30話 推理と真相
ウェッジが食堂に集まった皆を見渡して言った。
「皆さん。今、ここで、この事件についての真相を明らかにします!」
ざわめく一同。
ウェッジは皆の前をゆっくり歩き、事件のときの自分の椅子までやって来た。
テーブルに手をつき座ると、息を整え、額の汗を拭う。
「今回の事件、《ゴブリンの毒》殺人事件、とでもいうべきでしょうか。私は、推理によって真相に至りました……」
青い顔をしているが、ウェッジは気丈に振る舞う。
「ウェッジ殿、この事件が何だったのか……、お主には分かったというのかね?」
「はい、モダン卿。真相に気付いたきっかけですが、私が生きているという、その事実の意味を考えたところからでした……。私は、本当に運良く、アリスのお陰で一命を取り留めたようですね。アリス、ありがとう」
「うん、ホント、……治って良かったよー」
アリスが目尻の涙をぬぐいながら言った。
「ハロルドさんについては、……残念でした」
「仕方あるまい、皆が手を尽くした結果じゃ……」
キーロフが沈痛な面持ちで答えた。
「そうですね。この、私とハロルドさんとの違い、生者と死者、これが事件の謎を解く鍵でした……」
「謎を解く鍵……?」
「この鍵で、犯人が誰か、そしてどうやって毒を盛ったのか、という謎が解けたのです」
「ウェッジ殿、お主……、犯人を見たとでも!?」
「いいえ、私は犯人を見ていません。犯行の瞬間も、です。……ですが」
ここでウェッジは言葉を切り、一同を見渡した。
「この中にいる犯人を、論理により指し示すことは出来ます」
「な、なんと!!」
キーロフが大声で叫んだ。
他の者も呆気に取られているようだ。
――どの世界でも、いつの時代でも、探偵が推理を語るときは、この言葉から始まるのだ。
「さて……」
◇◇◇
まず、事件の謎を整理するところから始めましょう。
一つ目、犯人はどうやってハロルドさんを毒殺したのか……。
二つ目、なぜ、私が狙われ、そして助かったのか……。
三つ目、なぜ、犯人は《ゴブリンの毒》を使ったのか……。
四つ目、犯人は誰なのか……。
これらを順に解いていきましょうか。
まず、一つ目の謎。
毒殺した方法ですが……、単純に紅茶に入れて私たちに飲ませた、ということではありません。
犯人は《ゴブリンの毒》を飲ませてハロルドさんを毒殺したのではない、ということです。
当然、私も毒を口にしてはいません。
毒を口から入れたのでなければ、どこから入れたのか。
犯人は、細い毒針を用いて被害者に毒を注入したのです。
どこに、どうやって針を刺したか。
犯人はテーブルの下で被害者の足首辺りを狙って毒針を刺したのです。
しかし、そんな動きをした人物はいませんでした。
それは、犯人があるトリックを使って実行したからです。
それは、魔法士ならではのトリック……。
犯人は《同盟契約》で具現化した精霊を使ったのです。
ここに浮いているフィオとは違う、意思無き精霊です。
意のままに動く精霊に毒針を持たせて、テーブルの下に待機させていました。
食堂に入り、この席に着くときまでは服の中か何かで隠していたのでしょう。
そして、タイミングを見て、犯行に及んだのです。
ところで、この精霊はどこから出したのでしょう。
会食中は魔法を使った者は居なかった、と結論が出ていましたね。
確かに、会食中に精霊と契約を結ぶなんて目立つことは出来ないでしょう。
ですから、事前に別室かどこかで《同盟契約》を行い、精霊自体は隠して、この部屋に持ち込んだのです。
この広い館なら、少し席を外して別室に行くだけで、魔法契約の時に生じる燐光や《契約書》を見られることもないでしょう。
つまり、魔法を使ったのは会食中ではなく会食前、ということです。
つぎは、二つ目の謎です。
なぜ、私が狙われたのか、についてです。
今回の事件、犯人にとって大きな不運がありました。
それは、アリスがこの場に居たこと。
アリスが《治療魔法士》で、しかも《転生者》であったことが、犯人の計画を大きく狂わせたのです。
《転生者》の魔法は不可能を可能にする。
そんな恐れを犯人は抱きました。
アリスに《解毒魔法》を使われてはターゲットのハロルドさんに助かる可能性が出てきてしまう。
そこで犯人は、私にも毒を盛ることで、アリスの治療をそちらに向ける形に計画を変更したのです。
ただ、実行手順は大きく変わらず、ハロルドさんを刺した後の毒針で私を刺しただけですが。
いわば、私はついでで毒を盛られたのですね。
まぁ、そのおかげで、私は毒の量がわずかばかり少なくなって、こうやって助かったわけです
これが、突然の参加者であった私が狙われた理由になります。
そして、同じ毒に倒れながら、生者と死者に分かれた理由でもあります。
では、三つ目の謎にいきましょう。
なぜ、犯人は《ゴブリンの毒》を使ったのか。
今回の事件で使われた《ゴブリンの毒》は実に特徴的です。
水に溶かせば濁った紫色に変色し、口に含めば強烈な苦みで、飲み込む前に毒だと気付かれる。
最も下手な毒……。
確かに、毒殺には向かないものです。
ですが、犯人はこの毒を巧みに用いて、私とハロルドさんの二人を毒牙にかけたのです。
そもそも、毒針を使うのなら、紅茶に毒を入れる行為は蛇足だと思いませんか?
