66話 初恋と失恋
四方から追い詰められるスケイル。
彼は隠していた鉄の棒を取り出した。
梟の血だろうか、赤黒いものがこびりついていた。
「どけ! どけぇぇ!!」
左手で鉄棒を振り回しながら、入口のエリィに突進するスケイル。
エリィは落ち着いた様子で《契約書》を浮かべると、魔法を実行した。
スケイルの足元から樹が生えて、スケイルを拘束する。
かつて、アリスを試したのと同じ魔法だ。
離せ、と叫びながらもがくスケイル。
そこに近づく人物がいた。
キースは駆け寄った勢いそのままに、スケイルの顔めがけて渾身の拳を叩き込んだ。
「がはっ」
一撃でスケイルの顔が血に染まった。
そして、キースは階段橫に飾ってある甲冑から槍を外した。
装飾用とはいえ、その先端は鋭く光っている。
「娘たちの仇だ、死んで詫びろッ!!」
キースがスケイルの胸に槍を突き立てようとした。
「ダメェ!!」
アリスがキースの腰に身体ごとぶつかり、しっかりと抱える。
体格差があるため、アリス一人の抵抗ではキースを止められはしない。
「なぜ止めるッ!?」
猛獣のような気迫でアリスに問うキース。
「人を殺すのは、やめてください!」
ウェッジは、いつかアリスが言っていたキレイゴトを思い出した。
「は、はは、ははははッ!!」
豹変したように、スケイルが声を上げて笑いだす。
「やっぱり、オマエの本性はそうなんだな! そうだろ、ヒトゴロシ!」
スケイルが口から血をぼたぼたと垂らしながら叫ぶ。
「何だと!?」
キースの逆鱗に触れる言葉だったのか、怒気をはらみスケイルを睨む。
「僕の両親は戦争で死んだ! オマエが殺したんだ! オマエはこの国では英雄なんだろうが、僕の国だったら、オマエは大量殺人者なんだよ!!」
「貴様に、何が分かるッ!」
キースが喝破する。
声だけで全身が震えるほどだ。
「そして、今度は侵食精霊を使って、また僕の国と戦争しようとしやがる! だから、僕は失うことの哀しみを、オマエに教えてやったんだ!」
「貴様ぁぁ!!」
キースは再び槍を振り上げて、スケイルに狙いを付ける。
「ダメ! ダメです、侯爵さま! クローシャさんもシーシャさんも、そんなのきっと望んでないよ!!」
アリスの必死の懇願。
「昨日今日会ったばかりの者が、娘たちのことを語るな!!」
怒りに任せ、キースはアリスを振り払おうとする。
「ダーウィッチ候、落ち着いてください。アリスの言ったことは本当です」
ウェッジはキースをこれ以上刺激しないよう、ゆっくり近づいて言った。
「ナイフの鞘ですよ」
ウェッジは手に持った一振りのナイフをキースに差し出した。
「ウェッジ・モルガ……、何を言っている?」
「《黒の塔》に落ちていた私のナイフのことです。《白の塔》ではシーシャさんがクローシャさんに抵抗するため、鞘から抜かれていました。ですが、《黒の塔》ではそうなってはいなかった」
ウェッジはキースとスケイルの間に割り込んだ。
槍をそっと押し戻す。
「これは、シーシャさんがスケイルさんに殺されるときの状況を示しています。つまり、完全に不意をつかれて、抜く暇が無かったのか。……もしくは、あえてナイフを抜かず、抵抗しなかった」
「……何だと?」
「そもそも、彼女はなぜスケイルさんに協力したのでしょうか。自分の顔を傷つけて、双子の姉を殺してまで」
スケイルは何も言わずうつむいていた。
「これは、私の想像ですが……、シーシャさんはスケイルさんに恋していたのではないですか?」
弾かれたようにスケイルが顔を上げる。
彼の唇は微かに震えていた。
「スケイルさん、貴方はシーシャさんの協力を取り付けるために、その恋心を利用した。おそらく、駆け落ちしよう、みたいなことで唆したでしょうね」
「バカな……、シーシャが……」
キースはわなわなと震えていた。
「姉に成り済まして、妹が殺されたように見せかける。そうすることで、駆け落ちした後は自由を手に入れる。そんな計画を甘く囁いた」
ウェッジはキースとスケイル、二人の様子を注視しながら話を続けた。
「そして、彼は姉を殺した後、妹も手にかけた。シーシャさんはそのとき、彼に利用されたことを悟ったのでしょう。……ですが、ナイフを抜かなかった」
「やめろ、やめてくれ! 頼む、それ以上は言わないでくれ……」
スケイルが絞りだすような声で懇願してきた。
ウェッジはスケイルの眼をじっと見て、容赦なく告げた。
「……彼に殺されるのなら、それでも構わない、と」
そして、アリスがウェッジの後を継いで、語りだした。
「それに、あたしの勘違いかもしれないけど……。きっと、クローシャさんも、スケイルさんのこと、好きだったんじゃないかな……。でも、シーシャさんのことを考えて、顔に傷がある自分は身を引いたんだよ……」
アリスはキースの腰をべとべとにしながら、泣いていた。
アリスは気づいてしまったのだ。
手の傷を治したときの、クローシャの呟きで。
――妹のために、自らの気持ちを封印した、姉の儚い恋心に。
「そうだよ、双子は何でも瓜二つだったから。顔つき、身体、仕草、声、他にも色々……」
――そして、好きになった人も
「だから、その人を殺しちゃったら、二人の想いも、消えちゃうよ……」
少女の言葉は、かつての英雄の心を折った。
「おぉ、う、うおぉぉ……」
キースは膝をつき、泣き崩れた。
スケイルも放心したようにキースを見ていた。
その瞳には、もはやキースへの復讐心は残っていなかった。
《首狩りの騎士》は哀れな一人の青年に戻っていた。
(あるいは、スケイルさんも、シーシャさんのことを……)
ウェッジは、スケイルの眼を見て、そう感じた。
双子と青年の、互いにすれ違う淡い想いが、この悲劇を生んだのだろうか。
――こうして、《首狩りの騎士》による殺人事件は、その幕を下ろした。
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