1話 別れと出会い
ウェッジは自分の性格が冷めたものだということを自覚していた。
「お前、もういいや。帰ってくれよ」
ダンジョン探索で奥深くまで来た時のことである。
冒険者パーティのリーダーであるルーネスから離脱するよう言われても、ウェッジは特に驚かなかった。
ルーネスいわく、
「探索は山場を過ぎたし、罠解除も一通り終わったからよ、お前は用済み」
なのだそうだ。
他にも、パーティのメンバーからは、
「戦闘スキルがナイフ投げって、ショボいし。そんなに役に立ってねえしよ」
「遠距離は魔法士に任せとけ」
「見た目も華がなくて地味だしぃ」
などとも言われたが、事実なのでウェッジは特に腹は立たなかった。
最後の地味という言葉にはちょっと傷ついたが。
ダンジョンにおける斥候、というのが今回のウェッジの仕事であった。
カタナ使いでリーダーのルーネス、拳闘士のベルバス、女魔法士のアディが魔獣の討伐クエストを請け負い、ウェッジはルーネスに雇われて同行する形で契約した。
たしかに、ダンジョンもここまで来ればポーターの出番もおおむね終わっている。
だが、普通は最後まで同行するものだ。
一時でも旅の苦楽を共にした仲間である。
また、戦闘についてもウェッジの道案内のおかげで数回程度で済んでいたが、そこではウェッジは大した活躍をしていなかった。
もっとも、ウェッジは見せびらかすような真似は好まないので、技術を披露することも無かったのだが。
ルーネスは突然の契約解除でウェッジが狼狽でもするかと期待していたようで、当てが外れたことに白けた態度であった。
ウェッジは腰の荷袋から契約書を取り出すと、解除の欄に名前を書き入れた。
ウェッジ・モルガ。
ウェッジが書類を渡すと、ルーネスは殴り書きで署名した。
「ほらよ」
放り投げるように書類を返される。
同行中も彼は横柄な態度でウェッジに接していたが、結局最後までそれは変わらなかったようだ。
ウェッジ自身もその地味と評される見た目とポーターという職業で、他の冒険者に軽んじられることも多い。
「では、現時点をもって契約解除です。私はここで引き返しますが、あなた方はこのまま探索を続けるのですね」
「あぁ、さっさと帰りな。ちなみにこの後、お宝を見つけても俺らのだし、帰りに魔物が出ても助けてやんねぇからよ!」
「えぇ、分かっています。では、良い探索を」
ウェッジはきびすを返す。
ルーネスたちをちらと見ると、うすら笑いを浮かべている。
ウェッジを案じて見送るつもりではなく、彼らと別れた後、ウェッジが魔物に遭遇するのを期待しているのだろう。
情けなく叫び声を上げるのを見せ物として楽しもうという魂胆が透けて見えた。
ウェッジであれば、この洞窟に出てくる魔物程度は軽くあしらえる。
しかし、避けられる面倒ならば避けたいというのが、ウェッジの信条だった。
ウェッジは帰路を思い返す。
ひとりで充分、大過無く帰れると確信を持った。
◇◇◇
ウェッジは松明を掲げながら、暗い洞窟を進む。
帰りもあと半分、といった所まで来たが、
「きゃーー!」
通路の先の広間から悲鳴が聞こえてきた。
(ダンジョンの中に、私たち以外の冒険者が……?)
ウェッジは松明を消して洞窟の壁に身を寄せ、息を潜める。
状況を確認しようと角を覗き込んだ。
人が魔獣の群れに襲われている所だった。
襲われそうになっているのは、フードを被り、長いマントを羽織った人物。
見たところ、ずいぶん小柄だ。
獅子に似た魔獣たちが唸りながら、じりじりと距離を詰めていく。
いずれもウェッジには気付いていない様子である。
また、その人物のすぐ近くを、リスのような動物がふわふわ浮かんでいる。
猫のような尻尾が三本生えているが、その先が火でチロチロ燃えていて、それが明かりとなっていた。
(さて、どうしましょうか?)
