31話 過去と銀髪の少女
「見事な推理じゃったな」
キーロフがウェッジに労いの声をかけた。
キーロフは、憲兵への連絡と到着までの間オーウェンを拘束しておく縄を用意するように、とメイドに指示を出した。
ウェッジはキーロフに礼を言った。
そして、力無く微笑むと、ぐらりと揺れた。
「ウェッジさん!?」
アリスが叫ぶと同時に倒れるウェッジ。
皆が駆けつける。
ウェッジは汗を滝のように流して、浅い呼吸を繰り返していた。
「やっぱり! まだ無理しちゃだめなのに!」
治療を受けたとは言え、本来は致死量相当の猛毒を盛られたのだ。
そして、アリスの《解毒魔法》は《治療魔法》ほど万能ではない。
客室を借りて、ウェッジは改めてアリスの治療を受けることになった。
「ウェッジさん……」
アリスが心配そうにウェッジの顔を覗き込む。
ウェッジは朦朧とする意識の中、アリスの銀髪を見て、記憶の中のかつての少女を思い出した。
◇◇◇
「えっちゃん! えっちゃん!」
繰り返し呼ばれて、ウェッジはようやく目を覚ました。
「もう、えっちゃん、ちょっと寝すぎじゃない?」
目の前には銀髪の少女。
両手を腰に当てて、呆れた顔をしている。
「ええと、確か……」
ぼんやりする頭で現状の把握に努める。
天井からは陽光が差し込んでいる。
かなり太陽が高くなっているようだ。
吹けば飛ぶような廃屋で、床に直に寝ていたせいか、背中が痛む。
細く華奢な手足を伸ばす。
そこで、ウェッジは自分の身体が縮んでいることに気付いた。
(これは、そうか……、子供の頃のわたし……)
ウェッジは自分が夢を見ていることに気付いた。
普段はあまり夢を見ることが無い。
あの《ゴブリンの毒》が作用して、過去の幻を見せているのか……。
まだ頭がはっきりとしなかった。
「おーい、えっちゃん。どこ見てるの?」
「あぁ、アーリア、居たの?」
「居たの? じゃないでしょ!」
貴女、大丈夫?と心配するアーリア。
「もう、早く支度して! 洞窟に行きましょうよ!」
(そうだ、この日はアーリアと洞窟に行くんだった)
ウェッジは跳ね起きて、着替えを始めた。
自分の身体を改めて観察する。
確か、このときは十三歳。
同じ年頃の子供と比べても、細く華奢な身体つき。
大人になれば、派手なナイスバディになると夢見ていた頃の自分だった。
隣でアーリアも支度を始めた。
横目で彼女を見る。
長く伸びた銀髪は、髪止めで後ろでまとめられていた。
自分と同じく、それほど栄養が足りているわけでもないのに、髪は艶やかだ。
ことある毎に「髪は女の子の命」と言って手入れしているからだろう。
ウェッジよりひとつ年上だからか、顔つきは少しだけ大人びている。
やや吊り目がちだが、自信に溢れた雰囲気と相まって、快活な少女といった印象だ。
二人は装備を整えると、廃屋を出て洞窟に向かった。
ウェッジは幼い頃に、両親を戦火で失った。
それから、ウェッジは過酷な生活を送っていた。
戦場を避けるように転々としながら、その日食べるものにも事欠く生活だった。
身を守るための力が必要だった。
幼い少女は剣も振れない。
魔法を扱う才能もない。
だから、非力でも扱える武器として、ウェッジはナイフ投げを覚えた。
身を守るために、生き抜くために、必死で練習を重ね、少しずつものにしていった。
そんな生活を続けていく中で、ある日同じ境遇の少女と出会った。
流れるような銀髪が印象的な、幼い魔法士。
それがアーリアだった。
そして、それからは、二人で毎日を駆け抜けた。
過酷な運命を強要してくる世界に、たった二人で抗ったのだ。
