16話 報酬と酒と泪と女
「倒しました」
ウェッジは村長に報告した。
「は?」
村長はウェッジが何を言ったのか分からず、聞き返した。
「ですから、倒してきました。森にいた《三つ首の黒犬》」
「……」
村長はウェッジの言葉を聞き、どうしたものか迷っているようだ。
「証拠です」
どん、と机に置かれたのは、黒い犬の生首。
「ひぃぃ!」
こんなこともあろうかと、切り落とした黒犬の首をひとつ、持ってきていたのだ。
「報酬」
「え?」
「報酬、お願いします」
「いや、あんた、そんないきなり……」
「お願いします」
ウェッジはマントをめくり、ベルトに差したナイフをチラリと見せる。
「報酬、お願いします」
「……、分かった」
時間は少し遡る。
森を抜けてから、ウェッジたちの旅は順調だった。
傭兵団もウェッジたちに追い付くには、《暗い宿り木の森》を抜けるか、森を迂回しなければならない。
アリスがそれほど速くは進めない分、こちらの移動は傭兵団よりも遅い。
だが、まだ追いつくには時間がかかるだろう。
そして、村に着いた。
ここで、いったん休憩を挟み、物資の補充を行ってから、次の拠点に進む予定だ。
傭兵団が来たときに備える必要もある。
(まずは、宿を取らなくては)
アリスは弱音を吐いていないだけで、野営と行軍による疲れが見て取れた。
ウェッジも四六時中警戒していては、神経を休める暇もない。
旅人を受け入れるための宿がどこかにありそうだと、ウェッジは期待した。
村を歩いて巡ってみる。
酒場、雑貨屋、青果店、役場、と基本的な設備は揃っているようだ。
それほど大きな村ではないので、肝心の宿もすぐに見つかった。
ウェッジたちが宿に入ると、一階の受付は十数名の若者でごった返していた。
若者たちをすり抜け、宿の受付にいる女性に部屋の空きを確認する。
だが、
「すいません、今日はもう一杯で……」
と申し訳なさそうな返事だった。
(こんな村で満室になることがあるのか)
とウェッジは当てが外れたことに少し驚いた。
そこに宿の主人らしき男性がやってきた。
「お客さん、もしかして冒険者ですか?」
ウェッジが代表して答える。
「一応、そうですが」
「それなら、今人手を集めているところなんです。もし良かったら手伝ってもらうとか、どうですか?」
「この人たちと一緒に、何かするんですか?」
「彼ら、近くの森で獣狩りをするんです。そこの森、魔物が出て、みんな困ってますので」
「森の魔物?」
「知りませんか?《三つ首の黒犬》って」
「あっ」
「あっ?」
事情をさらに聞いてみる。
どうやら周辺の村からも若者を集めて、皆で森の魔物を狩り立てる予定だったらしい。
森を通る業者や森の近くの民家で被害が出ており、村長の発案で獣狩りの有志を募った、ということだ。
その若者たちが泊まり込むので、宿も満室となってしまったのだ。
村にしては奮発して報酬がそこそこ出ること、依頼主が村長ということ、の二点を確認したウェッジは、村長の許を訪ねた。
交渉して報酬をもらうことにしたのだ。
それが冒頭の流れである。
「お疲れ様でした、ウェッジさん」
「ありがとう、アリス。ですが、それほどのことではありませんでしたよ」
終始なごやかに話は進みましたので、とアリスに報告するウェッジ。
宿屋の部屋でアリスたちに待ってもらっていたのだ。
目当ての獣がすでに倒れたと聞いて若者たちは解散した。
肩を落とす宿の主人に泊まりたいと伝えたところ、この宿で一番の部屋を割り当ててくれた。
報酬も、通常のクエストの数倍であったため、思わぬところで懐に余裕が出来た。
アリスを連れての逃避行であり、一ヵ所に滞在できることは少ない。
街から街に移動しながら、クエストをこなして路銀を稼がなくては、とウェッジは考えていた。
そこで、討伐クエストの対象になっていそうな魔獣のボスなどは倒しておこう、という方針だったのだ。
その方針が今回見事に活きたのである。
部屋のドアがノックされる。
ウェッジが出てみると宿屋の主人が立っていた。
「冒険者さん、どうでしょう?今回の獣狩りで当てが外れた若者たちが、酒場でうさ晴らしに討伐成功の打ち上げをするみたいなんです。当事者のあなた方も行ってみてはどうですか?」
多分、酒場の主人ならサービスしてくれますよ、と付け加える。
食事代を浮かせるのなら願ったりである。
ウェッジたちは酒場へと向かった。
しかし、この選択が次の日、ウェッジを悲劇に導いたのだった。
酒場では、まだ日も暮れぬうちから、若者たちが大いに盛り上がっていた。
獣狩りで勇んで来たその日に帰らざるを得なくなった鬱憤。
単純に村に被害をもたらしていた害獣が駆除された喜び。娯楽の少ない村で騒げる良い機会。
さまざまな理由で若者が集っていた。
酒を飲み、騒ぐことができるのは、若者の特権である。