帰り道で魔獣の群れに襲われている人間を助けるべきか。
面倒なことは避けるに越したことはない。
だが、あの程度の魔獣の群れ、ウェッジにとっては造作なく屠ることが出来る。
結局、わずかに思案した後、ウェッジは助けることにした。
サクッと助けて、パッと帰る。
(面倒は最小限に留める、それだけのことです)
魔獣が今にも襲い掛からんとしたその時、ウェッジは広間に飛び込んだ。
人と魔獣が同時にウェッジに注目した。
だが、その直後、ナイフが暴風雨のように魔獣を襲った。
ザザザザザッ、と刃が突き立つ音。
「グギャゥゥゥ」
断末魔を上げて、十数匹もいた魔獣の群れが残らず倒れた。
魔獣の両目と眉間にはナイフが突き立っている。
ウェッジの技術、ナイフ投げであった。
「え、えぇーー!」
マントの人が倒れた魔獣たちを見て、再び悲鳴を上げた。
「では、私はこれで失礼します」
ウェッジは横をさっさと通り過ぎようとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
マントの人に腕を掴まれるウェッジ。
「あの、助けてくれたんですか?」
ウェッジはさすがに無視することも出来ず、答えた。
「成り行きです」
「え、や、でも、とりあえず、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるマントの人。
「別に、大したことではありませんでしたので。では、失礼します」
再び去ろうとするウェッジを、マントの人が今度は腰に掴まり引き留める。
「待ってくださーい!あ、あの、すいません。道に迷って困ってるんです。助けてくれませんか?」
マントの人が必死に懇願する。
(やはり、面倒なことになりましたか)
ウェッジは本心を顔には出さず、やんわりと断れないものかと考えた。
「アリス、そのようなよく分からん輩を頼るのか?」
ふよふよと浮いているリスもどきが話に加わってくる。
(喋る精霊?……初めて見ますね)
ウェッジはリスもどきを気にしつつ答える。
「しかし、アリス、さんですか?よく分からない人だというのは、お互い様では?」
「あ、あたしは、怪しい者ではありません」
そう言ってフードを脱ぐと、銀髪の少女が現れた。
少女の胸元まで、さらりと銀髪が流れる。
それを見たウェッジは、瞬間、固まった。
ウェッジの脳裏に過去の記憶が甦る。
──かつての少女と目の前の少女が重なった。
「あ、あの、どうしました」
ウェッジが目を見開き、黙り込んだので、少女が心配そうに声を掛ける。
「いえ、何でもありません」
ウェッジは平静さを取り戻し、返事をした。
だが、かつての後悔だけは胸のなかに留まり続けている。
(似ている、かもしれない)
「……分かりました」
ウェッジは少女の助けに応じることにした。
面倒ではあったが、この少女を助けないのは夢見が悪そうだと、ウェッジは判断した。
「私はこの洞窟でポーターをしていましたので、道案内程度で良ければ手伝いましょう」
「えっと、それって助けてくれる、ってことですか?」
「あくまで、付き添い程度ですが」
「あ、ありがとうございます!」
少女はまたも丁寧に礼をした。
「お連れの方は良いのですか?」
ウェッジがリスもどきに聞いてみる。
「我はアリスの意向に従うまでだ。だが、貴様……、ナイフ使いか?」
リスもどきはウェッジの同行を認めたものの、値踏みするように、上から下までじろじろ眺めている。
遠慮無い視線を浴びて、ウェッジも自分の格好をいま一度見直した。
細身だが鍛えて引き締まった肉体。
ナイフをあちこちにぶら下げてはいるものの、装備自体は布の服に自作の革ベルトとシンプル(地味ではなく)な格好だ。
たまに、人を刺すような眼つき、とは言われるが、それほど怪しいナリではないだろう、とウェッジは自分を評価した。
ウェッジも改めて少女を観察した。
胸元まで真っ直ぐ伸ばした銀髪は、艶があるからか、薄暗い洞窟の中でも輝いて見える。
白く透き通った肌も相まって、出来の良い人形めいた美貌だ。
しかし、ぱっちりとした眼の、黒く濡れた瞳が、生気溢れる人間であることを伝えている。
鼻と口は小ぶりだが、それが顔に幼さを残しているのだろう。
マントの間から見えるのは修道服だった。
修道服は白く簡素なもので、青と翠のラインが裾の辺りに入っている。
顔つきと身体つきから、十代半ばの年頃に見える。
手首に填めているのは、細目の銀の腕輪。
修道服に、そして銀の腕輪。
(《白銀教会》のシスターですか)
ウェッジが少女の身分に当たりをつけた頃、少女は疑問を口にした。
「あの……」
少し間が空く。
「その、自分で言っといて、なんですけど、……どうして、助けてくれるんですか?……お礼とか、あんまり持ち合わせが無いんですけど……」
ウェッジは自分でも明確に言語化出来ないでいた。
先程は気紛れに似た感情だったものが、少女を見て、次第に別の感情に変わっていったのだ。
今、胸中にあるのは、憐憫か、贖罪か……。
「……困ったときはお互い様、というやつでしょうか。安心して下さい。特に何か取ろうなどとは考えていませんから」
ウェッジは本心を語らなかった。
「そうですか。……あの、お名前は」
「ウェッジです」
「ありがとう、ウェッジさん」
「どうも。それでは、アリス、さんですね?どうぞよろしく」
「え、あ、アリス、でいいです。こちらこそよろしく。えっと、この飛んでるのが……」
「我はフィオだ」
二人と一匹の冒険が始まった。
◇◇◇
新しいステータスが公開されました。
名前:ウェッジ・モルガ
種族:人間
スキル:ナイフ投げ……Sランク
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