21話 小剣と信条
弓使いと魔法士を倒し、これで目に見える脅威はグラントンだけとなった。
「おいおい、お前ら、大丈夫かよ」
そのグラントンは辺りで呻いている部下に声を掛ける。
「どうです、形勢はそちらが不利だと思いますが?」
ウェッジがグラントンに圧力をかける。
「……面倒なことになったな」
グラントンは辺りを見回して、被害状況を確認したようだ。
地上にはナイフが刺さり呻く部下が多数。
炎を浴びた魔法士は火傷を《治療魔法》で回復していた。
二度の攻防で、想定以上の被害を受けたことに、グラントンは苦渋の決断をしたようだ。
「おい、お前ら!……怪我した奴連れて、全員で街まで戻れ」
「兵長はどうされるので?」
茂みに隠れていた傭兵の一人が聞く。
「俺は……、現場の責任っての、取らなきゃなぁ」
残りの傭兵たちが茂みから現れる。
怪我人を抱えて、この場から離れるようだ。
「良いのですか、貴方一人で?」
ウェッジがグラントンに問い掛ける。
「面倒なんだがね。嬢ちゃんたちには、もう少し付き合ってもらうからな」
グラントンはそう言うと、小剣の先をウェッジたちに向ける。
「そちらこそ、覚悟してください」
ウェッジはそう言うと、フィオには周辺の警戒を頼んでグラントンと相対した。
グラントンの隙を探るが、揺らぎそうにない。
ウェッジが動く。
《抜打》によるナイフの三連投。
しかし、常人には見えぬほどの速射を、グラントンは剣先で弾く。
ウェッジは内心驚く。
ウェッジの今までの経験では、《抜打》を防がれたことはほとんど無い。
防がれたのは、いずれも格上と言える相手だった。
つまり、この男も……。
ウェッジは続けてナイフを数本放つ。
しかし、先程同様にグラントンの剣先は円を描くような最小限の動きでナイフを弾き返す。
「ウェッジさん!」
アリスが心配そうに声援を送る。
「大丈夫ですよ、アリス」
言葉とは裏腹に、ウェッジは攻めあぐねていた。
「なかなかの腕ですね」
ウェッジの賛辞に対し、グラントンはつまらなそうに答える。
「俺はただのしがない中間管理職に過ぎないよ」
グラントンは言葉を続ける。
「しかし、いやぁ、まったく割りに合わない仕事だな」
口調は軽いが、グラントンの剣先は全くぶれていない。
「さて……。嬢ちゃんには済まないが、ウチの流儀で当たらせてもらおうか」
グラントンの気迫が膨れ上がる。
(来る!)
一息でウェッジの喉元まで踏み込んでくる。
ウェッジはナイフを投げる間もなく、小剣をナイフで受け流す。
グラントンは肉薄して攻撃を続ける。ウェッジはナイフを盾に剣先をずらし回避。
ここで、グラントンが三、いや五連撃を放つ。
身体を貫通するかのような鋭い突き。
ウェッジは辛うじて四つを捌くが、一つは避けきれず、腕を浅くえぐった。
思わず距離を取るウェッジ。
ナイフ投げが本領のウェッジにとって、至近距離は不利になる。
グラントンが足を止めた。
ウェッジはかすかな違和感を覚える。
グラントン、おそらく彼は歴戦の傭兵だろう。
絶好の追撃の機会を見逃すわけがない。
だが、グラントンは何かを考えているようだ。
「嬢ちゃんも相当のもんだな。……そうか、聞いたことがあるな。恐ろしくナイフ投げの巧い冒険者がいるってな」
ウェッジは沈黙で返した。
先程の違和感を形にしようと、グラントンの言動を思い返す。
(……会話?)
ウェッジは違和感の正体に気付く。
(歴戦の傭兵がなぜ、戦いの場でこんなに喋っている!?)
そのことの本質に気付いた瞬間、ウェッジは後ろを振り向いた。
遠くに、弓を引く傭兵の姿が見えた。
(伏兵!?そのための会話!)