かつて、ウェッジは胸を張れないようなことにも手を染めて、糊口を凌いでいた。
しかし、アーリアはそのようなことを嫌った。
そのため、その頃にはそこらの廃屋に身を寄せて、近くのダンジョンで魔物を狩って、その戦利品で日銭を稼ぐ生活を送っていた。
そして、この日も、洞窟へ出掛ける予定だった。
──いつもと同じように。
道中、普段通りになんてことのない話をしながら歩く二人。
「えっちゃんって、神様とか信じてるの?」
そう言えば、とウェッジは思い出す。
アーリアは何故かウェッジのことを「えっちゃん」と呼んでいた。
ウェッジという名前だと可愛くないから、と言うのだ。
それなら、別にうっちゃんでも良いのでは? とウェッジが聞くと、えっちゃんの方が可愛い! と断言した。
「カミサマ?」
ウェッジが聞き返す。
「そう、神様。《大聖母》でもいいよ」
「わたしは、カミサマなんて当てにしてない」
ウェッジもアーリアも無宗教だった。
「そう? あたしは信じるわ。だって、その方が夢があるじゃない」
「夢ぇ?」
小馬鹿にした態度のウェッジに、アーリアは少し拗ねたようだ。
「いいじゃない! 少しくらい夢を見たって! あたしだって、転生とかしたらなー、って思ったりするわよ!」
「あぁ、《白銀教会》の話ね。人間は皆すべて転生するものだ、って。アーリア、《教会》とか全然信じないー、って言ってたじゃない」
「あたしは、あの《教会》の教えとかがイヤなだけ。転生出来るかも、って思うのとは別よ! あたし、転生とかしたら、きっと国を救えるぐらい凄い魔法を使える聖女とかになるわ!」
「どちらかと言えば、アーリアは転生しても悪の令嬢みたいな役回りでしょ」
ツリ目だし似合うよ、とウェッジは言った。
「何よー、それー」
アーリアは頬を膨らませる。
気にしてるのにー、と目尻を指で下げようと頑張るアーリア。
ウェッジは、アーリアのその仕草がとても可笑しかった。
この瞬間がとても楽しく思えた。
そして、もう戻らない日々の名残りに触れて、少しだけ、切なくなった。
もうすぐ洞窟までたどり着く頃である。
目の前の茂みがガサリと揺れた。
二人は警戒態勢に入る。
ウェッジが前衛、アーリアが後衛で身構えた。
アーリアはまだ魔法士としては未熟で、精々手から炎を出すくらいしか出来ない。
《治療魔法》も苦手なので、戦闘ではウェッジのフォローをする役割となっていた。
もう一度茂みが揺れると、そこから一人の兵士が現れた。
見た所、鎧が壊れており、消耗した顔つきである。
ウェッジは、近くの戦場から逃げてきた敗残兵か、と見当をつけた。
兵士は、剣をだらりと下げ、何やらぶつぶつ呟いている。
「死ぬのは嫌だ死ぬのは厭だ死ぬのはイヤだ……」
目は焦点が定まっていない。
少しずつ距離を取って、走って逃げようと、ウェッジとアーリアはアイコンタクトを取った。
その時である。
突如、兵士がウェッジたちを鬼のような形相で睨んだ。
「お、お、お前ら、敵国の追手だな! 俺を殺しに来たんだな! そうだろ!」
半狂乱で兵士が叫んでいる。
ウェッジたちは呆気に取られてしまった。
そして、その一瞬が命取りとなった。
兵士が剣を振り回し、ウェッジに迫ってくる。
ウェッジは気圧されながらもナイフを投げ、動きを止めようとした。
しかし、相手のがむしゃらな剣筋に弾かれてしまった。
「うわぁぁ! 死ねしねシネェ!」
兵士がウェッジの腕を掴む。
そのまま剣を振りかざし、ウェッジの肩に突き刺した。
「きゃあぁ!」
ウェッジはたまらず悲鳴を上げた。
兵士の興奮はまだ収まらず、さらに続けてウェッジに剣を突き立てようとした。
