60話 探索と傷痕
ウェッジたちは今夜の魔法儀式に向けて、準備に取り掛かることにした。
脅迫者が何か行動を起こすとすれば、儀式中が最も可能性が高い。
キースは徹底した秘密主義で、具体的な儀式の内容は、ウェッジたちに伏せられていた。
逆を言えば、部外者では儀式の全容は知ることが出来ない。
つまり、脅迫者にとっても、どう妨害すれば儀式を事前に中止させることが出来るか、分からないということだ。
ウェッジはまず、ロキドから館全体の見取り図を入手すると、館の外へ出た。
儀式に関わる二つの塔を見ておく必要があると考えたからだ。
館の裏口から出て、まずは黒の塔の周囲を探る。
館を正面玄関から見て、左手側に位置する塔だ。
塔は二階建ての館の倍近い高さである。
塔には館の渡り廊下からしか内部には入れない。
塔の外をぐるっと一周する。
のっぺりした黒色の壁が続くだけだった。
上の方には三方に窓があった。
いずれも木の扉で閉められている。
外から窓に入ろうとしても、この凹凸の少ない壁を窓の高さまで登るのは困難であろう。
続いて、白の塔に向かう。
途中で細い塔もあることに気付いた。
黒の塔と白の塔のちょうど中間に、灰色の塔が立っているのだ。
見取り図によると《精霊の塔》と名前が付いている。
外周はウェッジが両手で抱えられるくらいしかない。
表面はざらざらと荒く、もしかしたら登れるかもしれない。
先端には三つ又の槍のような尖った金具が付いている。
目的は雷避けであろうか、黒の塔と白の塔よりも少し高く造られている。
気を取り直し、白い塔を検分することにした。
白い塔も基本は黒の塔と同じ造りだ。
窓の位置、渡り廊下の位置、全てが左右対称となっている。
塔周辺の探索を終えて、館の正面に回る。
館の正面から見て、館の背後に黒の塔、精霊の塔、白の塔が並んで見える。
黒の塔と白の塔は高さがほぼ同じに、精霊の塔は先端の金具の分、少し高く見える。
そのことを確認したウェッジは館に戻った。
次に、ウェッジは館の中を巡ることにした。
まずは、正面玄関ロビーから左手側に進む。
調理室と食堂が目に入った。
さすが、この規模の館となると、調理室は立派な設備が揃っている。
一度、こういったところで存分に料理の腕を奮ってみたい、とウェッジは思った。
食堂は長いテーブルが設えられており、十数人が席に着けそうだ。
今は誰もいないため、さっと目を通すだけに留めた。
続いて、小部屋がいくつかと使用人室らしい部屋。
あまり見るべきものは無かった。
次は館の右半分に移る。
談話室、とプレートのかかった部屋から人の声がする。
ウェッジが入ると、闖入者に驚く男女がいた。
「突然すいません。少し、館の中を散策していまして」
ウェッジが断りを入れる。
「誰だぁ、アンタ?」
まだ陽が高いのに、顔を赤らめている中年の男性がウェッジを睨む。
「よしなよ、タイガ」
隣の小太りな女性が中年をたしなめる。
「まぁまぁ、侯爵さまのお客さんではないですか?」
間をとりなしているのは、柔らかそうな栗色の巻き毛の青年。
癖なのか、右手で毛先をいじっている。
「そうです。ダーウィッチ候よりお招きに預かりました、ウェッジと言います」
「叔父貴の……、ふぅん、そうかい」
そう言うと、タイガと呼ばれた中年は興味を失くしたのか、右手に持った酒瓶を呷り始めた。
どうやら、かなり酒が入っているようだ。
「こんな若い子を呼んで、何考えてるんだろうねぇ。貴女、メイドにでもなって、侯爵さまに取り入ろうって魂胆じゃないだろうね!」
小太りの女性は思い込みが激しそうで、いきなり、ひどい言いがかりをつけてきた。
「うるせぇぞ、ティーケ! てめぇみたいな階段昇るのもやっとの役立たずより、ずっと使えそうじゃねぇか!」
タイガがティーケに怒鳴り散らす。
「きっと違いますよ、ティーケさん。ほら、興奮するのは、健康と美容に良くないですよ」
どうやら、青年がなだめる役回りのようだ。
「あはは、気分を悪くしたらすいません。僕はスケイルと言います。このダーウィッチ家のお抱え《治療魔法士》をしています。何かありましたら、僕が治療しますので、よろしく」
スケイルは他の二人と比べ、ずいぶん人当たりの良い対応である。
爽やかな笑顔とともに右手を差し出してきたので、握手をする。
ウェッジとしては、特に今何か話そうという気もないので、そそくさと辞去した。
