3話 スキルと魔獣
「……ありがとう、ございます」
男たちを退けた後、アリスが礼を言った。
「別にそれほどのことではありませんので、お気になさらず」
ウェッジがさらりと言う。
「降りかかってきた火の粉を払っただけです」
「ヒヒヒ、火の粉か」
含んだ物言いのフィオ。
「貴様、先程の魔物を屠ったときもそうだったが、あのレベルの者をそんな扱いとはな」
「分かっていたのですか、彼らの技量を?」
フィオをただのマスコット的な精霊かと思っていたウェッジである。
「ああ、そうだ。特にあの火球、半端なものでは無かったぞ。少なくとも、そんな刃物なんぞで止められるとは思えん」
「あ、あの、気を悪くしないで。フィオは火の扱いにうるさいから」
アリスがよく分からないコメントを添える。
「余程の修練を積んだと見える。信じられんが、貴様のアレは、本当にただの《技能》か?」
フィオには驚くべきことなのだろう。
ウェッジは自分の技術が特に秀でているとは思っていない。
《技能》や《能力値》の自慢をするような者は、戦場でも己を過信して命を落とすだけと知っているのだ。
「えぇ、私にはただナイフを投げるだけしか出来ませんので」
「フム、そうか。確かに、魔力は全く感じなかった」
精霊のフィオには魔力を感知出来る能力が備わっているのだろう。
「しかし、貴様を先刻使えん奴だと断じた奴ら、濡れた薪のような愚か者だったな」
ルーネスたちのことである。
「そこまで褒められるような技ではないですよ」
ウェッジは己の技術が他人に評価されることにも興味を持たない。
どれほど血の滲む努力の果てに極めた技術であったとしても、所詮はただナイフを投げるだけの業である。
決して褒められるものではない、と。
「さて」
ウェッジは言葉を切ると、アリスに向き直った。
「今の方々はかなりの手練れでした。そんな方から貴女が狙われる理由というのは、かなり重たいものになると思われますが」
ウェッジが問い質すと、アリスはうつむいてか細く答えた。
「ごめんなさい。理由はまだ、……言えないの」
「そうですか」
これほど拒むとなると、相当の事情を秘めたものだ。
それこそ、第三者に不用意に話せるものでない類いの。
ウェッジもこれ以上の深入りは双方の得にならないと判断した。
「付き添いは街に着くまで、言ってしまえば短い間ですからね。そこまで深くは聞きません」
「そう、だよね」
アリスはまたもうつむいた。
◇◇◇
一方その頃。
ウェッジと別れたルーネスたちは洞窟の最奥、広めの空間まで進んでいた。
そこには魔獣の巣があり、ボスの魔獣を頂点とした集団が十数体ひしめいていた。
目論見通り、クエストの討伐対象に出会えた事は幸運だった。
不幸だったのは、魔獣達の戦闘力が想定以上だったこと。
獅子のような姿形だが、身体の至るところが鎧のように硬い皮で覆われている。
疾風のような敏捷性と斬、打、魔法にも高い耐性を持つ、冒険者殺しの魔物。
ルーネスとベルバスは後衛のアディを守る形で陣形を組んだ。
そして、ひと回り大きいボスと見られる個体の魔獣、そしてその取り巻きに数発、攻撃を加えた。
加えたのだが、その辺りで、彼我との実力差が判明した。
「オラオラオラァ! チッ、だめだ!歯が立たねぇぞ!」
ベルバスの拳は魔獣を吹き飛ばすことは出来たが、硬い皮のせいでダメージを通すまでには至らない。
「群れの頭か、コイツ!? 別格の強さじゃねぇかよ!」
ルーネスのカタナの技量では魔獣に掠りもしなかった。
「あぁん、もう! こんなにいたら魔法追っつかないわよ! 精霊よ、派手に吹き飛ばしなさい!」
アディが得意の爆発系を群れの中心に放ち、一、ニ体巻き込んだが、他の個体は捉えきれなかった。
三人とも実力が届かない分を補うため、必死にあがいた。
しばらく混戦が続いたが、破れかぶれで放ったアディの爆発魔法が洞窟の天井に当たった。
爆音を立て、天井が崩落する。
なんと、偶然にも落剥した岩が滝のようにボスと魔獣の群れを飲み込んだ。
「あ、やったぁ!」
ね、見てよと胸を張るアディ。
俺の指示だし、計算通りってもんよ、としたり顔のルーネス。
すぐ調子に乗る二人である。
しかし、ベルバスは拳で直接魔獣と相対していただけに、敵の硬さと強さを二人よりも理解していた。
瓦礫の一部が動いたかと思うと、魔獣の唸り声が響いた。
「おい、そこ! 逃げるぞ!」
ボス魔獣が瓦礫から抜け出すと、疾風のようにルーネスたちの元から逃げ去っていった。
ルーネスとアディは呆気に取られている。
ベルバスだけは警戒を解かなかったが、結局彼にそれを止める力は無かった。
「チクショウ! これじゃクエスト失敗じゃねぇかよ!」
「私たちじゃ、荷が重かったのねぇ」
ルーネスたちもボロボロである。
魔獣に追い付いてどうにか出来る体力も気力も無かった。
「ていうか、アイツ、洞窟の入口の方まで走っていってねぇか?」
「洞窟から逃げ出しても、別に大丈夫じゃね? 街までけっこう距離あるし。ある意味、洞窟からは魔獣排除してるしよ」
「何かあっても、そこまで私たちの責任じゃないしねぇ」
無責任ではあるが、彼らはひとところに留まらない冒険者稼業である。
自分たちの行動の結果がどうなろうと、あまり興味や責任を持たず、また次の街に流れるだけなのだ。
そして、彼らがここで魔獣を仕留めていれば、この後のウェッジたちの運命も大きく変わっていただろう。
数ある小説の中から、本作品をお読み頂いて、ありがとうございます。
もし、気に入って頂けたら、評価ptの入力やブックマーク登録を是非お願いいたします。