「やめなさい!」
アーリアが兵士に飛びつく。
剣を奪い取ろうと掴んだようだが、大人と子供の力の差は覆せない。
「なんだぁ、お前もかぁ!」
意味の分からない言葉を叫び、兵士がアーリアを振りほどく。
そして、彼女に向かって剣を振り下ろした。
──瞬間、世界が止まった。
アーリアから鮮血が吹き出す。
緋色の華が咲いたようだった。
髪止めが外れ、銀髪がふわりと広がった。
アーリアはゆっくりと倒れた。
「あ、ぁ、アーリアァァァ!!」
ウェッジが叫ぶ。
兵士を振りほどこうともがき、ナイフを兵士の二の腕に刺した。
兵士が呻き、力を弱めた。
ウェッジは追撃で兵士の胸に、ナイフを力の限り突き立てた。
「が、あ」
わずかに震えた後、兵士は倒れた。
アーリアに駆け寄るウェッジ。
彼女は肩口からバッサリと斬られ、血がとめどなく流れていた。
ウェッジは己の無力を呪った。
自分がもっと強ければ……。
何者にも負けない力があれば……。
「ごめんね……、えっちゃん」
震える声でアーリアが言う。
「ちゃんと、《治療魔法》、出来るようになっとけば、良かった……」
「なんで、なんで謝るの!!」
ウェッジは泣き叫んだ。
「謝るのはわたしの方なのに、わたしのせいで、アーリアが! アーリアが!!」
「だって、えっちゃんの肩、それじゃ、傷残っちゃう……。ごめんね……」
「わたしの傷なんかより、アーリアの方が……!」
「あたしは……、もう、いいよ……」
抱き抱えたアーリアの身体が軽くなっていく気がした。
血が流れていってしまったからだろうが、アーリアから今まさに魂が抜けていくような感覚に陥った。
「えっちゃん、ありがとう……」
アーリアは最後に笑った、気がした。
にこり、と目尻を下げて。
「本当に、ありがとう……。あなたといて、楽しかっ……」
何も言わなくなったアーリアを抱き締める。
このとき、ウェッジは願った。
強く願った。
今までは信じていなかったが。
──もし神様がいるのなら。
──お願いします。
──彼女の次の人生は、幸せなものにしてください。
そうでなければ。
この少女の人生は、あまりに哀しい。
これでは、あまりに報われない。
だから、だから、アーリア。
生まれ変わって、またいつか出逢えたら。
──その時は。
──きっと、私が守るから。
──きっと、貴女を幸せにするから。
◇◇◇
ウェッジは目を覚ました。
涙が頬を伝っていた。
辺りを見回す。
どうやらキーロフの客室のようだ。
傍らではアリスが突っ伏して、寝息を立てている。
ウェッジの解毒を懸命に続けていたようだ。
お陰で、今は熱なども引いていた。
ウェッジは彼女の銀の髪を、手ですいてみた。
アーリアと同じ、流れるような手触りだった。
どうして、今になって昔の夢を見たのか。
アーリアによく似た雰囲気のアリスが、側にいたからか。
もしかしたら、アーリアの転生した先がアリスなのかもしれない。
どちらも銀の髪を持つ少女。
年齢のつじつまも合う。
ウェッジは漠然とだが、そんなことを考えた。
アーリア。
次の生を信じながらも、今の生を強く生き抜こうとした少女。
彼女との出逢いと別れは、ウェッジの生き方を大きく変えた。
ウェッジはアリスを見た。
転生者の少女。
かつて大切だった少女かもしれない少女。
今の自分にとって、大切な少女。
──かつての誓いを思い出す。
亡き少女への想いを、今この少女に。
きっと、守るから。
きっと、幸せにするから。
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