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苦手な方はご注意ください。

スミレ姫と青薔薇姫とチェンジリング

作者: どんC

 私の名はオリビア。スミレ姫と呼ばれている。

 妹の名はフレーナ。青薔薇姫と呼ばれていた。

 スミレ姫と呼ばれる私は紫の髪にアメジストの瞳で、アレクサンドラ王妃(お母様)に似ている。

 王城の庭の隅でひっそりと咲いているスミレの姿が、私の様だとフレーナはよく笑いながら言っていた。

 それに比べてフレーナは青い髪に緑の瞳で青薔薇のように美しかった。

 青薔薇の花言葉は【奇跡】この世に存在しない花だ。

 確かに数年前には存在しない花ではあったが。

 平民出身のスインと言う魔導師が青い薔薇を造り上げた。

 愛姫の様な青薔薇にユリシーズ・トリノ王(父)はとても喜び。

 平民の魔導師に男爵の爵位を与えた。

 そしてスイン・ロド男爵は魔法省に勤めることになり。

 王族のプライベートの庭に青薔薇は植えられ、家族の目を楽しませることになった。

 その青薔薇の様にフレーナは美しかった。

 誰もがフレーナを褒め称える。

 男も女もフレーナに夢中だ。


 狂気を感じる程に……


 5人いる異母兄達も例外ではなく。

 王(父)も王妃(私の実の母)も妹フレーナに夢中だ。

 フレーナは側室の娘で母親は男爵令嬢だった。

 父の6人いる側室の一人となった男爵令嬢は、妹を産むと儚く逝ってしまい。

 妹は乳母に育てられた。


「おねえさま……おねえさま……」


 妹は私の所にやってきて、二人でよくお茶をした。

 妹はお菓子をガツガツ食べていた。甘い物が好きなんだろう。

 でも……

 妹の肩に乗っている黒い小さなものは埃なのかしら?

 妹が幼い頃は王(父)も王妃(母)も異母兄妹達もフレーナには関心が無かった。

 私はみんなから愛されていた。


 ?


 何時からかしら?

 妹を皆が構うようになったのは?

 幼い頃、フレーナはガリガリに痩せて、目はぎょろっとしてあまり可愛くなかった。

 ドレスも煤けて髪も手櫛でといたような……

 よく葉っぱを髪にくっ付けていた。

 妹はお転婆だったんだろう。

 馬鹿な私はそう思っていた。

 瞳だけがギラギラと光って、私の部屋やドレスを見つめていた。

 正直不気味だった。

 それに時々妹の周りを大人の握り拳ぐらいの黒い塊が飛んでいる。

 あの小さな埃はどんどん大きくなっていった。

 あれは何?


 ?


 あの黒い塊が見えなくなったのは何時からだろう。

 そうあれは私とフレーナが7歳の時【祝福の儀】でフレーナが【聖女】と言われた時からだ。

 私とフレーナは4日違いで産まれた。

 だから私とフレーナは城の中にある神殿で一緒に【祝福の儀】を受けた。

 女神ヘレナが人々に【職】を授けてくれるのだ。

 神官が持ってきた神玉を触ると光り輝き、私と妹は【職】を授かった。

 私の職は【緑の指】で。

 そしてフレーナは【聖女】の職だ。


 気が付けばいつの間にかフレーナは私の部屋に住み。

 私は王宮の隅にあるフレーナの部屋に追い出されていた。

 朝は王(お父様)と王妃(お母様)とお兄様で朝食を取っていたのに。

 私は呼ばれなくなり、代わりにフレーナが私の席に座っている。

 異母兄達は口々にフレーナを褒め称えた。

 私の乳母や侍女は妹に仕えるようになり。

 私には口の利けない侍女だけが仕えることになった。

 その侍女もいつの間にか居なくなっていた。


 あら? 


 フレーナに仕えていた乳母は何処に行ったのかしら?


 ……


 取り敢えず、それはどうでもいいわ。


 ___ 何故? 何故? ___


 幼い私は訳も分からずお父様とお母様に抗議に向かった。


「お父様‼ お母様‼ お兄様‼ どうしてあのフレーナが私の部屋を使っているの‼ どうして私のドレスをあの子が着ているの‼ どうして私の侍女があの子の世話をしているの‼」


 しかし私の抗議は聞き入れられなかった。


「恥を知れ!!」


 私は父に殴られた。


「この役立たず!!」


 私は母に罵られた。


「……」


 兄は私を無視した。


 私は……


 王城の隅にある古ぼけた塔に移され。

 下男が一日に一回食事を運んで来ることになった。

 塔は二つあり、城壁で四角く区切られている。

 四角い空、ほとんど日陰で小さな庭はみすぼらしく。

 荒れ果てていた。

 その下男もいつの間にか居なくなって……


「お腹が空いた」


 私は庭に座り込み、涙ぐんだ。

 一体どうしてこんな事になったんだろうか?

 まだお父様に殴られたほっぺたが痛い。

【祝福の儀】まで皆、普通だったのに。

 フレーナが【聖女】の職を授けられたとたん、皆手の平を返す様に妹に媚び諂った。


【聖女】がいるだけでこの国は繁栄すると言い伝えられている。


 でもこの国の聖女が一歩外に出たとたんこの国は災いに満ち溢れる。

 聖女は繁栄の象徴だが破滅の象徴でもある。

 百年前に【聖女】が攫われてこの国を出た。

 そのとたん信じられない災いがこの国を襲い。

 次の【聖女】が現れるまで災いは続いたと言う。

 攫われた【聖女】は子供を産むと、亡くなったというが。

【聖女】を攫った国は暫くは繁栄していたがやがて滅びた。

【聖女】の子供の行方は分からない。

 攫われた【聖女】の肩には星形の痣があったと言う。

 数十年して新たな聖女が生まれてトリノ王国はまた豊かな国になった。

 何故か【聖女】はこの国でしか生まれない。

 攫われた聖女が亡くなって次の聖女が現れるまでの数十年間を【トリノ王国暗黒時代】と言う。


 お腹を空かせて泣いていると、別の塔の扉が開き一人の少年が現れた。

 黒髪に翡翠の瞳は美しく、何処か悲し気であった。

 魔導師の黒いマントを羽織っている。

 優しい声で彼は尋ねる。


「どうしたの? お腹が痛いの?」


 私は首を振った。


「お腹が空いたの」


 彼は殴られて赤くなった私の頬を見て眉をひそめる。


「そう……おいで」


 少年が手を差し出した。

 私はその手を取る。

 とぼとぼと二人は塔の所まで歩く。

 彼は塔の隠し扉を抜けると、私を小さな部屋に案内する。

 ごたごたした埃っぽい部屋だ。

 少年は私にパンと水を差し出した。


「お食べ」


「ありがとう」


 私は有難くパンを食べる。

 私はパンを食べ、水を飲むとキョロキヨロと辺りを眺める。

 小さいながらも研究室の様だ。


「小さいんでビックリした?」


 私はこくりと頷いた。


「あなたは青薔薇の魔導師さん?」


「ああ……そうだよ。お姫様。僕はスイン・ロド。青薔薇の魔導師さ。平民出の魔導師に宛がわれる部屋も研究室も食事も最低な物ばかりだ」


 彼はため息をついた。

 平民出の魔導師は魔法省で爪弾きにされているらしい。

 彼は私のほっぺを手拭いで冷やしてくれた。


「君と僕は似ているね」


「あなたは今、何の研究をしているの? また変わった色の花を作るの?」


 好奇心に駆られ私は訊ねた。


「本当は寒さに強い麦や野菜を作りたいんだ。この国は寒くて碌な食料が採れないから。僕の妹は飢えて死んだ。丁度お姫様ぐらいの年だった。皆が飢えない様にしたいんだが。この国の魔導師は戦の為の研究ばかりやらされて。植物の研究は蔑ろそかにされる。予算も碌に下りなくて……」


