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54話 老人とアッパーカット

ウェッジは倒れたテルモアの様子を窺う。

人間であれば致命傷ではあるが、相手は魔族だ。

人間の常識の範疇にない生命力を持っている可能性もある。

「ウェッジよ、心配するな。そいつの魔力はもうほとんど無い。何か出来る状態ではなかろう」

フィオが魔力の状態を感知したのだろう。

「どうやら、アリスも落ち着いたようだな」

アリスもひと安心ということで、ウェッジはようやく緊張を解くことが出来た。

「人間の女、そして侵食精霊よ……」

テルモアは倒れたままだが、どうやら意識はあったようだ。

「ふぉふぉ、心配せずとも良い。……私はもはや消え去るのみだ」

見ると、テルモアの身体は末端から蒼白い光の粒となってゆっくり消えている。

魔族も魔力で編まれた身体なのだろうか、以前見た具現化した精霊と同じ消え方だ。

「どうしました、魔族でも遺言や恨み言があるのですか?」

ウェッジはテルモアの最期を見届けるために、倒れた老人の側に立った。

「人間とは違うのでな、そんなものは無い。だが……」

老人は首をウェッジの方へ向けた。

額のナイフからは一滴の血も零れていなかった。

「純粋な好奇心だよ。……何故、そこまでして《転生者ディフォルト》を守るのだね?」

「魔族に言っても分かるとは思いませんが……、《転生者リライヴ》ではなく、アリスだから、私は守るのです」

(そういえば、つい最近、グロリアにも同じことを聞かれましたね)

ウェッジはふと思ったが、この閃きは偶然の一致だろうと判断した。

「使命感、仲間意識などではなく、個人的な関係で生じた感情に紐づく思慕の情、ということかね?」

「そう言われると、少し違うような気が……」

ウェッジは過去の想い出がきっかけでアリスの護衛を始めた。

しかし、改めて言葉にしたことで、アリスへの気持ちは昔の後悔だけでなく、前向きなものが強いことに気が付いた。

きっと、旅を続けることで、アリスに感化されたのだろう。

アリスの、何事にも健気に立ち向かう姿を見てきたのだ。

ウェッジはその少女を知らず、応援するようになっていた。

守れなかった少女の代償としてではなく。

今のこの少女を守り抜く、と。

「ふぉふぉ。自分の感情すら掴めぬとは、人間とは、かくも不可解……だ、な……」

どこか嬉しそうにテルモアは笑った。

四肢は消え、上半身も次第に淡く光っている。

「だが、それでこそ(・・・・・)守られ(・・・)るべきもの(・・・・・)、か……」

最期に、老人はそう呟くと、夜の闇にほどけるように消えた。


テルモアが消えたのを見届けたウェッジは、その場に座り込んだ。

魔族との戦闘はかなり消耗するものだった。

(そういえば……)

ウェッジは疲れた頭で周囲を見渡す。

しかし、テルモアの魔法でなぎ倒された木々が広がっているだけだ。

「フィオ! 周囲の魔力感知を!」

(テルモアとの戦闘前では確かに居たはず……。今はどこに……)

「ウェッジ、魔力がひとつ、こちらから逃げていくように動いているな」

「逃げているのですか?」

「この魔力……。あぁ、あいつか」

フィオが魔力の主に思い当たったようだ。

ウェッジは追いかけるべきか判断に迷った。

今の体力では走ることもままならない。

再び戦闘となると、返り討ちに遭うことも考えられる。

(今は体力回復に努めましょう……)

ウェッジはフィオに周囲の警戒を頼むと、少しだけ目を閉じた。


「クソッ! クソッ! クソクソクソォッ!!」

黒い影が悪態をつきながら木々の間を走り抜ける。

「クソがッ! あいつら、絶対に許さねぇ!!」

ジュノはウェッジたちの戦闘の一部始終を隠れて見ていた。

そして、今はひたすら逃げていた。

彼はテルモアに心酔し、仕えていた。

しかし、そのテルモアが破れる瞬間を見たジュノは、その場での敵討ちではなく、逃げて再起を図ることを選んだ。

戦闘向きではないジュノの魔法では、魔法ひとつで相手を倒せるものではない。

魔法大会のように、近接戦に持ち込まれたら、その時点で勝ち目が無くなる。

テルモアの戦闘中には、魔法でウェッジへの妨害を行おうとも考えていたが、魔法契約中に大規模な戦闘の巻き添えを食らいかねないと、行動を控えていた。

そして、テルモア亡き後は単身でウェッジに立ち向かう勇気は無いので、今は逃げて復讐の機会を窺うことにしたのだ。

息を切らせて走るジュノ。

走る彼を狙って、木々の向こうから火の玉が放たれた。

間一髪で屈んでかわす。

「だ、誰だ!?」

誰何すいかするジュノ。

「チィ、外したッスか!」

パィロが燃える拳を突き出していた。

パィロはオリキスの《氷魔像ゴーレム》との戦闘を終え、ウェッジたちを追い掛けていたところだった。

服のところどころが破け、頭から血を流してはいたが、戦闘に支障はないようだ。

「アンタ、ジュノの旦那ッスよね? 大人しく捕まるといいッスよ!」

パィロが拳を構え、ジュノとの距離を詰める。

「クソッたれがァ!!」

ジュノは足止め用の魔法を展開し始めた。

パィロは前屈みになり、身体を左右に小刻みに揺らすと、一足でジュノの懐に飛び込む。

そして、一直線に伸び上がるアッパーで、ジュノの顎を殴りぬいた。

吹き飛びながらもジュノは悪態をついていた。

「クソがァ……、どいつも魔法士のくせに脳筋ばっかかよォ……」

そのまま、ジュノは気を失った。

数ある作品の中から本作品をお読み頂いて、ありがとうございます。


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