78話 暗闇と疑心
◇◇◇
アリスは目隠しをされた後、周囲の状況の変化に気を配っていた。
どうやら、人質の監視役として、犯人のひとりが部屋に残っているようだ。
何度か部屋を歩き回るような足音が聞こえたからだ。
不意に、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
そして、犯人らしき足音がドアに近付くと、ドアを開ける音、何やら話し声が聞こえ、今度はドアが閉まる音が聞こえた。
犯人の気配が消えたように感じたアリスだったが、確認する手段は無かった。
隣で人が動く気配がした。
「……アリス、そこにいるかい?」
「エリィさん!?」
思わず声を上げてしまうアリス。
しまった、と気付いて口を閉じたが、犯人の反応は無い。
「アリス、君は大丈夫かい? あぁ、今はこの部屋には犯人の一味は誰もいないから、多少喋っても大丈夫だよ……」
「えっ? そ、そうなんですか!?」
エリィは魔法で鳥を動かし、窓からこの部屋を観察したという。
「鳥たちの視界を借りて、状況を把握しているところだ。他の皆も安心して欲しい」
エリィの自信に溢れた声を聞き、人質たちがざわつく。
「アリス、まずは鳥を使ってウェッジと接触できた。私の方がこんな状態で魔法が不完全だったからあまり多くを伝えられなかったが、彼女ならきっと助けに来てくれるだろう」
アリスはそのことを聞き、思わず嬉し涙をこぼしそうになった。
アリスの最も信頼する守り人、ウェッジならばきっと何とかしてくれる。
アリスは胸に希望の灯がともるのを感じた。
「……それから、今この建物の中を探っているところだが……、うぐっ……」
エリィが呻く。
呼吸も荒く、傷が悪化しているのかもしれない。
アリスはわずかでもエリィの怪我を治そうと、エリィの声のする方へ《治療魔法》を実行しようとした。
「ダメだ……、アリス。君は魔法を使うな……」
エリィの制止を受け、思わず魔法を中断する。
「なんでですか!? このままじゃ、エリィさんが……!」
「私よりも、君が《転生者》であることが《汎魔導教団》にバレることの方が危険だ……。奴らは《転生者》を日頃から排除しようと活動している。もし、アリスが《転生者》と分かれば何をしてくるか分からん……」
「だからって……」
なおも食い下がろうとするアリス。
だが、エリィは力なく笑い、アリスの助けを突っぱねた。
「ふふ、私も魔法士の端くれだ……。これくらいの傷、自分でなんとかしてみせるさ……。だが……」
「何ですか?」
「魔法が切れたようだ……。私も、いったん休ませてもら……」
どさりと倒れこむ音。
エリィは傷による失血と魔法の行使による疲労で気を失ってしまったようだ。
そのとき、壁の向こうから荒々しい足音がいくつも聞こえた。
犯人たちが帰ってきたようだ。
続いてドアを開ける音。
「どうだ?」
「人質たちは変わりないわ」
「そうか、次に行くぞ」
「えぇ」
ドアが閉まる音がして、部屋は無音となった。
アリスは犯人たちの動きが慌ただしいと感じた。
犯人たちにとって、何か不測の事態が起きたのかもしれない。
暗闇に落とされたアリスには、それを確かめる術は無かった。
◇◇◇
「どうだ、何か見つけたか?」
苛立った様子でアルファは他の者たちに確認していった。
「こちらは何も。人っこひとり居なかったぜ」
「僕の方もだ」
「私は人質を確認したけど、変化なし。他の場所も無人よ」
「アルファ、俺も見て回ったが、やはり誰かが潜んでいるというのは考えにくいな」
そうか、と呟き、アルファは視線を落とした。
彼の足元には、人がひとり倒れていた。
彼らの仲間のひとり、フォックスというコードネームの男だった。
彼の背中にはナイフが突き立っていて、そこから血が流れていた。
おそらく背後からの一突きで絶命したのだろう。
フォックスは建物の周囲を巡回する役割だった。
定時連絡がないため、不審に思った他の者が確認に向かったところ、死んでいる彼を発見したのだ。
リーダーであるアルファは、まずフォックスの不審死について、建物内に殺人者が潜んでいると想定した。
建物内の人間については、全て人質にして、一ヵ所に集めたはずだった。
だが、広く複雑な構造の建物内である。
構造を熟知していて、彼らから逃れることが出来た者も居るかもしれない。
そこで、メンバーを動員して建物内の捜索に当たらせたのだ。
しかし、成果は無かった。
「広い建物だ。この人数では見落としている可能性は否定できないな」
ブラボーが意見を述べた。
アルファは頷く。
確かに、その可能性はあるが、彼は他の可能性も考えていた。
ひとつは、外部からの侵入者。
憲兵たちが凄腕の暗殺者を雇い、鎮圧を図ったという可能性。
しかし、立て籠もり発生からまだあまり時間も経っていない中、そのような人物を用意できるとは考えにくい。
アルファは別の可能性を検討した。
あまり想定したくはなかったが、メンバ-の中に裏切者がいる可能性だ。
最年長であり、アルファの腹心であるブラボー。
お調子者だが、腕の立つチャーリー。
若いが計算能力に優れて、チャーリーとよく組むデルタ。
魔法の扱いに優れ、紅一点のエコー。
そして、新入りで粗暴だが格闘戦についてはメンバー内で最強だった、フォックス。
これにリーダーであるアルファを加えた六人が、制圧メンバーであった。
自分を除く四人の中に、裏切り者が存在するのか。
いるとすれば、動機は何なのか。
アルファは、外の憲兵団への警戒に加え、内部の警戒を厚くする必要があると考えた。
だが、表立って裏切り者がいると伝えれば、メンバー間で疑心暗鬼が生じ、士気の低下や要らぬ諍いを招く可能性がある。
「仕方ない、フォックスの件についてはいったん棚上げだ。まずは、外との交渉が先決となる。くれぐれも、こちらで一人死者が出たことは悟られるな」
言うと、アルファは各員に元の持ち場に戻るよう指示を出した。
アルファはエリィの部屋である事務局長室を接収し、作戦室と定めていた。
そこで、外を囲む憲兵団と交渉を行う予定だ。
憲兵たちは過去の強硬突入で多数の死傷者を出した汚点を忘れていないだろう。
今回の事件においてはその教訓を活かし、まずは交渉から入ってくると、アルファは考えていた。
その交渉で優位に立つためにも、こちらの弱みを見せてはならない。
部下たちにはそう指示したが、彼自身も交渉に際してはわずかな気の緩みさえ許されない。
アルファは眼を閉じて精神を研ぎ澄ませると、交渉の準備に入った。
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