「私のスキルは【緑の指】なの。貴方の研究を手伝う事が出来るわ」


 私はにっこりと微笑む。

【緑の指】は文字通り植物を育てる事に長けている。


「本当かい? 凄いな。僕の研究を手伝ってくれるのかい?」


「この【緑の指】を持つトリノ王国オリビア・トリノ第一王女がお前を手伝ってあげる」


 私は傲慢に答えた。

 役立たずと罵られ、誰にも必要とされなかった私でも、この優しい人の役に立てるんだ。

 そう思うと、嬉しくて涙が出そうだが、グッと堪え王族らしく威厳を保とうとした。

 お腹を空かせてべそをかいていたのを知っている、彼は笑いを堪えている。

 私はほっぺたを膨らませポカポカと彼を叩く。

 とうとう彼は爆笑してしまい、私は涙目で彼を睨む。


「それじゃあの庭に麦を植えましょう。小さなお姫様。可愛い顔が台無しですよ」


 可愛いと言われ、やっと私は機嫌を直した。


 もしかして私はチョロイン?


 それから2人であの荒れ果てた中庭に麦を植える。

 一握りの麦だった。

 本当に彼の研究は蔑ろにされていた。

 正確には彼の研究費は所長にがめられていたんだが。

 私達がその事を知るのはずっと後になってからだ。


 私は黒いマントをすっぽりかぶり彼の弟子と言う触れ込みで、いつも彼の側にいる様になった。

 やせっぽちの小さな()()()ビーとして。

 魔導省所長は私の事など、気にも留めなかった。

 魔導師は普通自腹で弟子を多い時には10人、普通だと5人は雇っていたから。

 私はたった一人の彼の小さな弟子だった。


 麦は私のスキルのおかげで一週間で実った。

 実った実を使い、新たな実験をする。

 私は彼の指示のもと空の魔石に魔力を込める。

 それを魔法陣を書き込んだ灯籠に取り付け、棒に括りつけて麦畑に立てた。

 私がいなくても麦は同じ一週間で育つ。

 これなら私が出向かなくても荒れ地で麦を育てる事が出来る。

 私達は次の研究に進む。

 食堂でカボチャの種を貰って来た。

 城の隅にある日当たりの悪いやせた土地が彼にあてがわれた場所だった。

 カボチャの種をまく。

 そして例の灯籠を立てる。

 カボチャの種から芽が出てワサワサと葉が生い茂る。

 花が咲き実が生るまでに14日かかった。

 2人で収穫して食べると、ホクホクしていて美味しかった。

 蒸したカボチャを潰して、厨房で貰って来た鳥の骨で出汁を取り。

 牛乳と塩と胡椒を入れてカボチャスープを作ると、とても美味しい。

 お金があればベーコンと玉ねぎを入れたいところだ。


「今年は飢えなくて良かったね」


 私達は市場でカボチャを売る。

 カボチャは実は遠い国の珍しい食べ物だった。

 かぼちゃのスープのレシピを付けて売ると、飛ぶように売れた。

 麦とカボチャで結構私達の懐は潤った。

 私達は彼のスキル【変容】を使って、寒さに強い麦や水を余り必要としないトマトの木などの開発に取り組んだ。

 自分達で育てた野菜や麦を売って研究費に宛てた。

 魔法省からの研究費は相変わらずカツカツだったけど。

 色々工夫して生活費と研究費を捻出していった。


 数年がたち、私と妹は15歳になり、デビュタントに出ることとなった。


 冬将軍がやって来る前に王宮では社交界デビューする子息や令嬢の為にデビュタントが開かれる。

 そんな時期に魔法省所長モリス・エスビビルがやって来た。

 威張り腐ったこの爺が、私は大嫌いだ。

 平民だったスインをいつも見下している。


「王命である。デビュタントが行われる会場の庭、全てに青薔薇を植えよ。【青薔薇の聖女】と呼ばれるフレーナ様のご希望である」


「デビュタントまで一週間も無いですが……」


 青薔薇の魔導師は魔法省所長の命令に困惑する。

 勿論、所長の嫌がらせだ。

 この男は伯爵家の三男でスインを馬鹿にしている。

 馬鹿にしているというか嫌っている。

 兵器の開発もせず、植物の研究をしている彼を【穀潰し】と呼んでいた。


「お前に拒否権は無い。必ず庭一杯に青薔薇を咲かせるのだ」


 それは本来なら無茶な命令だ。

 庭師が何年も設計して青薔薇を増やして植えるものだが。

 所長は言うだけ言うとサッサと行ってしまった。

 いつもの嫌がらせだ。

 失敗して彼を笑い者にし、追い出したいのだろう。


「青薔薇の苗を温室に取りに行こうよ」


 私は彼の手を取り温室に向かう。

 グズグズしている暇はない。

 魔法省の攻撃魔法科の近くに温室があり。

 様々な植物が育てられている。

 他の場所にもいくつか温室はあるのだが。

 何故よりにもよってこの場所なのだと、常日頃首を傾げていた。


 ドゴオオォォォォ~~~~!


