37話 精神干渉と覚醒
ジュノの魔法が発動した。
ウェッジの身体が蒼白い光に包まれる。
(対象は、私か!?)
基本的に、他人に直接干渉する魔法は高難度である。
契約に時間がかかっていたのも、恐らくそのためだろう。
その分、回避のしようが無く、効果も複雑なものが多い。
(精神に作用する魔法……、一体何が起きる!?)
魔法の光が収まる。
ウェッジは身構えた。
だが、自分の変化を特に感じなかった。
(まさか……、不発?)
精神干渉系の魔法は、精神力次第で抵抗出来る場合もある。
「ウェッジさん、大丈夫ですの!?」
グロリアが駆け寄ってくる。
「えぇ、別段、これといった変化は……」
しかし、ジュノを見ると、彼は薄笑いを浮かべている。
魔法の効果を確信しているかのような笑みだ。
「ジュノの魔法の直接的な効果が分からない以上、考えていても仕方ないです。攻めていきましょう」
ウェッジはそう言うと、オリキスたちに向き直った。
ナイフを投げようとしたところで、ウェッジの動きが止まる。
(ナイフが、投げられない……!?)
オリキスの腕に狙いをつけた途端、心にブレーキがかかった感覚。
身体が投げることを拒否するような反応。
(相手に変化は無い……、ならば自分の不調が原因で間違いない)
そして、ウェッジは感覚の不調が何からくるものなのかを理解した。
自信が無いのだ。
ナイフを投げて当てられる確信が持てない。
自信を持っているはずの《技能》が、ひどく頼りないものに思えてしまう。
(あり得ない。急に、ナイフを投げるだけのことでこれほどの不安を感じるなんて……)
まさか、とウェッジは推測する。
精神干渉系の魔法。
精神に作用する、人を惑わすとは、このことか。
競技の世界でも、自分の動作に自信を持てなくなり、身体が思うように動けなくなるという状態に陥ることを、《イップス》と呼んでいる。
ウェッジはこれ以上の不調に陥っていた。
ナイフを無理に投げようとすれば、手が震え、汗が吹き出し、どうしたらよいか分からないという精神状態になってしまっている。
ジュノの精神干渉魔法は、対象者の自信に影響する魔法である。
対象者のステータスにある高ランク《技能》に対して、その自信や自負を無くし、成功率を低下させる。
相手が強く、経験豊富で、一芸に秀でているほど、心に強く作用する魔法である。
「クククッ、ざまぁねぇな、アンタ。どうした、ご自慢のナイフ投げを披露しねぇのか?」
ジュノが口を開く。
彼の顔には、嗜虐的な笑みが張り付いてる。
「オレの魔法、《かつて在りて、今はもう無き》って言うんだがな。アンタみたいな奴にはよく刺さるんだよ。自信満々で、何でも出来ますよってツラした奴になぁ!」
「喋り過ぎだ、ジュノ」
オリキスがジュノをたしなめる。
「いいんだよ、別に喋ったところで、アイツにはもう何も出来ねぇ。見ろよ、あの顔! 悔しさと不安がない交ぜになった表情だ! クククッ、堪んねぇよ!!」
ジュノはウェッジを嘲弄する。
ウェッジはせめてもの抵抗を図ろうとナイフを握るが、取り落してしまった。
(駄目だ、もはや、ナイフを握ることにすら恐怖を感じる……)
ウェッジの中では今までの経験と記憶、そして今の心境が完全に乖離していた。
頭では判っていても、心が拒絶してしまうのだ。
ウェッジは自分の不調が信じられず、思わずその場に座り込んでしまった。
「さぁ、さっさと《氷魔像》造っちまえよ。あとは、へたり込んだナイフ女と、そこの赤い女をボコボコにすりゃいいだけだろ」
「今、出来たさ」
オリキスの言葉通り、《氷魔像》が完成し、石舞台に降り立った。
今度は熊の形を模したもので、先程の獅子より一回りも大きい。
「ウェッジさん……、ど、どうしましょう……」
側にいるグロリアが《氷魔像》の迫力に怯えている。
グロリアを不安にさせるまいと、ウェッジは心を奮い立たせる。
(正直、ナイフ投げの自信が全く無くなるとは、思いませんでしたが……。ですが、身体は、手足は動く。……まだ、戦える)
ウェッジは現状の把握に努めた。
ナイフ投げという、自分のアイデンティティに近いものを奪われてはいるが、だからと言って、このまま黙って嬲られるわけにはいかない。
「グロリア、もう一度、私に《支援魔法》を」
「でも、ウェッジさん、貴女、そんな、青い顔してお辛そうですのに……」
「まだ、戦えますから……」
「分かりましたわ……」
グロリアが再度、ウェッジに《支援魔法》を実行する準備に入る。
「なんだぁ、まだやろうってのか? さっさと降参しねぇと、もっと酷いことになるぜぇ」
抵抗する素振りに気分を害したのか、ジュノが顔を歪めて煽ってくる。
「別に構わない。この《氷魔像》で終いだ」
行け、と静かにオリキスが氷の熊に命じる。
熊が重い足音を立て、ウェッジたちに迫って来る。
グロリアが《支援魔法》を実行し、ウェッジの身体能力を引き上げた。
「これでいけます! ですが、無理はなさらずに!!」
「助かります!」
氷の熊に対峙するウェッジ。
熊が腕をウェッジの頭上に振り下ろす。
ウェッジは両腕を頭の上で交差させ、攻撃を受け止める。
ミシッと軋む音が聞こえる。
力比べではまず敵わないと、熊の腕の力を横に逸らす。
そのまま、熊の懐に入り込んだウェッジ。
(体術なら、使える……!)
