15話 後悔と贖罪
……まずは、あたしの居た教会堂の話からしますね。
村にある小さなお堂でした。
礼拝堂には《大聖母》の立派な像があったんだけど、それだけ。
村の人も信仰を求めて来る感じじゃなくて、近所の人って感じの。
でも、楽しかった。
みんな、いい人で。シスター・ブラン、コーディ、ジョシー、他にも……。
──周りの方たちはアリスのことを転生者だと知っていたのですか。
あたしが転生者だって、みんな知ってました。
でも、みんな優しかったんです。
教えだと、転生者って、《大聖母》の恩恵を受けられなかった穢れた魂の持ち主って言われてるんです。
でも、そこのみんなは、教えは教え、貴女は正しく生きているのなら、穢れた魂になんてならない、って受け入れてくれました。
そうそう、フィオが来たときも、打ち解けるの早かった。
最初みんな不思議がってたのに、コーディとかはすぐ可愛がりだして。
──フィオとは、いつから?
あたしが追われる、ちょっと前くらい。
なんか教会堂の前に突然やって来たんだって。
──すいません、話の腰を折って。
あ、そんなそんな。
それで、あたしが《転生者》だってバレてたってところだよね?
あ、教会のみんなは、転生者の人のこと、リライヴじゃなくてディフォルトって呼んでました。
そう、それで、……一度使っちゃったんです、魔法。
シスター・ブランが、隣村に届け物した帰り。
シスター・ブランが途中で崖崩れにあって、岩の下敷きになったって、村の人が。
あたしたちが行ったときには血だらけで、岩をどけたときには、もう息もしなくなってきてて。
だから、それまで内緒にしてたけど、転生者ってバレても、シスターは助けなきゃ、って思って。
シスターは無事に治りました。
死んでなくて良かった。
そのときは、それだけしか思わなかったんです。
でも、後になって、貴女は《転生者》でしょ?ってシスターに言われたときは、どうしよう、って思っちゃいました。
あたし、ごめんなさい、ごめんなさい、って泣きながら何度も謝ってました。
黙っててごめんなさい、転生者で、穢れた魂でごめんなさい、って。
でも、シスターは全然責めてる感じじゃなくて。
えと、それで、シスター・ブランは、仰ってくれたんです。
『まずは、ありがとう、アリス。
助けてくれて、感謝します。
それと、謝らないで。
顔を上げて。
アリス、かわいいアリス。
《転生者》は教えだと不浄な存在と言われてるけど……。
アリスの魔力はきっと《大聖母》が転生のときにおまけしてくれたものなんだ、と考えておきましょう。
心の優しい貴女なら、この力を良いことにも使える。
だから、祈りを忘れず、人よりも良いことを重ねて生きなさい。
そして、いつか《大聖母》の許に行ったときは、魂を浄化してもらって、何も背負うことのない、普通の人生を歩みなさい』
って。
そう言われて、あたし、すごく嬉しくて、……やっぱり、泣いちゃいました。
それから、その後でもシスター・ブランもみんなも普通に接してくれました。
今までと変わらないで、本当に穏やかな日々でした……。
──良い方たちに囲まれて、いたんですね。
そうですね、本当に……。
……、……。
──アリス?
……っ!
なのに、なのにっ!
あたし、みんなを助けられなかった……!
──落ち着いてください。
──言いたくないことは無理しなくてよいですから。
……うん、大丈夫。もう、大丈夫だから。
ありがとう、ウェッジさん。
ちゃんと、話します。
魔族の話。
あの日、街のお使いから帰ってきたら、教会堂が燃えてて。
なんとか中に入って、礼拝堂に行ったら、シスター・ブランだけじゃない、みんな倒れてて……。
行く前はみんな笑顔だったのに……。
みんなに魔法をかけてみたけど、あたしの魔法じゃ、死んだ人は、もう……。
──それは、魔族がやったことだったんですね?
