2話 魔法とナイフ
各々、簡単な自己紹介が済むと、まずはウェッジから洞窟に入る依頼と今折り返しているという、ここまでの経緯を話した。
また、アリスたちに行き先を尋ねたところ、洞窟の中をうろうろしているだけで、行くあてが無かった、との答えだった。
そのため、いったん洞窟の入口まで戻り、最寄りの街に進むという方針になった。
しかし、ウェッジがその方針でよいか、アリスに確認すると、出来れば街には行きたくない、とのことだった。
だが、アリスたちの装備は、どう見ても野営や洞窟内でのキャンプを何日も行えるものではなかった。
食料の補給すらままならないだろう、とウェッジはアリスを説得し、街に行くことが決定した。
ウェッジはアリスとフィオがなぜ洞窟まで来たのか、尋ねてみた。
「追われているんです、あたしたち」
「そうみたいですね。なぜ追われているか、相手は誰なのか、聞いても良いですか?」
「それは……」
フィオが割って入る。
「貴様なんぞが、聞いてどうする」
「ただの興味です」
「ならば、まだ答えられんな」
「それは、なぜ?」
「言ったところで、今の状況には、何も益することはないからだ。ましてや、興味本意ということであれば、なおさら答えられんよ。」
突き放すようなフィオの答え。
アリスはただ黙っていた。
仕方ありませんね、とウェッジは引き下がった。
「あの、興味ということでしたら、あたしも聞きたいんです」
はい、とアリスが手を上げて発言する。
まるで、学園の生徒のようだ、と少し微笑ましい気持ちになるウェッジ。
アリスの見た目もちょうど勉学に、青春に励んでいてもおかしくない年頃だ。
ウェッジには、その若々しさが眩しかった。
「なんでしょうか」
「あの、あたし世間知らずなので。さっきウェッジさんが言ってた、斥候って、何?」
「あぁ、冒険者でないとあまり馴染みが薄いかも知れませんね」
そんなことでしたら、とウェッジはかいつまんでポーターの役割について説明した。
斥候とは、ダンジョンなどでパーティの先導、トラップ解除や宝箱の解錠、戦闘支援、はたまた荷物持ちまで行う職業だ。
「いわば、冒険者たちの雑用係ですよ」
「そんな、大事な役割だと思うよ」
アリスの言葉は、今までほとんど認められたことの無いウェッジにとって、新鮮だった。
◇◇◇
ウェッジたち一行は洞窟を入口目指して進んでいった。
この洞窟は、四、五人が並んで通るのがやっとの幅の狭い通路と、いくつかの広間が通路でつながる構造をしている。
俯瞰して見たとしたら、蟻の巣を横に広げたような形だ。
ルーネスたちと進んだ際に、魔物は倒していたので、帰路で魔物と遭遇することはほとんど無かった。
何度目かの広間に着いたときだった。
通路から気配がする。
ウェッジが警戒の姿勢を取った。広間に二人の男が入ってくる。
「フン、こんな所に潜んでいたのか」
杖を持ちローブを着た男がこちらを睨みつけながら言った。
もう一人は軽装だが、弓を軽く構えており、隙のない佇まいである。
出で立ちからして冒険者のようである。
「そこの君、その娘をこちらに寄越してもらいたい」
弓を持った男がウェッジに向かって声を掛ける。
彼らは、アリスを追ってここまで来たようだ。
さて。
ウェッジは思案する。
アリスたちの事情も相手の事情も分からない。
相手の技量も不明。
分からないことの多い状況下で、いかに行動すべきか。
向こうの冒険者はアリスを引き渡すよう交渉してきたが、ウェッジはあまり損得に頓着しない。
普段は面倒かどうかを物事の判断基準として考えていた。
チラリと隣の少女を見る。
アリスを引き渡すことで、面倒を避けるという選択肢も頭の中にはあった。
しかし、今のウェッジはこの少女を助けたいと思っている。
それはかつての過ちを悔いる、贖罪にも似た感情だった。
現実ではわずかな間であったが、ウェッジは答えた。
「お断りさせて頂きます。彼女はお引き渡しできません」
「何ッ!?」
ローブの男が杖をこちらに向ける。
どうやら短気な性格のようだ。
弓の男が魔法士をなだめるようにして前に出た。