ですが、犯人にはある狙いがありました。
紅茶に入れれば一目で毒が入っていると分かる性質を利用して、皆にはこれが紅茶の毒を飲んだことによる毒殺であると、すぐに知らせたかったのです。
紅茶に毒が入っていない場合、どうやって毒殺したのか、様々な可能性を検証することになるでしょう。
そんな状況では、他の殺害手段、それこそ毒針を用いた方法に考えが及んでしまう可能性があります。
そうやって偽装することで、毒針の存在を隠してしまおうと考えた。
そして、この方法なら実行当日は柔軟に対応出来る。
被害者が毒に倒れたとなれば、皆の意識は被害者に向きます。
そのときを狙って、この毒を飲み物に混入すれば偽装工作が成立します。
これなら、当日の出席者の人数や席の並びに左右されないと考えたのでしょう。
最後の謎……。
この事件の犯人は誰なのか……。
まず、前提として、犯人は魔法士であるということです。
毒の入手、精霊を使ったトリック、いずれも魔法士であることが要になります。
毒の入手は魔法士以外でも可能かも知れませんが、後から情報が漏れたり発覚する危険があるでしょう。
自前で行うのが確実な方法です。
精霊との契約については、ずっと顕現させておく魔力的な負担があります。
ですが、会食中のみ、しかも特別な行動は針を刺すことだけ、と限定すれば、《転生者》でない普通の魔法士でも可能な範囲でしょう。
そして、フィオの魔力感知で、この中に魔法士は四人いるということが判明しました。
つまり、アリス、メルさん、モダン卿、オーウェンさんの四名です。
非魔法士のアイネさんはここで容疑者から排除されます。
あぁ、ついでですが、私自身も犯人ではないということになります。
では、この四名から、さらに絞ります。
まず、アリスについては私を狙う理由も無ければ、初対面のハロルドさんを狙う意味も無い、と動機の面から排除出来るのですが……。
きちんと根拠を示して説明しましょうか。
アリスについては、私の隣に座っていたので、精霊を使役して毒針を刺すという迂遠な手段を取る合理性がありません。
それと、ここでひとつの事実を明らかにします。
紅茶についてですが、私は紫色に変色したものを見ていません。
倒れる寸前、私は紅茶をこぼしましたが、その時は変色しておらず、琥珀色でした。
つまり、私が倒れた後に、紅茶が変色したということです。
アリスは私が倒れた時にすぐ駆けつけてくれました。
その後、遅れて皆さんが駆けつけてきたのでしたね。
でしたら、紅茶に《ゴブリンの毒》を入れて変色させるタイミングは、私の所に駆けつけて来た、その瞬間しかありません。
しかし、その時、紅茶に毒を入れようとすれば、後から駆けつけた人の目に止まってしまう。
ですが、誰もアリスがそのような行動をしているのを見ていない。
すなわち、彼女は紅茶に毒を入れていないということです。
従って、アリスについては犯人ではあり得ない。
では、次にメルさんの犯行可能性について検証します。
メルさんは、私たちが食堂に入ってきた時に、魔法で本の鑑定を行っていました。
そして、それからは魔法を使っていないことが明らかになっています。
今回のトリックでは、食堂に入る前から《同盟契約》で精霊を具現化する必要があります。
しかし、精霊と《同盟契約》を行っている間は、別の魔法が使えないという原則があります。
メルさんは、鑑定魔法を使ったその時点で、《同盟契約》を結んでいないことになります。
それに、心証の問題ですが、《ゴブリンの毒》の詳細な特性を皆に教えたという行為も、犯人だったとしたら自らの首を締める不合理な行動です。
つまり、メルさんも犯人ではありません。
では、残る二人です。
キーロフ・モダン卿。
ある事実から、貴方も犯人ではあり得ない。
つまり、犯人は……。
──オーウェンさん、貴方です。
◇◇◇
「何故だ! 何故、私が犯人だと! 馬鹿馬鹿しいにもほどがある! それに、何故モダン卿が犯人でないと言える!?」
オーウェンが突然叫びだしたが、ウェッジは冷静に答えた。
「何故なら、モダン卿では紅茶に毒を入れることが出来ないのですよ」
ウェッジはキーロフをちらと見た。
「見ての通り、彼の身長では、テーブルの上の紅茶には手が届かないのですから」
オーウェンがハッとした顔でテーブルを見た。
大人の胸元まで高さのある重厚なテーブルがそこにあった。
続いて、キーロフを見比べる。
「子供の背丈では、テーブルの上にある紅茶には、それこそ魔法か椅子でも使わないと届かないでしょう」