これ見よがしに兵を撤退したように見せかけたのは、このための伏線。
会話で注意を引いて時間を稼いだのも、伏兵を配置するための策。
そして、ウェッジが気付いたと同時に、矢が放たれた。
ウェッジはとっさに身体をずらし、回避を試みる。
矢が腕をかすめる。
「良い集中力だな。あれを躱すか」
グラントンは素直に感心したようだ。
「騙して済まないが、これがウチの流儀でな」
ウェッジはグラントンの方に向き直ろうとして、ぐらりと身体が傾いた。
手足が痺れる。
矢には麻痺毒が塗られていたようだ。
ゆっくり距離を詰めてくるグラントンに向かって、ナイフを投げようとする。
しかし、ナイフを取り落としてしまった。
真正面に立つグラントン。
対するウェッジは、もはや立つことも出来ず、膝を付いてしまった。
「嬢ちゃん、あんたの生死は依頼書に書かれてなかったんでな。少し痛い思いをしてもらうだけで済ましておこうか」
そう言って、グラントンはウェッジの右足に剣を突き立てた。
「あぐぅっ!」
痛みに声を上げるウェッジ。
麻痺はしても痛覚は残っている。
次いで、右腕にも小剣を刺し込まれた。
ウェッジは再び悲鳴を上げる。
痛みに耐えかね、上半身が倒れて、地に伏した格好となった。
「ホント、面倒な仕事だよな」
少しばかり感情をにじませた声で、グラントンはさらに剣を振るおうとする。
(ここで倒れていては……!)
ウェッジは力を振り絞る。
目の前には先程落としたナイフがあった。
(いつだって、私にはこれしかない!!)
ウェッジは口でナイフを咥え、身体を起こすと、首を振って投げた。
「おっと、危ねえな」
しかし、狙いは甘く、グラントンに弾かれる。
上に跳ねるナイフ。
辛うじて右手が動く。
刺されて血が出たことで毒が少し抜けたようだ。
動かすと痛みが走る。
だが、意に介さず、空中のナイフを逆手で掴む。
そのまま倒れ込むようにして、グラントンに向かってナイフを突き立てた。
「やぁああぁぁ!」
ウェッジの気合いの一刺し。
グラントンの左足から血が吹き出す。
「ぐおぅ!」
呻くグラントン。
もつれるように二人で倒れ込んだ。
ウェッジはグラントンに馬乗りの格好となった。
ナイフを引き抜き、もう一度振りかぶる。
グラントンが剣を突き出してきた。
身体を捻り、肩で受け止める。
痛いなどとは言っていられない。
再びナイフでグラントンを刺す。
ウェッジは無我夢中だった。
何度かナイフを突き立てたところで、握力に限界が来てナイフを落とした。
グラントンは左足と肩、腕、腹にナイフを刺されて倒れていた。
傷自体は深くないが、全身に傷を負って動けないようだ。
「くっそ、痛ってえなぁ」
グラントンは苦痛を訴えた。ウェッジはグラントンから転がって距離を取る。
グラントンが首を起こしてウェッジに顔を向ける。
「どうだい、嬢ちゃん。麻痺が辛かったら、仲間に言って解毒剤を持ってきてやるよ。その代わり……」
「結構です」
「おっと、つれないねぇ」
どうやら交渉したかったようだが、ウェッジは突っぱねた。アリスがフィオを伴って走ってくる。
「ウェッジさん!……ひどい傷」
「アリス、手足の傷だけですから、大丈夫です」
「とりあえず、今から治すね!」
「ありがとう、アリス。あと申し訳ないですが、《解毒魔法》もお願いします」
グラントンがそれを聞き、ため息を漏らした。
「あー、そっちの嬢ちゃん、《解毒魔法》が使えるのか。そりゃ、交渉の余地無いわな」
「貴方は何をして欲しかったのですか」
「いやぁ、俺の仲間に、動けないんで助けてくれ、って伝えて欲しいんだけどな」
「それは残念ですね」
ウェッジは冷たく返した。
グラントンは愚痴をこぼした。
「はぁ、面倒な仕事だったよ、まったく。面倒ごとは避けるってのが、俺の信条だったんだがな」
ウェッジは少し笑った。
「その信条、奇遇ですね」
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