しかし、ウェッジは酒が苦手だった。
むしろ、嫌いと言ってもよいくらいだ。
「どうした?ある意味、あんたのための酒だぜ?」
酒場の主人がカウンター越しにウェッジに尋ねる。
ウェッジの前には、手付かずの酒。
ちなみに、酒場の主人は例の黒犬に飼い犬を食い殺された恨みがあったらしい。
ウェッジたちが黒犬を倒したことを聞くと、無料での飲み食いを約束してくれた。
「私はあまりお酒を好みませんので」
アリスは横でミルクをごくごく飲んでいる。
フィオは度数の高い酒に火を着けると、そのまま飲み込んだ。
「フム、この地酒、まぁ悪くはないな」
「はは、ありがとうよ、小っこいの。しかし、酒を楽しめねぇってのは、損な性分だねぇ」
「酒場を切り盛りする貴方に言うのは、失礼かもしれませんが。そもそも、自ら判断力を落とす行為がすでに理解できません。酒を飲んだ方は粗暴になったりして周りにも迷惑が掛かり面倒です。身体的にも負担があちこちに出てきます。飲んでも、あまり利点があるとは思えません」
「あんまり何でも難しく考えてる、って人にこそ、酒ってのは必要だと思うんだけどなぁ」
「すみません、気を悪くしないでください」
ウェッジはさすがに言い過ぎたと思ったのか、決まりの悪そうな顔をした。
「……仕方ありませんね。せっかくの好意です」
ウェッジは、酒を一口、飲み込んだ。
◇◇◇
「……アリス、聞いてますぅ?」
「ウェッジさん、聞いてますから」
「私、そんなに地味?」
「そんなこと無いよー」
「なのに、みんなが私のこと地味だ可愛げがない目つきがナイフだ、ってひどいこと言って……」
よしよし、とアリスはウェッジの頭を撫でる。
ウェッジは一口だけ酒を飲んだ。
それでこの有り様である。
「ウェッジさん、絡み酒の人だったんだね」
「しかも、泣いておるぞ」
「あ、寝た」
ひとしきりアリスに愚痴をこぼした後、ウェッジは突っ伏した。
揺すっても起きそうにないので、気を利かせた主人が若い衆に宿まで運ぶよう頼んでくれた。
「お嬢ちゃんは、まぁ、こんなことにはならないように、大人になっても酒は程々にな」
酒場の主人がウェッジを指差してアリスに諭した。
「あはは、あたしは大丈夫だと思いますよー」
「……主人よ、アリスに呑ませるのは止めておけ」
フィオが警告する。
「この娘の方は、教会の祝祭で特別に振る舞われた酒を、ひとりで五樽も空けた酒豪だ。我もさすがに引いた……。酒場を閉めたくなかったら、止めておけ」
◇◇◇◇
次の日の朝、ウェッジは二日酔いで寝込んでいた。
「アリス、こんな、有り様で、申し訳な……」
「大丈夫ですか!?顔、真っ青ですよ?」
「あの、響くから、声、落としてもらえま……うぷ」
「無様だな」
フィオの容赦ない一言。
だが、事実であった。
きっと疲れとか色々溜まってたんですよ、とアリスはウェッジを慰めた。
ウェッジには宿に戻った記憶が無かった。
それどころか、酒を飲んでからの記憶も無かった。
酒場での有り様を思えば、それはウェッジ本人にとって不幸中の幸いと言えた。
その後、床を這いながら水を取りに行くウェッジを見かねたアリスが提案してきた。
「もし良かったら、治療しましょうか?」
「出来るのなら……」
「《解毒魔法》なら、多分いけるかなぁ」
アリスが魔法契約で解毒作用のあるものをウェッジに実行する。
蒼白い光が消えると、ウェッジの症状がいくぶんか緩和された。
どうです?と尋ねるアリス。
「全部スッキリ、とまではいかないかも……」
《治療魔法》と違い、目に見えて効果が現れるわけではないので、アリスもどれだけ効いたか手探りで判断するしかないようだ。
「いえ、ありがとう、アリス。だいぶ楽になりましたよ」
人間の尊厳的なものを少し取り戻したウェッジは、アリスに感謝した。
「しかし、貴様。それほどまでに地味なことを気に病んでおったか」
「……っ!フィオ!なぜ、それを……」
フィオが嗜虐的な笑みを浮かべながら、ウェッジに絡む。
「ヒヒヒ、貴様の酒場での痴態、実に良い見世物だった。こちらは当分、酒の肴には困るまい」
「……!」
ウェッジが顔を朱に染める。
「もう、フィオったら。ウェッジさんをいじめないで」
アリスがたしなめつつ助け船を出した。
「ウェッジさんはお酒を飲んでもウェッジさんですから。
むしろ、新鮮でしたよー。
ね、可愛いウェッジさん?」
助け船は泥舟だった。
金輪際、酒は飲まない、と心に誓うウェッジであった。
◇◇◇
新しいステータスが公開されました。
ウェッジ・モルガ
耐性:酒類……Eランク
アリス・ワーグ・アリス
スキル:解毒魔法……Bランク
耐性:酒類……Aランク(成長の余地あり)
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