 凄まじい爆音と爆風で私達は地面に叩きつけられた。

 とっさにスインが私にかぶさりガラスや泥や木の破片から守ってくれた。


「オリビア大丈夫か?」


 かすれた声でスインが囁く。


「う……うん……大丈夫」


 胸がドキドキしているのはきっと近くで爆発があったせいだ。

 決してスインにドキドキしている訳じゃない。


 多分……


 地面に叩き付けられた私はノロノロと立ち上がると、彼が埃を払ってくれた。

 でも、直ぐに私達は温室を見て真っ青になった。


 温室が無かった。


 文字通り温室のあった場所はただ大きな穴が空いているだけだ。

 モクモクと穴から煙が出ていた。

 庭師のハマドや彼の弟子が私達の後ろから駆けてきた。


「一体これは……」


「いや~~ワリ~~ワリ~~」


 ヘラヘラ笑いながら数人の魔導師がやって来る。

 赤毛の男はスインと同時期に魔導師になった男で、何かとスインに絡んでくる。

 男の名はクラオス・グリフィン男爵だ。

 彼の5人の弟子達も笑っている。


「あ~~~思ったより遠くにハズレちまったな~~」


「いえ、クラオス様距離は伸びました。これなら王もお喜びになられるでしょう。薄汚い温室の一つや二つ吹き飛ばしてもお怒りにはならないでしょう」


 魔導師と弟子達はニヤニヤしながら埃まみれの私達を見る。

 彼らの考えが透けて見える。

 攻撃魔法こそ至高、植物魔法などゴミだと。


「どうしてくれるんだ‼ 温室を吹き飛ばして‼温室には青い薔薇の苗があったんだぞ‼」


 いつも温厚なスインが怒った‼


「デビュタントまでに青薔薇を植える様に王に命じられているんですよ‼」


 私も怒りのあまり彼らを怒鳴りつけた。


「青薔薇が無ければ白い薔薇に青ペンキでも塗ればいいじゃないか。白い薔薇なら他の温室に腐るほどあるだろう」


 赤毛の男はへらへらと嗤う。


「そう言えば【青薔薇】の花言葉は『奇跡』だったけど『偽り』って言うのもあったな。平民出の魔導師のお前にぴったりじゃん。攻撃魔法の研究もせず、野菜ばかり作っている似非魔導師殿。精々頑張って青ペンキを塗るんだな~~~」


 彼らは笑いながら去っていった。

 私は怒りに震えるが、あんな奴らを相手にしている時間が惜しい。

 私は庭師達を振り返り訊ねた。


「この温室以外に青薔薇は無いの?」


「全ての青薔薇はここに集められていて、デビュタントのある館の周りに植えられるよう準備されていたんです」


 おろおろと庭師達が答える。

 つまり青薔薇は全滅したと言うことだ。

 私は葉っぱの欠片でもないかと、這いつくばって探すがそんな物はない。


「ああ……どうしよう……どうしよう……それではこの世に青薔薇は存在しないことになるわ……今度のデビュタントには外国からの王族の方もいらっしゃるのに……トリノ王国の恥となる……」


 ただでさえ一週間しかないのに、ここにあった青薔薇を植えるのにギリギリだった時間。


「白い薔薇の温室に行こう」


「スインまさか……青ペンキを塗るの?」


 スインはそれに答えず庭師達に命令する。


「すみませんが、白薔薇をデビュタントの庭に植えてくれませんか?」


 庭師達は訳が分からない様だったが頷き。

 私達を白薔薇の温室に案内した。

 私達はデビュタントが行われる館の周りに白い薔薇を植える。


「それとありったけの灯籠を持って来てくれ」


「分かった」


 私は言われた通りに、研究室から灯籠を持ってくる。


「足りないな……」


「もっと作るわ」


 私は昼夜働いた。

 魔石に魔力を込め灯籠を作る。

 その間スインは魔法陣を館を中心に空に描く。

 庭師の親方はせっせと白い薔薇を植えていく。


 一週間が過ぎた。

 今日はデビュタントだ。

 デビュタントが行われる館の窓にはカーテンがかけられ、庭が隠されていた。


「今宵は我が愛する娘フレーナも15歳となり社交界デビューする運びとなった。娘は【青薔薇の聖女】と呼ばれている。今宵は娘のお披露目と共に我が国自慢の【青薔薇】も公開する」