《検閲図書館》キーロフ・モダン。
記憶型の《転生者》であり、老年期の記憶を宿した子供である。
彼は口調こそ老人のそれだが、見た目はまだ3、4歳ほどの子供だった。
床に立つと、テーブルの上の物には上手く手が届かない。
メイドに介添えしてもらわなければ、椅子にも満足に座れない。
華奢な足で小さい歩幅のため、大人よりも歩くのが遅い。
メルに膝を折って屈んでもらって、ようやく目線が合う高さの身長である。
「アリスのときに説明した、紅茶に毒を入れるタイミングの話を繰り返しましょう。
厳密に言えば、紅茶に毒を混入するタイミングは、私が倒れてからオーウェンさん、貴方が紅茶の変色に気付く振りをするまでの間。
この間は倒れている私たちに皆が注目していて、紅茶には誰もが自由に細工することが出来ました。
しかし、その間、モダン卿はすでに椅子から降りて、テーブルの上に手が届かず、紅茶に何も細工は出来ない状況でした」
ウェッジはゆらりと立ち上がると、オーウェンに歩み寄っていく。
「紅茶に毒を入れることの出来た人物は、オーウェンさん、貴方とアイネさん、メルさん、となります。
しかし、アイネさん、メルさんはすでに犯人候補から除外されています」
いまだ顔色は青いままだが、ウェッジは逃げ場を削るような論理と命を燃やしているような迫力でオーウェンを追い詰めていく。
「残るは、貴方しかいません」
オーウェンに向かい、ウェッジが断言した。
成り行きを静観していたメルがここで口を挟んだ。
「なるほど。
ウェッジ女史が助かったことで、紅茶に毒が投入された時間がごく狭い範囲に特定されてしまった。
偽装工作であるはずの紅茶に毒を入れる行為が、結果として犯人特定の根拠となったということですか。
全くもって、皮肉ですね」
メルはそう言うと、憐れむような眼でオーウェンを見た。
オーウェンはふらふらと歩き出し、夕食会のときの自分の席に座り込んだ。
観念したのか、うなだれて顔を手で覆う。
そして、うつむき、手をだらりと下ろした時である。
「そのままで!」
ウェッジが鋭く言葉で制した。
「動かないでください。手を、……上げてください」
ナイフを抜き、オーウェンに向ける。
「貴方の足元、椅子の脚の近くに、毒針が落ちていますね」
オーウェンが顔を歪める。
キーロフが慌ててテーブルの下に潜る。
言われなければ気付かなかっただろうが、オーウェンの椅子の足元には、絨毯に埋もれる形で、きらりと光る針が落ちていた。
彼は最後の悪あがきで、物証を回収しようとしたのだろう。
「私とハロルドさんに毒針を刺してから、精霊の契約はすぐに解除したはずです。
そのため、精霊は消えても針はその場に残ってしまった。
その後、アリスと共に治療をしていたせいで、常に誰か傍にいましたからね。
なかなか回収する機会が無かったのでしょう?」
オーウェンはナイフを突きつけられているからなのか、真相を看破されたからなのか、怯えるように震えていた。
「貴方の席の足元に毒針が落ちているという事実。
これが犯人特定の最後の根拠です」
最後に、ウェッジは言葉の刃で、犯人を貫いた。
「何故、お主のような優秀な研究者が……」
キーロフが惜しむようにオーウェンに声を掛ける。
「ふふっ、ふふふ」
「何が可笑しい?」
「優秀な研究者……。ならば何故、この私がハロルドなんぞに、あんな俗物に屈辱を受け、後れを取ることになるんだ!?」
突如、オーウェンが叫んだ。
「そうだ! 私は優秀だ! 世間は私を評価していないだけだ!!」
オーウェンはテーブルを拳で強く叩いた。
「何故、私が金策に走らねばならん!? 何故、私が媚を売らねばならん!?」
オーウェンがキーロフに血走った眼を向ける。
「何故、この私がこんな子供なんぞに、本を借りるだけで頭を下げて乞わねばならん!?」
次はアリスに向かって、オーウェンが吼えた。
「何故、こんな小娘にさえあるのに、私には《転生者》のような魔力や知識が無いのだ!?」
何故、何故を繰り返すオーウェン。
「何故だ!? ……何故、……貴様たちが恵まれて、私には、こんなにも、何も、無い……」
最後には消え入るような声を絞り出し、頭を抱えた。
「あなたには、《転生者》の抱える悩みとか、きっと分からないんですね……」
互いに理解出来ない存在であることを悲しむかのように、アリスは目を伏せて言った。
数ある作品の中から本作品をお読み頂いて、ありがとうございます。
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