クロの過去
クロは昔、普通の家猫として暮らしていたことがあった。その時、クロはもう既に魔物だったが、クロは人間に興味があった。だから人間を知りたいと思った。死んだ黒猫の死体に宿り、決して喋らず、魔物と知られないように猫として振る舞った。飼い主は若い夫婦と10歳くらいのやんちゃな少年。特に少年とはどこに行っても一緒で、とても仲良しだった。皆クロに優しかった。愛してくれた。だからクロはとても幸せだった。
そんなある日、その家族に不幸が襲う。父親が行方不明になったのだ。ちょうど今のカナンと同じ様に。どんなに待っても父親は帰らない。少年も母親も、毎日毎日、父親を探した。父親の帰りを待った。母親はやがて精神を病み、少年に辛く当たるようになった。次第に母親は自分の感情をコントロール出来なくなり、手を出してはいけない薬に手を出した。母親は薬に蝕まれ、病に蝕まれ、死んだ。一人残された優しい少年は、クロに当たることもせず、自分一人で全てを抱えて、やがて自ら命を絶った。
いつの間に寝ていたのか、見たくもない昔の夢を見てしまった。実は少年の父親がいなくなったのもこのルーシェリア辺りだった。だが、父親はこちらには来てはいない。この付近にある愛人の家で、愛人と、愛人との間に産まれた子供と暮らしていたのだ。元の家族がどうなったのか知らないままで。少年がどんなに辛かったか、苦しかったか。少年が何も言わなくてもクロには判っていた。だって、ずっと一緒だったから。だから……クロは殺した。怒りに任せて。
今となってはただの苦い思い出だ。その時から、クロは二度と人間に関わらないと決めた。あんなに辛い思いは二度としたくない。そう思っていたはずなのに。
「結局こうなるんだな。」
ちょっと自嘲気味に笑う。テシテシと軽く前足でカナンの額を叩く。自分はやっぱり人間が、何だかんだで好きなのだ。