 王はスッと手を挙げて合図を送る。

 花火の音とともにカーテンがサッと開けられる。


「まあ。楽しみですわ」


「青い薔薇はこの国しかないからな」


「青い薔薇は王家のプライベートの庭にしか咲いていなくて、私もまだ見たことが無いんですのよ」


「今回が初めてのお披露目なんですね」


「それはそれはフレーナ姫の御髪の様に綺麗な青色なんですって」


 花火の光に庭に植えられた薔薇が浮かび上がり、甘い香りがあたりに漂う。

 ざわざわと外国からの招待客と貴族達が騒めく。

 何故なら庭に咲いていたのは白い薔薇だったからだ。


「あら? あの薔薇……白色に見えましてよ」


「ああ……そうだな……どういう事だ?」


 一人の魔導師が庭の中央に現れて、客達に頭を下げた。

 庭に建てられていた灯籠がぽっと灯る。

 それだけで美しい光景だ。

 人々は青薔薇でないのも忘れて魅了される。


「今宵はフレーナ姫のデビュタントにお越しいただきありがとうございます」


 魔導師はスインだった。

 スインはサッと両手を空に掲げると上空の魔法陣が輝いた。

 それと連動する様に白い薔薇も淡く輝く。


「これが青薔薇でございます」


 彼の声とともに白い薔薇が青く染まる。


 人々の口から歓声と拍手が起こる。


「【青薔薇】の花言葉は【神の奇跡】ですが……もう一つの言葉は【偽り】さあ今宵、偽りの姿を捨てて誠の姿を現しましょう‼」


 再び、彼の姿が輝き、空に浮かぶ魔法陣の中央が光る。

 魔法陣から光の粉が舞い散り青い薔薇に降り注ぐ。

 再び青い薔薇は姿を変える。

 そこに現れたのは青いクリスタルの薔薇だった。

 薔薇は美しかった。

 淡く輝くその庭はまるで天国の様だ。

 人々は我を忘れ庭に出て美しいクリスタルの薔薇を堪能する。


「私……私は……今日のデビュタントを一生忘れない」


 一人の令嬢が感動の涙を流している。


「こんな凄い魔術を見ることになるなんて、二段変化の魔術か?」


「素敵なショーね」


 人々は夢に酔った様にため息をこぼす。


「お父様ありがとうございます。私の為にこんな素敵な演出をしてくださって」


 フレーナは王(父)に微笑んだ。

 王は満足げに頷き。王妃も微笑んでいる。

 兄は婚約者にクリスタルの薔薇を摘み、彼女の髪に飾る。

 幸せそうな家族の姿がそこにあった。

 私の居場所はそこには無かったが……


 王の合図で音楽が流される。

 父とフレーナは手を取り一曲踊る。

 曲が終わると、次々と若い貴族達がフレーナにダンスを申し込む。

 兄は婚約者と踊っているようだ。

 フレーナはちらりと父を見る。王は頷いた。

 フレーナは次々と花のように蝶の様に踊る。

 今宵の主役はフレーナだ。


【聖女】が成人となったのだ。


 この国に繁栄がもたらされる。

 私は魔導師のマントを目深に被り提灯をかたずける。

 やせっぽちの男の子。

 他の者が見た私の姿はそれだ。

 招待客が帰る時このクリスタルの薔薇をお土産に渡すため。

 手の空いたメイド達がパチパチと薔薇を切って青いリボンを巻き、籠の中に入れていく。


「本当に綺麗な薔薇だな」


 若い男が私に話しかけてきた。

 私は灯籠を置き、頭を下げる。

 ライトブラウンの髪に琥珀の瞳。

 彼は隣の国の王太子だ。

 クレジー国の第二王子。

 ハマンダー・クレジー王太子それが彼の名前。

 かなり大きな国で、好戦的だ。

 虎視眈々とこの国を狙っている。


「君は青薔薇の魔導師の弟子かい?」


「はい。ビーと言います」


 私は頭を下げたままで答える。

 多分この人は私のことを知らないのだろう。

 まさかこの国の王女が男装をして、魔導師の弟子をしているとは気づくまい。


「君はパーティに出ないのかい?」


 この王子は三番目にフレーナと踊っていた。


「僕は貴族ではありませんから……それに仕事がございますので……」


 だからさっさとあっちに行けと念を送るが完全に無視された。


「ビー、こっちも手伝ってくれ」


 スインがやって来て、ハマンダー王太子に頭を下げる。


「君が青薔薇の魔導師かい?」


「これは、これは、ようこそおいで下さりました。そうです。私は青薔薇の魔導師と呼ばれております。スイン・ロドです。以後お見知りおきを」


 ハマンダー王太子は頷き。


「本当に見事な薔薇だね。薔薇だけじゃなく色々な作物も作っているんだろ? ぜひそちらも見たいものだね」


 私は焦る。

 引き抜きだろうか?

 糞安いスインの給料。

 高給待遇なら彼は国を出るかも知れない。


「ハマンダー様~~❤」


 フレーナがやって来てハマンダー王太子の腕にすがりつく。


「ここにいらしたのね。お父様が呼んでいますわ。青い薔薇が欲しいのなら、後でお部屋に沢山お持ちします」


 フレーナは頭を下げている私に命令する。


「後で青薔薇をハマンダー王太子のお部屋に持って来て、あっ‼ そうだ薔薇は私が持っていくわ」


「承りました」


 私は声を押し殺す。

 フレーナに私が男装して、スインの弟子をしている事を気付かせてはいけない。

 ハマンダー王太子はまだ何か言いたげだったが、フレーナは彼の腕を引く。

 二人は会場に戻って行った。

 妹は月に一度やって来ては私の容姿を馬鹿にし、いかに皆に愛されているのか自慢する。

 〈地味〉だとか〈存在が希薄〉だとか〈ドレスをまた作って貰った〉とか〈美味しいお菓子を食べた〉とか、五月蠅い。

 こっちも忙しいので構いたくは無いのだが。

 一方的に喋っては帰るのだ。

 何しに来ているんだ?

 私には侍女が居ない。

 故にフレーナに茶を入れる者も居ないと言うのに。

 私達は薔薇を切ってフレーナの侍女に薔薇を渡す。


「ビー」


 スインが私を呼ぶ。


「ここはもういいから。着替えて王様に挨拶して来たらいいよ。ここ数年お会いしていないだろう」


 そう、私は父にも母にも、お兄様にもここ数年お会いしていない。


 おかしなものだ。


 同じ城に住んでいるというのに。

 両親も兄も私に会いに来たことはない。

 私は頷くと塔に帰り、机の上に置かれているドレスに着替える。

 デビュタントの白いドレスは可愛らしく、花冠は色々な色の菫で作られている。

 流石にドレスとアクセサリーと靴と扇子は届けられているが。

 相変わらず、侍従も護衛騎士もいない。

 私は手早く着替えると浄化(生活魔法)で髪や体を綺麗にする。

 割れた姿見の中で少女が微笑む。

 フレーナが割ったのだ。

 あの子は謝りもしない。

 誰もスインの弟子が私だと気付かない。

 男装してフードを深くかぶっているから、無理もない。


 静々とデビュタントの会場に行くと。

 何やら会場が騒がしい。


「騒がしい様ね。何かあったの?」


 私は王族護衛騎士に尋ねる。


「はっ。オリビア姫様。ハマンダー王太子が青薔薇様に結婚の申し込みをしたのですが……」


「お父様が良い返事をなさらなかったのね」


「……さようでございます」


 聖女を易々と国外に出すはず無いわ。

 それは貴族どころか平民さえも知っている。

 大方フレーナが言い出したのだろう。

フレーナはハマンダー王太子に一目惚れしたようだ。

 大概の我儘は聞き届けられたけれど、これだけは絶対許されない事だ。


 ___ この国を出ること ___


 それだけは聖女にたった一つ許されない事。

 それ以外ならドレスも宝石も美食も許される。

 何だったら、夫を何人も持つことさえも許されるのだ。


 私は家族に挨拶するために玉座に向かったが。

 泣きながら走ってきたフレーナにぶつかり、尻餅を付いた。

 フレーナは謝りもせずそのまま走り去った。

 侍女が慌ててフレーナを追いかける。

 フレーナの家庭教師は何をやっているんだろう。

 礼儀がまるでなってないが。

 スインがスッと手を差し出して私を起こしてくれた。


「大丈夫? ケガはない」


「お尻が少し痛いだけよ」


 ハマンダー王太子が怒りに顔を歪め、私達の横を通り過ぎた。


「フレーナとの結婚を断られたのね」


「まあ。当たり前だが」


「このままデビュタントはお開きかしら?」


「スイン・ロド何をしている‼」


 いきなり罵声が聞こえた。


「いつまでオリビア姫の手を握っている‼」


「あら。モリス伯爵(魔法省所長)ごきげんよう」


 私は冷たい声で挨拶をした。

 こいつは何かにつけてスインの粗を探して陥れようとする。

 武力が全ての魔法省は好きになれない。


「姫後ほど踊って頂けませんか?」


 温室を吹き飛ばした馬鹿がヘラヘラしながら私をダンスに誘う。


 こいつ~~~蹴り飛ばしてやろうか~~~


 あら、嫌だ。

 下町で野菜を売っていたから、すっかり下品になったわね。


 私の怒りはマックスだったが。

 扇で口元を隠す。

 感情を隠すことはフレーナ相手にさんざんやっていた事だ。


「お父様に挨拶をしてきますわ。それにデビュタントはお開きみたいね」


 スインはスッと控える。

 正しい家臣の姿だ。

 顧みられないと言っても私は姫なのだ。

 姫を娶る事はそれなりのステータスになる。

 私は二人の横を優雅に進む。

 歪んだ二人の顔が面白い。


「トリノの沈むこと無き太陽であらせられる王。王の輝かしい治世がこの世を照らし。末永く続くことをお祈り申し上げます。またアレクサンドラ様の慈愛がこの国の全てを包みますように」


 私は両親に挨拶をする。


「オリビアか……そうか……お前もデビュタントであったな」


 どうやら父は私の事を忘れていたらしい。


 あら?


 じゃ、ドレスは母が揃えてくれたのかしら?


「オリビア……そのドレス質素ね……」


 母が用意してくれたのではないようだ。

 ならば兄か?

