69話 大地と渓谷
「次は、私が出ます」
金髪の女魔族、マキシは手元の書類の束をトントンと揃えながら言った。
「あらァ、マキシ、ずいぶんとやる気じゃない?」
灰色の羽の女魔族は何やら楽し気だ。
「貴方たちに任せていては、仕事が進みませんので」
「アナタってホント、真面目ェ」
クスクスと笑う女魔族。
「でも、あの子たちの相手、アナタに務まるのかしらァ」
◇◇◇
昼下がり、ウェッジたちは自室でくつろいでいた。
魔法都市に来てからしばらく経ったが、最近は穏やかで何事もない日が続いていた。
しかし、ウェッジはあることで悩んでいた。
魔族についての調査が全く進んでいなかったからである。
先日の《首狩りの騎士》も魔族の手掛かりという点においては結局空振りとなった。
また、オリキスたちへの尋問も有力な情報を得るには至っていないという。
水のテルモアとの問答で、魔族は《転生者》の命を狙っていることが判明した。
アリスが狙われているのに、魔族に対して何も手が打てないという状況は、ウェッジをじりじりと焦らせていた。
(あと、少なくとも三体、魔族を倒さないと……)
魔族を倒さない限り、アリスが本当に安心して過ごせる日はやってこない。
ウェッジが魔族の情報を得るため、もう一度心当たりのあるところを尋ねようと算段していたときである。
「この魔力……」
フィオが昼寝から目覚め、険しい顔つきをした。
「どうしました、フィオ?」
「……特大の魔力反応だ。魔族が、来るぞ!」
ウェッジは息を呑んだ。
魔族についてちょうど考え込んでいたときに、向こうからやって来るのは都合が良い。
だが、直接攻め込んでくるのは意外だった。
(ここで応戦すると、周囲の被害が計り知れない)
先日の魔族との戦闘では、魔法で森が一つなぎ倒された。
街中で戦えば、災害級の被害となるだろう。
「フィオ、街の外の荒野で食い止めましょう」
「我に指図するな、ウェッジ。だが、その案は聞いてやろう」
「アリスはエリィのところに避難しておいてください!」
ウェッジはアリスに指示を出すと装備一式を掴み、窓から外に飛び出す。
水のテルモアでは大規模魔法に巻き込まれ、アリスが傷を負ってしまった。
その反省から、ウェッジは魔族との戦闘ではアリスを避難させておくことにしたのだ。
フィオも連れて、魔力反応のあった場所まで全速で街を駆け抜ける。
街の門を抜けたところで、白い羽の生えた金髪の女性を見つけた。
側には熊ほどの体躯の狼を連れている。
(羽の生えた人型に、あれは魔獣。間違いなく、魔族……!)
ウェッジは走る勢いを乗せてナイフを数発放った。
「ガァアウゥ!!」
傍らの狼が前足と牙でナイフを防いだ。
先制攻撃で仕留めそこなったが、ウェッジは落胆もせず心は平静を保っていた。
「わぁ、びっくりした!!」
金髪の女魔族が奇襲に驚いている。
「あ、貴女、いきなりこれは恐いですよ!ミチルちゃんが防いでくれたから良いですけど……、そんな有無を言わせない好戦的な人なんですか!?」
ウェッジは言葉ではなく、ナイフで返した。
またしても、狼が刃を弾き返す。
(まずは、あの魔獣を仕留めるのが先決ですか……?)
ウェッジは相手の戦力を見極めようと、呼吸すら止めて魔族の動きに集中した。
「うぅ……、わたしの資料とかなり印象が違う。そんな狂戦士な人だって書いてたかな。わたしの言葉、通じてるのかなぁ……」
女魔族は鞄から書類の束を出してペラペラめくっている。
隙だらけの行動に見えるが、ウェッジは手を出せずにいた。
(私の攻撃を見ても、さほど動じているようには見えない。やはり、かなりの実力を持っているとみて良いでしょうね……)
側に控えている狼も、かなりの圧力を放っている。
本来は好戦的であるはずのフィオも、様子見に徹していた。
女魔族は書類を鞄に戻すと、深呼吸を何回か繰り返した。
「大丈夫よ……、わたしだけでも仕事は出来る……。頑張れ、わたし……」
小声で何やら呟いた後、大きく息を吸い込むと、魔族はその真名を告げた。
「わたしは土のマキシ。貴女たちの言う《四獣遣い》のひとりです」
ウェッジとフィオは身構えた。
「これから《転生者》の抹消を行いますので、よろしくお願いします」
マキシは頭を下げる。
(何でしょう……、この初々しさは……。魔族にも新人がいるのですかね……?)
ウェッジは若干の困惑を覚える。
だが、マキシの気配の変化を感じ、ウェッジはすぐに気を引き締めた。
「申し訳ないですが、邪魔する方も抹消します。……これも仕事ですので」
マキシが冷たく言い放つと、蒼白い光を放ち、魔法を実行した。
ウェッジたちの四方を囲むように土の壁が現れる。
逃げ場を塞がれたウェッジたちに、頭上から大量の土砂が降り注いできた。
「ウェッジ、このままでは生き埋めになるぞ!」
「分かっています!」
ウェッジがナイフを投げて、土の壁を大きく崩す。
そこに飛び込むようにして、ウェッジたちは土の雨から逃れた。
一息ついて顔を上げるウェッジ。
だが、目の前に広がる光景を見て、次の息を吸うことすら忘れてしまった。
ウェッジたちが土の壁に閉じ込められている間に、ただの平坦な荒野は、険しい渓谷に変貌していた。
左右は切り立った崖になっており、ひと一人通れるくらいの幅まで岩肌の露出した壁が迫ってきている。
岩山の遥か上に金髪の頭がちらりと見えた。
「さぁ、仕事を始めましょうか」
冷酷な声が谷底にこだました。
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