自信を喪失したのは、ナイフ投げの《技能》だけのようだ。
背を向けて、体当たりでぶつかった。
体重と脚力を威力に転化したウェッジの体術。
加えて、グロリアの《支援魔法》もある。
(威力は十分のはず……!)
たしかに、熊の身体が浮くほどの衝撃だった。
だが、ウェッジは失念していた。
《氷魔像》は生物ではないことを。
内臓などが無いため、衝撃を受けても行動への影響は少ない。
行動停止にするには、先程のように粉々にするしかないのだ。
熊が懐のウェッジに噛みつく。
右腕を噛まれ、ウェッジの顔が苦痛に歪む。
熊はウェッジを咥えると、顔を振り、勢いよく放り投げた。
放物線を描き、石床に叩きつけられる。
「ウェッジさん!!」
グロリアが叫ぶ。
身体能力を強化されていても、耐久力や防御力はそこまで向上していない。
全身の打撲に腕の噛み傷。
一回の攻防で、ウェッジは満身創痍となってしまった。
もはや、ウェッジに脅威はないと見たのか、氷の熊はグロリアに向き直る。
そして、グロリアの支援でウェッジが抵抗をしたことが気に障ったのか、ジュノがグロリアを標的にした。
「《支援魔法》か……、邪魔な女だな」
ジュノが魔法契約を展開していく。
「グロリアさん、逃げて!!」
今度はウェッジが叫ぶ。
熊もグロリアを獲物と見定めたようだ。
口を開け、唸り声で威嚇してくる。
「赤い女、お前も終わりだ」
ジュノが笑いながら魔法を実行する。
グロリアが蒼白い光に包まれる。
「グロリアさん!」
ウェッジは叫んだが、グロリアはまるで聞こえていないかのように、項垂れたままだ。
「……うふふ」
グロリアの様子がおかしい。
グロリアも精神に干渉されたならば、状況はかなり不利になる。
ウェッジはグロリアの言動を思い出す。
この大会中は周りに怯え、不安そうにしていた。
もし、もともと少ない自信を喪失したのなら……。
「あはははははは!」
突如、グロリアが笑い出す。まさか精神をやられたのか、とウェッジは最悪の事態も想定した。
「心配は無用ですわ、ウェッジさん」
グロリアが吹っ切れたような顔でいった。
「わたくしに、任せなさい!!」
言うやいなや、グロリアは自分に《支援魔法》を実行する。
(魔法契約の展開速度が上がっている?)
ウェッジはグロリアの魔法《技能》の変化と態度の豹変ぶりに驚いた。
グロリアが疾風のように石舞台を駆ける。
氷の熊がグロリアの目の前に立ち塞がる。
「邪魔、ですわぁ!!」
グロリアは杖を両手で握り、熊の腹に横薙ぎの一撃を叩き込んだ。
熊の身体が砕け、真ん中から二つに折れる。
熊の上半身は地面に落ちると硝子のように砕け散った。
「凄いっ……!」
《支援魔法》の効果自体もウェッジのときより上がっているようだ。
ウェッジはグロリアに一体何が起きたのか、まだ理解出来なかった。
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