 私は兄を見るが、兄は婚約者に夢中で。

 兄でもないなら。

 私は人混みの中にいるスインを見つける。


 ああ……スインが私の為に用意してくれたんだ。


 私の魔法使いはいつだって私を助けてくれる。

 灰被りの女の子をいつだって助けてくれるのは魔法使いだ。

 心がぽかぽかと暖かくなり、涙が零れそうになる。


「貴方……今日の功労者に褒美を与えてください」


 母が父に促す。

 フレーナとハマンダー王太子のせいで会場が嫌な雰囲気になったから。

 空気を変えようと思ったのだろう。

 一生に一度のデビュタントだ。

 楽しみにしている親子は多い。

【聖女】と言えどデビュタントを潰す権利はない。


「うむ。そうだな、スイン・ロドこれへ」


 人々はスインの為に道を開き彼は玉座の前で膝をおる。


「この度の青薔薇の魔法見事であった。褒美を取らそう。何なりと申してみよ」


「恐れながらオリビア姫様を私の妻にする事をお許し下さい」


「スイン‼ 無礼であるぞ‼」


 モリスが怒鳴る。


「モリス控えろ‼」


 父の声が響く。


「……はっ」


 モリス魔法省所長は後ろに下がる。苦虫を嚙み潰したような顔だ。

 お父様は少し眉をひそめたが、直ぐに笑顔になり私を呼ぶ。


「オリビア。ここに」


「はい」


 私は信じられぬ思いで父の側に進む。

 父はスインと私の手を取り宣言する。


「ここにスイン・ロド男爵とオリビアの婚約を結ぶ」


 わああぁぁぁぁぁ!!


 と歓声が上がり。

 皆に祝福されて私達は婚約した。

 私は幸せ過ぎてどうにかなりそうだった。

 魔法省所長と赤毛男が忌々し気に私達を見ているが、知らねえ~~~。


「スイン……私で良いの?」


 小さな声で私は囁く。

 ドキドキして顔が熱い。


「オリビアでなければ嫌だ」


 彼は菫の花の小さなブーケを私に渡してくれる。

 紫の菫の花言葉は『貞節』と『愛』。

 その夜、私達は皆に祝福されて幸せだった。


 でも……


 その幸せは長く続かなかった。





    ~~~*~~~~*~~~~





「オリビア様こちらにフレーナ姫は来ていないでしょうか?」


 次の日、フレーナの侍女が青い顔で私の元にやってきた。

 こいつフレーナと一緒でノックもしない。

 この侍女は何時も私を見下していた。

 オガス伯爵家の三女だ。


「いえ、来ていないわ」


 侍女の顔色は青から白に代わる。

 そして挨拶もせず、部屋から慌てて出て行く。

 全く礼儀がなっていない。

 王族に対する態度ではないわね。


 フレーナが、城から居なくなった。


 朝、侍女が起こしに部屋に入るともぬけの殻で。

 私の部屋にも何度も、侍女が訪ねてきたが、勿論私の所にもフレーナはいない。

 城中大騒ぎだ。


「お父様‼ お母様‼ フレーナが居なくなったの?」


 執務室にお父様とお母様がいらっしゃった。

 お兄様と婚約者も椅子に腰かけている。


「オリビアか……お前の所にもいないのか?」


 私は首を横に振る。


「あの子何処に行ったのかしら? ハマンダー王太子は?」


「ハマンダー王太子は夜の内に城を出た」


「もしかして彼と一緒に出て行ったのかも……」


「そう思って騎士団に追いかけさせているが……」


「あの子ったら国を出るつもりなのかしら……それだけは許されない事なのに……」


 お母様のハンカチを持つ手が震える。


「理解していると思っていたわ。でもあの子は何も理解していなかったのね」


 父が母を支える。

 フレーナは本気でこの国を出て行くつもりなのだろうか?

 恋の為に国を亡ぼすの?


「王よ‼ 報告致します‼」


 フレーナを追っていた騎士団の伝令が帰って来た。


「ハマンダー王太子とフレーナ姫は迷いの森の中にある転移門を使ってこの国を出られたようです」


 迷いの森はこの大陸の中央にあり、各国の近くに転移門がある。

 大人数を転移させることはできないが、5・6人なら転移させることが出来るのだ。

 だが、この転移門には弱点があって一回使うと最低3日は使えなくなる。

 迷いの森は時間と空間がおかしいのだ。

 ハマンダー王太子の国は反対側にあるから馬の全速力で突っ切っても1週間かかってしまう。

 しかも迷いの森はその名の通り道が変わって魔物が出る。

 実質は2週間以上かかってしまう。


「ああああ‼ なんてこと‼」


 お母様はお父様の腕の中で気絶する。

 侍女も侍従も大騒ぎだ。

 私は母に付き添って母の寝室に向かう。

 お父様はお兄様や大臣や将軍と緊急会議を開く様だ。


 侍女達がお母様をベッドに寝かせた。

 私が居ても邪魔なので部屋の外に出る。

 お母様の寝室の前で考え事をしていると。

 心配してスインが来てくれた。

 私達は庭に出る。


「スインどうしよう。フレーナが城を出たわ」


「確かなのかい?」


「きっとハマンダー王太子と国を出たんだわ。あの子どういうつもりかしら。聖女はこの国を出てはいけないのに」


「拙いな……戦争になるかもしれない」


「ええ……そうね。私怖いわ。戦争になれば魔導師は戦場に出なければならない。スインも戦争に行く事になる」


 スインには戦闘系の魔法は使えない。


「大丈夫。きっと帰って来るから」


 ずきっ‼


「オリビア‼」


 頭痛がして地面に倒れそうになる。

 あわててスインが私の体を支えてくれた。


「だ……大丈夫よ……少し頭痛がしただけ……」


「部屋まで送るよ。今日は研究室に来なくていい。青薔薇の事やフレーナ姫の事で疲れが出たんだろう。後でパン粥を持っていくよ」


「ありがとう。疲れが溜まっているのかもしれない……」


 私はスインに連れられて部屋に戻った。

 直ぐに粗末なベッドに入って眠りについた。

 眠りに落ちる時、不思議な夢を見る。

 青い薔薇の園でフレーナが誰かと口論している。

 相手は人ではない。

 あの黒い塊だ。

 もう人ぐらいの大きさになっている。


 ???


 あれは何?






