67話 英雄と父親
ウェッジは推理の後、キースに犯人の処遇について聞いた。
キースはもはや敵討ちをする心境ではないらしく、街の憲兵団に引き渡すということになった。
それまでは、館の客室で拘束したスケイルを隔離しておくことになった。
スケイルはもう抵抗する気力も無いようで、されるがままであった。
そして、《主の間》でエリィはキースに《群精契約》を執り行ったことについて問いただした。
「……閣下。本来であれば、侵食精霊を使い、戦争を再び引き起こそうとしたことは、許されることではありません。我ら《蒼銅協会》は事態を究明し、閣下には何らかの処罰を検討することになるでしょう」
ですが、とエリィは言葉を濁した。
「……今回の件は不問としておきましょう。結局、未遂に終わりましたし、何より貴方も、この事件で大きな罰を受けました」
「そうだな……。罰、か……」
気迫に満ちていた歴戦の英雄も、娘たちを失ったことで一気に老け込んだようだ。
「ダーウィッチ候、なぜ貴方は《群精契約》で侵食精霊を欲したのですか?」
「ウェッジ・モルガ……、君ほどの聡明な者なら、すでに理解しているのではないかね……?」
「えぇ、推測ですが……。貴方は、再び英雄になりたかったのですか?」
「……そうだ、そうだな。かつての栄光を、私は取り戻したかった。侵食精霊ほどの力があれば、先の戦争で疲弊した我が国を奮い立たせ、かの隣国を陥落させることが出来る。……そう、信じておった」
キースは椅子の背もたれに身体を預けると、大きくため息を吐いた。
「だが、眼が弱り、老いを感じ、焦って視野が狭くなっておったのだろうな。近くにおった青年の復讐心と、実の娘たちの恋心にすら気付けなかった……」
「ダーウィッチ候……」
「日々、衰えていく身体に記憶から失われていく功績。人々に落ち目の姿を見られるのが耐え切れず、ここへと逃げるように移ってきたのだが。……だが、今になって気付いたよ……、本当に私が欲していたものが。喪ってから、気が付いた……」
――私は、《雷霆候》と呼ばれることよりも、父と呼ばれることの方が、ずっと嬉しかったのだ。
「……分かりました。ダーウィッチ候、ありがとうございました」
ウェッジはこれ以上悲しみに暮れる老人を見るのが心苦しくなり、彼の部屋を去った。
ウェッジたちが村を出ると言うと、キースは馬車を取り計らってくれた。
馬車に揺られながら、ウェッジたちは雑談をして過ごした。
「そういえば、そもそも、エリィは村まで来ても良かったのですか? 仕事が溜まりすぎているので、最初は梟で同行すると言ってましたが」
ウェッジは今さらの疑問を尋ねてみた。
「ふふ、良くないよ。無断で出てきたからね。……たぶん、職場に帰ったら、部下にメチャクチャ怒られるだろう」
気が重いね、と愚痴るエリィ。
日頃サボっているツケなので、身から出た錆なのだろうが、ウェッジは少し同情した。
「ですが、エリィ。来てくれて、ありがとうございました。おかげで助かりましたよ」
「ふふ、そうかい。勘を信じた甲斐があったよ。……では、これは一つ貸しということで良いかい?」
「元々、この事件の発端は《協会》が私に力を貸してほしいという話ではありませんでしたか?」
ウェッジの追及に、そうだったかな、とすっとぼけるエリィだった。
「結局、《首狩りの騎士》はただの伝説だった、ってことだねー?」
村から離れ、二つの塔が見えなくなってきた頃、アリスはウェッジに話しかけてきた。
「そうですね。魔族ではなく、スケイルさんが昔の言い伝えを利用しただけだったのでしょう」
ウェッジは血のような文字で書かれた脅迫状を思い出す。
あの脅迫で儀式が中止されていれば、今回の悲劇は起きなかっただろう。
だが、そうはならなかった。
「そうですねぇ。この村に住んでいれば、《首狩りの騎士》の伝説は嫌でも知ることになりますからねぇ」
ロキドが二人の会話に割って入ってきた。
彼は馬車の運転手として同行してくれた。
曲がった腰でプルプルと震えながら馬の手綱を握る姿は、乗る者に不安しか与えなかったが。
道の先に白い人影が見えた。
ロキドは手綱を操り、馬車を止める。
白装束を着て、白髪を振り乱した老婆が、こちらに近付いてきた。
「祟りじゃあ! 祟りが起きたのじゃあ!!」
狂ったように手を振りながら、老婆は叫んでいる。
「精霊さまはお怒りじゃあ! 《首狩りの騎士》さまが村を血で染めるぞぉ!!」
目は血走り、口からよだれを垂らす姿はとても正気とは思えなかった。
「あの、この人は……?」
ウェッジがロキドに尋ねる。
「この村の離れたところに住んでいる婆さんですな。少し変わったところがあって、何かと精霊さま、《首狩りの騎士》さまと触れて回るのです。おかげでもう、村の者は《首狩りの騎士》という言葉を毎日飽きるほど聞いておりますな」
「はぁ……」
ロキドは馬をぺしぺし叩いて、老婆を避けるように馬車を迂回させた。
「た~た~り~じゃ~あ~」
叫びながら必死に追いかけてくる老婆を無視して、馬車は速度を上げた。
引き離せるかと思いきや、意外な健脚で老婆は馬車に追いつこうとする。
背後に迫ってくる老婆を見ないようにしながら、エリィは感想を述べた。
「しかし、まったく……。哀しい、事件だったね」
「そうですね……」
馬車に並走する老婆を視界に入れないようにして、ウェッジは相槌を打った。
そうして、ウェッジたちは自分たちの街へ、日常へと帰っていった。
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