……そうです。
礼拝堂の奥、マザーの像の上に、黒い翼が生えた人みたいなのが立ってたんです。
多分、人じゃない、って分かりました。
すごく嫌な空気みたいなのをまとってて。
そのとき、フィオがそこにいきなり攻撃して。
辺りが炎で真っ赤になって。
それから、逃げろ!ってフィオが叫んで。
それで、あたし、怖くて、走って走って。
みんなを、残したまま、見捨てたまま、逃げました……。
誰も、助けてあげられなかった……。
教会堂、みんな、燃えてしまって……。
──アリス、辛いことを思い出させて、申し訳なかったですね。
──さぁ、少し休んで。
◇◇◇
アリスはウェッジに言われるまま横になった。
ウェッジの膝枕には、最初恥ずかしがって抵抗を見せたが、しばらくすると可愛らしい寝息をたて始めた。
アリスの銀の髪を慈しむように撫でながら、ウェッジはフィオに聞いた。
「フィオ。アリスの話ですが、貴方の見立ては?」
「黒い翼の奴か。間違いなく、人では無かった。我もそれまで魔族と逢ったことは無かったが、我の炎と同ランクのものを奴も使いおった。それほどの火力を瞬時に放つなど、転生者か魔族くらいだ」
あの傲岸不遜なフィオがそこまで言う相手だ。力量は恐るべきものだろう。
「そして、精霊に直接干渉して我にも圧力をかけるなど、たとえ転生者でも人間には到底出来ぬ芸当だ。侵食精霊である我しか精霊干渉は出来ぬと思っておったが。奴を倒すとなると、骨が折れるぞ」
精霊への直接干渉。
後でフィオに聞いたところ、水車の例えで言えば、水車を水流ではなく直接力業で動かすようなものらしい。
それはさておき。
灰色の羽の女魔族、黒い翼の魔族。
いずれもウェッジの知る魔法士とは隔絶した力の持ち主である。
アリスを狙っているかは現時点では不明だが、こちらに干渉してきているのは確かだ。
そして、もし戦うとなれば、攻略には多くの困難が伴うだろう。
ウェッジはアリスを見やった。
静かに眠るあどけない少女。
だが同時に、彼女は世界最高位の《治療魔法士》である。
そのために狙われる運命にあるのなら、たとえ魔族が相手でも守り抜かなくてはならない。
アリスの告白を聞いたウェッジは、強く決心した。
「アリスの事情は分かっただろうが、貴様はどうだ、ウェッジ?」
フィオがウェッジに問い質す。
「我には疑問がある。なぜ、あの洞窟で最初、アリスを助けようと思ったのだ? 見ていると、貴様の性格は面倒を避けたがるようだ。なのに、あのとき面倒な小娘の護衛などを買って出た」
人間の性格も理解する観察眼。
フィオは、実はかなりの年月を経た精霊なのかもしれない。
ウェッジはこのとき初めて、この精霊も底の知れないものを持っていると思った。
「……貴様の真意はどこにある?」
――それはアリスに害を及ぼすものなのか。
フィオが懸念しているのはそこだろう。
フィオに問い詰められ、ウェッジは話さざるを得なかった。
「私の理由は、大したことはありません」
ウェッジは人に自分の過去を話したことはなかった。
(初めて話す相手が、まさか精霊だとは)
ウェッジは少し可笑しくなった。
気を取り直して、フィオに答える。
「私はかつて、守るべき少女を守れなかった。アリスはその少女に似た年頃でした」
それはウェッジの肩の古傷と同じ、古い心の瑕疵。
「私は守れなかったものを、もう一度機会があれば守りたいと願っていました」
ポーターとなって、ナイフ投げの《技能》を磨き上げて、あのときの自分より強くなっても、願いはさらに強くなった。
「だから、あのとき、アリスを放っておけなかった」
アリスを見たときに、ウェッジの心の中をかつての自分がよぎった。
面倒を嫌う性格はポーターになってから身に付いたものだ。
かつての自分に戻ったとき、後悔し続けた過去に囚われて、面倒や損得などを押しやって、なかば衝動的にアリスを助けようと思ってしまったのだ。
「これは私の贖罪です。単なる自己満足でしょう」
「……」
フィオは静かにウェッジの言葉を待っていた。
「……ですが、守れなかった自分を赦したことはありません。おそらくこれからも、赦すことはないでしょう」
──どれだけ後悔しようとも、死んだ者は還らないのですから。
「……そうか。ならば、アリスはどうあっても守り抜け」
もうよい、とフィオはウェッジの答えに納得したようだ。
その後、ウェッジは敵が襲ってくれば即座に対応出来るよう、意図的に眠りを浅くして、夜が明けるのを待った。
◇◇◇
そして、夜が明けた。
ウェッジたちは無事に一夜を越えることができた。
だが、街では傭兵団が動き出してもおかしくない。
ウェッジたちは、キャンプで足を止めた分、すぐにでも発たなくてはならない。
「次は、森を抜けてその先にある村まで行きましょう。そこまで、なるべく休みは取らない予定ですが、大丈夫ですか?」
アリスを気にかけるウェッジ。
アリスは、
「大丈夫!がんばります!」
と元気良く答えた。
昨日の告解で、アリスは辛い過去を思い出したはずだ。
さらに現在は人と魔族からも追われている。
それでも、アリスは元気に振る舞っているのだ。
その強さに、ウェッジは救われた気がした。
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