     ~~~*~~~~*~~~~




 私達の嫌な予感は当たり。

 クレジー国とトリノ王国とは【青薔薇の聖女】をめぐり戦になった。

 スインも私の腹違いの兄達も戦に出る事となり。

 腹違いの兄達は誰が一番武勲を立てるかで、話が盛り上がっている。

 何でも魔法省でまた新しい術式が完成したらしい。

 ……人を殺す魔術だ。


 青薔薇の庭の中、私とスインは別れを惜しむ。


「このお守りを持っていて」


 私は空の魔石に自分の魔力を注ぎ込んだお守り(ペンダント)を渡す。

 スインはペンダントを首にかけてくれた。


「ありがとう。フレーナ姫を連れて帰って来るよ」


「どうか無事に帰ってきて……」


 涙が溢れる。

 スインが私に口づけを落とし、涙をぬぐってくれた。


 そして……


 彼は戦場に旅立った。




    ~~~*~~~~*~~~~





「おかしいな……」


 ぼそりとべオス王太子は呟いた。


「どうなされたのです?」


 べオスの婚約者レイアが尋ねる。


「妹(聖女)が国を出て一月が過ぎた」


「そうですね。今日で一月になります。5人の王子達と兵達もハマンダー王太子の国に着き、宣戦布告をしているはずです」


「昔の文献によると聖女が国を出た途端。日照りに竜巻に大洪水が起きたと書かれている。未曽有の大災害に襲われたと……」


「未曽有の大災害ですか?」


 レイア伯爵令嬢は庭を見た。

 ぽかぽか陽気で蝶が舞っている。

 季節がら風は幾分冷たくなったが、まだまだ暖かい日が続いていた。


「おかしいですね」


「おかしいな」


「昔の文献が間違っていたのかしら?」


「そんな事はあり得ないんだが……」


 二人は東屋で静かに紅茶を飲んだ。

 青い薔薇が風に揺れている。






    ~~~*~~~~*~~~~





 オリビアは今日も青い薔薇の世話をしながら、スインの無事を祈っていた。

 デビュタントに使われた館の周りは、いつまでもクリスタルの青い薔薇が咲いている。

 デビュタントの思い出にとかなりの数の薔薇が切られたが、次々と青いクリスタルの薔薇が咲く。


「えっ? なに?」


 薔薇園の中央に来た時。

 初めてそれに気が付いた。


 ごん‼


 目に見えないガラスの様な壁にぶち当たった。


「いった~~い~~」


 オリビアは鼻を押さえた。


「なに? これ……もしかして結界?」


 ペタペタと結界を触る。

 結界の中に何かいる?

 目を凝らす。

 黒々とした鳥籠が空中に浮かんでいる。


「鳥籠? 何時からここに?」


 こんな物は今まで無かった‼

 いや、結界で今まで見えなかっただけか?

 オリビアはじっと見つめる。

 黒い鳥籠の中に何かいる?


 あれは……


 黒い埃?

 いつもフレーナの側にいたあれ(・・)だ。


 バリン‼


 オリビアは結界を叩き割った。

 びくりとして鳥籠の中にいた者が振り返る。

 赤い目が、恐怖で見開かれた。

 前に見た時は人ぐらいの大きさだったが、今はかなり縮んで15㎝ぐらいだ。

 どうやら結界の中からは外の様子が見えないみたいだ。

 オリビアはゆっくり鳥籠に近付くと、冷たい目で埃を見下ろす。


 《 おっ……お前は……わたしの事が見えるのか? 》


 もごもごと口ごもり、おどおどとオリビアを見上げる。


「お前……いつもフレーナに引っ付いていた埃だわね」


 オリビアは鳥籠に触り。

 くるくると籠を回し、冷たく微笑む。

 黒い人の形をして羽をはやした妖精は怯える。

 鳥籠に触った瞬間、ある光景が流れ込んできた。


 フレーナが泣いていた。


 ___ お母様はどこ? なぜ? 私にお母様はいないの? 他の兄姉達にはお母様がいるのに ___


 《 お前の母親は王妃に疎まれ、殺された 》


 黒い埃はフレーナの肩に止まり、囁く。


 《 可哀想な王女様。同じ王女なのにオリビア王女は王にも王妃にも兄にも愛されて幸せなのに。フレーナ姫は誰にも愛されない 》


「本当? お母様は王妃に殺されたの?」


 黒い埃はこくりと頷く。

 それは嘘だった。フレーナ姫の母親は産褥熱で亡くなったのだ。

 王妃に冷遇されたわけではない。


「お前は誰?」


 《 私はあなたと同じ虐げられし者 》


「虐げられし者?」


 《 そう、あなたと同じ誰にも愛されず、虐げられた。私は貴方。貴方は私。だから私があなたを愛してあげる 》


「お前が私を愛してくれるの?」


 《 そう私だけがあなたを愛して、助けてあげる 》


「お前は私を助けてくれるの?」


 《 そう、助けてあげる。でも今の私は力がない。だから助けてほしい 》


「力が無いの? どうすればいいの?」


 《 【乳母を私にあげる】と言ってくれるだけでいい 》


「【乳母をお前にあげる】本当にそれだけでいいの?」


 黒い埃はニンマリ笑った。


 フレーナはその場に倒れた。

 倒れる直後、乳母が部屋に入ってきた。

 何処か遠くで乳母の悲鳴を聞いたような気がした。

 フレーナの意識は闇に飲まれ、それから後はよく覚えていない。


 気が付くと乳母は何処にもいなかった。

 ふよふよと飛んでいた埃が少し大きくなっていた。


 《 気が付いたかいお姫様 》


「お前少し大きくなっているね」


 《 まだまだだよ。もっともっと生贄は必要だ 》


 フレーナは少し埃が怖くなった。


 《 お姫様はオリビア姫が羨ましいだろ 》


「……だからどうだと言うの」


 《 オリビア姫になりたいか? オリビア姫になったら、王もお王妃も王太子もお前を愛してくれるよ。ドレスも宝石も人形も全てお前の物だ 》


 フレーナは考えた。

 優しい両親、優しいお兄様、贅沢なドレスに宝石に可愛らしいお人形。

 みんなあの子は持っている。

 あの子になったらそれらは全て私の物。


「為りたいわ。私はあの子に為りたいわ」


 埃はにいぃぃと笑った。


 場面が変わる。

 7歳になった時の【祝福の儀】の光景が浮かぶ。

 私達が水晶に祈りを捧げた時、埃はこう言った。


【チェンジリング】


 チェンジリング? 


 取り換えっ子?


 地方のおとぎ話にある、妖精が自分の子と人間の子供を取り替えると言う話。

 私とフレーナは取り替えられた?

 私の【職】は【聖女】だったんだ‼

 両親の愛も、お兄様の愛も、全てあの子が取り上げた。

 両親も兄も乳母も侍女もフレーナを私だと思って接して。

 全てはあの【祝福の儀】からおかしくなった。


 お腹を空かせて泣いているはずだったのはフレーナ。


 スインと会うはずだったのはフレーナ。


 ハマンダー王太子と会うはずだったのは……わたし……


 ハマンダー王太子と愚かにも国を出る事になって、国を滅ぼしていたのは……わたし……


 私は鳥籠の中にいる邪妖精に微笑んだ。


「道理でおかしいと思ったのよ。聖女が国を出たらたちどころに結界は壊れ、魔物や天変地異がこの国を襲うことになる。なのにこの国は全く魔物の影も天変地異の影も無い。だって本物の聖女はここにいるんですものね」


 ばきり‼


 と鳥籠は壊れ。

 オリビアは邪妖精を鷲掴みにする。


「お前のスキルの【チェンジリング】の弱点は、取り換えた偽の聖女が国を出た途端、元に戻るんでしょう」


 この前見た夢の続きを思い出す。

 夢の中で邪妖精はフレーナが国を出ることを止めていた。


 でも……


 フレーナは言うことを聞かずに邪妖精を鳥籠に閉じ込め結界を張った。


「あら……でも可笑しいわね。【聖女】のスキルがあるのは分かるけど【緑の指】もあるわ」


 私はその事に気が付く。職が二つ?