談話室を出て突き当りが、先程キースと接見した主の間である。
その他は水回りがあるくらいだった。
一階の見るべきところを回ったので、二階へと進む。
ここで、階段の脇に扉を見つけた。
見取り図で確認すると、どうやら、この扉から二つの塔の内部に入るようだ。
鍵が掛かっていたので、後回しにする。
続いて、二階。
二階はどうやら全て同じような客室らしい。
ウェッジたちの部屋は館正面から見て左手側。
右手側にも、同じく部屋の扉が並んでいた。
鍵の掛かっていない部屋は一応中を覗いて、人が潜んでいないか確認する。
そして、双子の部屋も見つけた。
ここには、後で立ち寄り、双子から話を聞く予定だ。
これで、とりあえず、館の全貌は把握できた。
ひと仕事終えたウェッジはアリスたちを誘い、双子のところに行く事にした。
◇◇◇
「あら、お父さまのところに居たお客さまじゃない」
「こんにちは。少し話をさせてもらいたくて、お邪魔しました」
ウェッジたちは双子の部屋を訪ねた。
双子の部屋は二人一緒に暮らしているようで、広く造られていた。
室内の雰囲気も、ややフリルなどが多く装飾過多とも思えるが、年頃の娘の部屋といった感じだ。
ウェッジは双子をまじまじと観察した。
大がかりな魔法儀式を執り行うとはいえ、外見は十代後半の普通の少女だ。
二人は髪型と服のリボンを除けば、ほぼ一緒に見える。
ウェッジは自己紹介を済ませると、今回の警護で必要な情報を聞きたいと要件を伝えた。
「失礼かもしれませんが、髪型や服装以外で、お二人を見分ける方法はありますか?」
警護の対象を見誤ることは出来ないので、ウェッジは二人に尋ねた。
「あら、そんなの簡単よ」
姉のクローシャは顔の左半分を覆う前髪を手でかき上げた。
隠れていた左眼の下には抉られたような大きな傷痕があった。
「これを見れば、姉の私だというのがすぐに分かるわ」
「そうね、私には傷痕は無いのよ」
妹のシーシャも姉の真似をして、顔の右半分を見せてくれた。
妹の顔は綺麗なものだった。
「……すみません」
ウェッジはクローシャが傷痕をさらけ出してくれたことに申し訳なく思った。
「いいのよ、随分昔に木の枝が落ちてきて、怪我しただけのことよ。痕は残ってしまったけれど、不自由はしていないわ」
「そうね、クロ姉さまはそんな傷があっても、その美貌が陰ることはないわ」
「あら、シーシャ。貴女も同じ顔をしているのよ? それ、自分で自分を褒めてないかしら」
「そんなことはありませんわ、クロ姉さま。いくら双子だからって、持ってる気品や中身から溢れる美というものは違いますから……」
どうやら、双子の関係はすこぶる良好のようだ。
「ところで、貴女たちは今夜、魔法儀式を行うのですよね? でしたら、貴女たちは二人とも魔法士ということですか?」
ウェッジが話を進めるために、新たな質問を投げかけた。
「ええ、そうよ。私たちは二人とも魔力型の《転生者》ですわ」
「なるほど」
なぜ、《協会》が脅迫状ひとつで動いたのか、ウェッジは得心がいった。
ただでさえ、数の少ない《転生者》である。
ましてや、双子揃って、となれば希少な存在であろう。
「ちなみに、お二人はどういった魔法を使うのですか?」
いざとなれば、脅迫者や魔族を撃退出来るほどの魔法を使えるのでは、と期待して尋ねてみた。
「私たち、基礎的な魔法以外は、ほとんど使いませんの」
「そうね、お父さまの言いつけで、儀式用の魔法を中心に習得しているから。それ以外だとせいぜい、簡単な《支援魔法》、《錬金魔法》くらいかしら」
「そうですか……」
仮に魔族が現れても、双子に戦闘の支援は期待しないほうが良いと、ウェッジは判断した。
「それから、今回の魔法儀式について、何か教えてもらうことは出来ますか?」
『それは、お父さまから喋ってはいけないと言われているわ』
二人揃って回答を拒否した。
「でも、そうねぇ、せっかく私たちを守ってくれる騎士さまに意地悪するのもかわいそうだわ」
「シーシャ!」
「いいじゃない、クロ姉さま、少しだけよ。……ウェッジさん、今回の儀式が何と呼ばれているか、教えて差し上げますわ」
――その名は、《群精契約》
禁断の、魔法儀式ですわ、とシーシャは言った。
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