっと預けて、脱力した様子だ。
「ど、どうだったかね、私の交渉は?」
唇を小刻みに震わせながら腹心の部下に尋ねる憲兵長。
「えぇ、相手を怒らせることなく話せただけでも十分です」
「そ、そうか……。だが、まだまだ情報が足りんな……」
「焦らないでください。怪我をした人質は気になりますが、向こうも交渉を進めたがっている雰囲気はありました。まだ接触する機会は生まれてくるでしょう」
部下と話したことで、憲兵長はようやく落ち着いてきたようだ。
「よぅし、分かった! ならば、お前たち、次の接触までにやることはやっておくぞ!」
憲兵長はいったん切れた緊張の糸を繋ぎ直し、皆に発破をかけた。
「はいっ!」
皆が威勢よく答える。
ウェッジも外様であるが、気が引き締まる思いだった。
だが、現実問題、ウェッジの出番はまだ巡ってこないようだ。
(せめて、怪我をしているのがアリスでないことを祈りましょう……)
◇◇◇
「……また、こちらから連絡する」
そう言って交渉が切れた後、羽ばたいていく烏をアルファは眺めていた。
その後、深い溜め息をつく。
憲兵団も神経をすり減らしているだろうが、犯人側もじりじりと身を焼かれるような心境で交渉に臨んでいた。
アルファは頭の中に天秤を思い浮かべていた。
天秤の片方には憲兵団が載っており、もう片方には自分たちメンバーと人質が載って、今は釣り合っている。
しかし、人質やメンバーが少なくなれば天秤は憲兵団側に傾く。
加えて、要求した内容が揃えば、憲兵団の皿に盛られることになり、これも憲兵団側に傾く。
つまり、今の状態を維持しなければ、自分たちはどんどん不利になる。
アルファはそう考えていた。
そもそも、人質を取った篭城というのは、犯人側が優位なのは最初のわずかな時間だけである。
犯人側は孤立無援の状態であり、人員、装備、兵糧は限られている。
そこから犯人側は疲労し、消耗し、追い詰められていく。
下手を打てば数の力に屈する緊張感の中、戦い続けなければならないのだ。
それでも、現状の戦力で自分たちの要求を突き通すためには、人質を肉の壁とするこの方法しかなかった。
憲兵たちには悟られないよう細心の注意を払っているが、アルファたちはまさにギリギリの状態である。
そんな中で、裏切り者が潜んでいるとなれば……。
アルファは内と外の両局面での戦いを強いられていた。
アルファは思考を切り替えて、建物内の巡回に向かおうとしたときである。
ブラボーが血相を変えて、アルファのところに走ってきた。
「アルファ、今すぐ来てくれ!」
「何があった!?」
「デルタが、投降すると言い出した!」
「何だと!?」
事態の深刻さに衝撃を受けたアルファはすぐさまブラボーと共に走り出した。
建物の出入口の扉の前では、デルタとチャーリーが押し問答をしていた。
「いいから、離せ! 僕は外に出る!」
「バカヤロウ! 自分が何を言ってるのか、分かってんのかよ!?」
そこにアルファとブラボーが到着した。
「デルタ、チャーリー、何をやっている」
アルファが威圧的な声で二人に問いただした。
チャーリーがデルタを離すと、アルファに弁明をした。
「デルタの野郎が、憲兵たちに投降すると言い出してよぉ……」
「僕は知ってるんだ! フォックスは憲兵の刺客に殺されたんだよ! このままだと、残らず殺されてしまうんだ!」
アルファはデルタを睨みつけた。
「妄言は止めろ、デルタ。証拠も無いことを言って部隊の士気を下げてどうする?」
「うぅ、だ、だったら、アルファ! フォックスは何で死んだんですか!?」
「それを解明する余裕が、今の我々にあるか?」
アルファの鋭い視線と言葉で、返答に窮するデルタ。
「で、でも、あいつらに、憲兵に投降すれば、命だけは助かるんじゃないか!」
「その保証はない、デルタ。それに、そもそも我々の作戦に志願しておきながら、今さら命を惜しむのか?」
「こんな、フォックスみたいな無駄死になんか、望んじゃいないよ!」
「いい加減にしろ。これ以上喚き散らすようなら、粛清も考えざるを得ない」
「く、くそ! やれるもんならやってみろよ! 僕は生きてやるんだからな!」
デルタは扉のノブに手をかけ、外に飛び出そうとした。
「デルタ、こっちを向きなさい」
凛とした女性の声がした。
「何だよ……、けぺ……?」
振り向いたデルタの右目に、吸い込まれるように矢が刺さった。
矢は頭を貫通し、デルタはその場に倒れた。
「あが、目……、が、死にたくな……」
泡を吹き、手足をわずかに痙攣させてから、デルタは絶命した。
「エコー……」
アルファは振り返り、矢を放った人物を認めた。
「アルファ、独断で粛清を行ったことを詫びます。ですが、あのままでは、我々の計画が致命的な破綻をきたすものと判断しました」
エコーは弓を降ろし、アルファに頭を下げる。
しかし、その態度に卑屈なところはなく、毅然としたものだった。
「……そうだな。エコー、独断は褒められるものではないが、その判断は私も同じだ。良くやった」
「お言葉、ありがとうございます」
エコーは再び頭を下げた。
アルファは静かになった同志を冷ややかに見下ろし、メンバーに指示を出した。
「ブラボー、チャーリーの両名はデルタの死体を片付けておけ。エコーは人質が今の騒ぎに気付いていないか、再度確認だ。私は計画の調整をするので部屋に戻る。……チャーリー、デルタはこうなる運命だった。そして、こいつの死はお前に何も影響はしない。……分かったな?」
「……あぁ」
チャーリーは上の空で答えると、先程まで同胞だったものをじっと見つめていた。
アルファは部屋に戻りながら、人員の再配置や今後の計画の役割の再分担を頭の中で組み立てていた。
しかし、部屋に着いたとき、頭の中を占めていたのは、憲兵と自分たちの天秤だった。
天秤は憲兵側に大きく傾いている。
フォックスに続きデルタを失ったことで、計画の綻びを彼自身も感じているのだ。
「……今さら、引き返せるものか」
アルファにしては珍しく、独り言を呟くと、冷酷無比なリーダーとしての仮面を被り直したのだった。
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