「君、良く考えたまえ。君が何も得することはないんだ。分かるだろ?」
「えぇ、分かります」
ウェッジは胸元のナイフに手を添えた。
「ただ、貴方の後ろの方は、力ずくで彼女を連れていこうとする気ですよね」
弓の男が舌打ちする。
弓の男が会話で時間を稼ぐ間に、後ろに隠れたローブの男が魔法の契約を準備していたのだ。
狙いを見抜かれた弓の男は、弓を構えて矢を番えて言った。
「悪いのは、君だからな」
ローブの男がウェッジの方へ杖を向ける。
男の顔の前には蒼白い光で構成された《契約書》が現れた。
《瞬間契約》と呼ばれる、魔法が成立した事を示す魔法陣。
精霊とわずかな間だけ契約を結び、魔力を対価に現象を具現化する、この世界で奇跡を起こすための法。
「精霊よ!我が魔力を糧に、契約を果たせ!」
ローブ男が契約実行の文言、《合意文》を叫び、魔法契約を実行する。
轟音と共に、男の掲げた杖の先から火の球が放たれた。
上半身をたやすく飲み込む大きさ。
当たれば火傷だけで済むと思えない火勢だ。
火球に向かって、ウェッジは三本のナイフを音も無く放った。
魔法付与もされていない、何の変哲の無いナイフである。
ザシュザシュザシュ。
ナイフは火球を三つ四つに切り刻む。
あれほど燃え盛っていた火球は勢いを失い、空中で消えた。
「は?」
ローブ男が間抜けな声を出した。
魔法士にはきっと理解出来ないのだろう。
ウェッジがした事は、ナイフを投げた、それだけなのだ。
だが、ナイフ投げであの火力の魔法を無効化するのは、飛んでくる大砲の弾にナイフを投げつけて止めることと同義である。
普通に考えれば、そんな事が出来る者がいるはずが無い。
ウェッジの際立ったナイフ投げの技量だからこそ可能となる、まさに神業だった。
さらに続けて、ウェッジはナイフを放つ。
《抜打》と呼ぶその投げ方。
あまりの速さに投げる動作さえ見えない、無拍子の刃。
ローブの男の左足、杖を持っていた右手の甲に、それぞれナイフが突き刺さる。
ローブ男が倒れた。
「くそっ!」
弓の男が矢を放つ。
高い《技能》による正確かつ強力な一矢。
だが、ウェッジにとっては弓を射る動作も、飛んでくる矢でさえも、遅すぎる。
ウェッジに向かって放たれた矢が空中で弾かれる。
ウェッジがナイフを投げ、撃ち落としたのだ。
そして、呻き声を上げる弓の男。
その両肩にはナイフが突き立っている。
矢と両肩、合わせて三本のナイフを瞬時に、かつ正確に狙ったのだ。
「そんな、バカな……。ナイフで、俺の矢を……」
男も自分の技量にはそれなりの自信があったのだろう。
しかし、ウェッジの技量が尋常でないということは明らかだった。
ウェッジがしたことは腕を振り、ナイフを数本放っただけ。
それで魔法を消し去り、二人を倒したのだ。
「どうしますか?」
ウェッジが男たちに問い掛ける。
まだ続けるのであれば。
ナイフを手に持ち、無言の圧力をかける。
急所を狙わなかったのは、ただ単に相手の背景が分からないからである。
下手をして自身がお尋ね者になるのは避けたい。
「くそっ!覚えてやがれぇ!」
ありがちな捨て台詞を吐き、二人は去っていった。
ウェッジにとっては脅威というほどでは無かったが、とりあえず難は去った。
(しかし、一体、この少女に何があるのでしょうか?)
ウェッジが相手だったので事も無げに終わったが、本来はなかなかの手練れであることは感じ取れた。
あのレベルの冒険者がこれからも襲ってくるのなら、アリスの逃避行は骨の折れるものになるだろう。
もちろん、ウェッジがいればものの数ではないが。
しかし、ウェッジの同行は街に着くまで、という約束である。
ウェッジもどこまでも護衛で付いていくという面倒はしたくないと思った。
ウェッジはあくまで、自分の眼の届く範囲で、この少女に不幸になってもらいたくないだけなのだ。
――そして、それが単に自分の後悔の代償行為に過ぎないことも、理解していた。
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