 ぎゅう~~~と邪妖精を握る。


 《 痛い! 痛い!! やめて!! 本当のことを話すから指を緩めて‼ 》


 オリビアは力を緩める。

 肥料や麦の袋を運んだりしたために、オリビアの握力は華奢な割にゴリラ並みに強い。


 《 本来なら交換した職は元に戻るのだけれど、それはレベルが初級の内だけよ‼ 片方がレベルを上げてしまうと定着して戻らない。フレーナは【聖女】のレベルを上げてないから元に戻すと【職無し】になってしまうのよ  》


「そうなの……それから行方不明になった人は何処に居るの?」


 脳裏に森の中の狩猟小屋の枯れ井戸が浮かび上がり、中に食い殺された死体があった。


「そう……わかったわ……」


 オリビアは瞳を閉じて暫し亡くなった人の冥福を祈ると、目を開けて邪妖精を見つめた。


「私ね。お前とフレーナには少し感謝しているのよ。だってお前が私とフレーナを【取り換えっ子(チェンジリング)】しなければ私は我儘に育ってこの国を滅ぼす事になって居たでしょう。それにスインに出会えなかったでしょうし」


 オリビアの手が光り、聖なる光が邪妖精の中に注ぎ込まれる。


 《 やめろ‼ やめろ‼ お願いやめて‼ 》


 聖なる光は邪妖精の体を突き破り、その体はボロボロに崩れ去った。

 オリビアは手に付いた黒いかすをパンパンと払い手を浄化する。

 これで、この国が滅びる心配は無くなった。

 オリビアは【聖女】の力を使い、結界を確認する。

 大丈夫。

 異常はない。

 魔物も敵国の軍隊もこの国には入れない。

 後はスインが無事に帰って来てくれるのを待つばかりだ。


 青い薔薇が風に揺られて笑っていた。



    ~~~*~~~~*~~~~





「きゃー‼ 王妃様‼ 」


「陛下‼」


「べオス様‼」


 宮殿では、お茶会をしていた王と妃と王太子がいきなり倒れた。

 急いで近くの医務室に運ばれて医者が呼ばれる。

 三人は各々のベッドで気が付くと、同時に叫ぶ。


「「「 オリビア‼ 」」」


「どうされたのですか? 陛下?」


 駆け付けた医者がおずおずと尋ねた。


「オリビアは……オリビアは何処に居る‼」


 王はベッドから起き上がり着崩したままの格好で部屋から出る。


「王妃様‼ なりません‼ そのような格好で部屋から出ては‼」


 隣のベッドで寝ていた后は髪を振り乱したまま、医務室から飛び出して王の後を追う。

 侍女達が慌てて追いかけている。


「サンドラ……」


「ああ……貴方……貴方……私は……私達はあの子になんていう仕打ちをしていたのかしら‼」


 王妃の言葉は悲鳴に近かった。


 愛していた‼ 愛していた‼ 可愛い!! 可愛い娘だ!! なのに何故?

 あの子が何をしたというのだろうか?


「ああ……分かっている。お前だけのせいではない‼ 私もあの子に酷い仕打ちを……兎に角あの子の所に行こう」


「【祝福の儀】!!」


「ああ……そうだ。【祝福の儀】から全てはおかしくなった」


「父上!! 母上!! 」


 王太子は両親の後を追う。


「これは一体!! なんで……なんで……どうして……」


 王太子も王も王妃も混乱しながらオリビアを探す。


「王よ‼ お后様もいかがなされたのですか?」


「王太子様まで‼ お待ちください‼」


 侍女も侍従も護衛騎士達も三人の後を追う。

 奇妙な行列が出来上がる。

 護衛騎士のジョゼフが王たちに問う。

 それはそうだろう。

 茶会で三人が突然倒れ、気が付くとオリビア姫を探す。

 今まで存在を忘れていたような態度だったのに。

 フレーナ姫が【聖女】でオリビア姫が【緑の指】のせいだろうと皆は考えていた。

 さっきまでフレーナ!! フレーナ!! と言っていたのに。


 が……


 今は違うらしい。


 三人は青薔薇の花園にいるオリビアに気付き駆け寄る。


「お父様? お母様? お兄様までどうなさったの? そんなに慌てて?」


「「「 オリビア‼ 」」」


 オリビアの名を呼びながら三人は彼女を抱きすくめる。

 三人の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。

 キョトンとしていたオリビアだったが、柔らかく微笑むと三人の頭を撫でた。


「ゆる……して……許して……」


「ああ……私は娘に何て言うことをしていたんだ……」


「何で僕は……大切な妹に……」


取り換えっ子(チェンジリング)】が消えて三人が正気に返った事に気付いたオリビアは首を振る。


「お父様・お母様・お兄様のせいではありません。みんなあの邪妖精のせいです。誰も悪くは無いのです」


 オリビアはさっきあった事を三人に話した。



   ~~~*~~~~*~~~~



「つまり……邪妖精の【取り換えっ子(チェンジリング)】によって私達はオリビアとフレーナを取り違えていたのか?」


「はい」


 オリビアは頷く。


「そして……フレーナは邪妖精に生贄を捧げていたのか」


 さっき騎士団からの報告書に目を通してユリシーズ王は眉をひそめる。


 15体。


 古井戸から出てきた遺体の数だ。

 本来オリビアに付けられていた侍従や侍女達。

 フレーナが全て邪妖精に生贄として捧げていた。

 邪妖精は生贄の数だけ強く邪になり。

 あのまま邪妖精が人をくらい続けたら、どうなっていただろうか?

 この城は、この国は……それこそ伝説にある魔王の国になり果てていたかもしれない。


「ゾッとする話だな」


 王太子は紅茶を飲み干した。


 チェンジリング。


 古来悪戯好きの妖精が妖精の子供と人間の子供を入れ替えると言う。

 入れ替わった子供を取り戻すには、妖精の赤ん坊の足に焼き鏝を当て。

 妖精は泣き叫ぶ我が子を慌てて引き取りに来ると言う。

 王太子は子供の頃、その話を聞いて妖精にも、赤ん坊の足に焼き鏝を当てる親にもゾッとした事を覚えている。

 取り替えられた妖精の子供は醜く育つと言う。

 己の欲望のままに周りの人間を差し出していたフレーナは文字通り心の醜い化け物に育った。

 最後にフレーナは両親と私を差し出したに違いない。





    ~~~*~~~~*~~~~



「どういう事だ!!」


 その老人は王からの手紙を持って来た騎士を怒鳴りつけた。

 王から直ちに帰還する様にと伝令が届いたのだ。

 モリス魔法省所長は手紙を握りしめた。

 既に宣戦布告はなされ、両軍は睨み合っている。

 戦の幕は切って落とされたのだ。


 なのに帰ってこいだと!!


 ふざけるな!!


「手紙は届かなかった」


 伝令はモリス魔法省所長のテントに手紙を届けた。

 不幸な事にテントの中はモリスと伝令しかいない。

 将軍たちは司令部のテントに集まって軍を配置している。

 その他の魔導師達は新しい魔法陣を描くのに忙しい。


「ふっ」


 モリスの手刀が伝令の首を刎ねた。

 ゴロゴロと伝令の首が転がりテントの端まで転がる。


「クラオス!!」


 モリスは伝令札に声を掛けてクラオスを呼ぶ。

 呼ばれたクラオスが慌ててテントの中に入って来た。


「どうされました? こ……この者は!!」


 伝令の首を見てクラオスは眉をひそめる。


「敵の回し者だ。死体をかたづけてくれ」


「畏まりました」


 クラオスは【収納】の札に死体を回収した。


「例の物は準備できたか?」


「はい。魔法陣は既に描き上げています。後は王子達が魔法陣に魔力を使えば城ごと吹き飛ばす事が出来ます」


「ふむふむ。それでフレーナ姫の居る場所は分かっているのか?」


「姫の居場所は、姫が何時も身につけている攻撃魔法を防ぐペンダントで割り出しました。北の塔におられます。その場所は避ける様にしております」


「何があってもフレーナ姫には傷をつけるな」


「はい。分かっています。父上」


「こらこら、こんな所で父と呼ぶな」


 クラオスはグリフィン男爵の子供ではなく。

 モリスとグリフィン男爵夫人との間にできた不義の子だった。

 年老いてからできた子供だったので、モリスは殊の外クラオスを可愛がり引き立てた。

 モリスにはクラオスの他に幾人もの愛人との間にできた子供がいるが。

 クラオスはモリスの子供の中でも一番出来が良かったのだ。


「防音の魔道具で声は外に漏れていないですよ」


「武功を上げればフレーナ姫をお前が娶る事が出来るだろう」


「トリノ王国の至宝を手に入れる事が出来るのですね。新しく開発した術式は完璧です」


 クラオスは胸を張る。


「そうそうあの雑草も始末せねばならないですね」


「うむ。もう手配は済んでおる。今頃は暗殺者の手にかかって、死んでいる事じゃろう」


 テントの中で二人は嗤う。

 いくら親に顧みられない姫であっても王族だ。

 出来損ないが王族と縁者になることは、我慢できない事だった。

 スインは物資を運ぶ為、一番最後の部隊だった。

 僅かな人数で移動している。

 その中の兵士はスインを殺すために入れ替えられた暗殺者だ。



 各々が己の欲望の為に動き、破滅するとも知らない。

 欲に塗れた彼等は、バラ色の未来を夢見るのだった。



    ~~~*~~~~*~~~~



 ガタゴトと荷馬車が揺れる。


「雨が降り出したようですね」


 しょぼくれた老兵が老いぼれた馬を止める。

 それに続いて後ろからくる三台の襤褸い荷馬車も止まった。

 パラパラと兵達が降りて布を持ってくる。


「馬が風邪をひかないように防水シートを架けましょう」


 後ろの荷馬車から防水シートを持って来た兵からシートを受け取ろうとしてスインは荷馬車から降りた。


「スイン様どうぞこの雨合羽をお使いください」


「ああ。ありがとう」


「しかし……魔法省も王女様の婚約者にとんだ嫌がらせをするもんだ」


 スインは苦笑する。

 本当なら王女の婚約者に花を持たせて本陣に居るはずだが。

 彼は仲間から嫌われているようだ。

 そのことを老兵は言ったのだ。


「私は男爵位を賜ったとはいえ、元は平民だからね。貴族しかいない魔法省ではこんな扱いだよ」


「お気の毒に」


 老人は呟く。


「本当にお可哀想な方だ」


 老人の剣が閃き、スインの左腕が落ちる。


「があっ‼ な……何を……」


「お貴族様は平民が嫌いなんですよ。その平民が王族の姫を娶るなど、我慢できるわけないでしょう」


 老人はぺろりと剣を舐める。

 その剣には毒が塗られていたが、老人にはその毒の耐性が出来上がっていた。

 いやすでに、老人の体自体猛毒となっていた。

 先ほどのくたびれた老人の顔を拭い捨て暗殺者は嗤う。


「(だ……誰か……)」


 スインは腕を押さえてよろめく。


 声が出ない‼


 薬を盛られた‼


 さっきの食事の中に毒が入っていたのだろう。

 声が出せなければ、魔法を使う事が出来ない‼


「やっと薬が効いてきましたか。無駄ですよ。この部隊全員私の配下ですからね」


 彼の部下が次々とスインを襲う。

 刃がスインの体を切り刻み、崖に追い込む。


「ぐっう……」


 暗殺者の剣が無慈悲にスインの腹を抉る。

 暗殺者はスインの体を蹴り飛ばした。

 スインの体は崖の下に落ちていく。


 オリビア……


 崖から落ちるスインはその名を呼んだが、声を出すことはできなかった。


かしら、下に降りて死体を確認しますか?」


「いや、この高さから落ちたら助からん。しかもこの崖の下は中級スライムの巣だ。下手に降りたらこっちが危ない。骨も残さずスライムが美味しく頂いてくれるさ」


 暗殺者の頭は皆に合図をすると雨の中、本陣に向かって移動した。

 魔導師スインが敵前逃亡したと偽りの報告と報酬を貰う為に。





    ~~~*~~~~*~~~~



 北の塔の中でフレーナは考えた。

 どうしてこんな事になったのかしら?

 私はただ好きな人と一緒になりたかっただけなのに。

 どうしてお父様は許してくれなかったんだろう。

 いつだって私の我儘を聞いてくださったのに……

 妖精も今回は反対した。


 なぜ?


 妖精はいつだって私の欲しい物をくれたのに。

 私は聖女よ。

 存在するだけで国は富み、結界は魔物や害為すものを遠ざける。

 もっと皆私に感謝するべきよ。


 フレーナはハマンダー王子の美しい顔を思い出してため息をついた。

 本当に彼は美しい。

 トリノ王国にも美丈夫はいたが、ハマンダー王子の足元にも及ばない。

 それにしてもこの塔の魔法陣は変わっている。

 私を敵の攻撃から守るためだとこの塔に連れてこられたが。

 フレーナは椅子に腰かけた。

 テーブルから小さな本を取る。

 テーブルの上には赤い薔薇が飾られた花瓶とお茶とお菓子が置かれていた。

 本は絵本だった。

 タイトルは【愚かな魔女】と書かれている。

 フレーナはパラパラと本をめくる。


 愚かな魔女が森の中に住んでいました。

 ある日魔女は王子に頼まれました。

 聖女をこの国に連れてきてくれるように言われたのです。

 王子に恋した魔女は言われるままに聖女が住んでいる国に入り込むと。

 聖女の侍女になりすまし聖女を攫いました。

 王子は魔女と契約していました。

 聖女を連れてきたら、魔女を王子の妻にすると。

 魔女は北の塔に聖女を閉じ込めると、魔法陣を描き聖女の魔力が国に流れるようにしました。

 聖女の魔力は王子の国に結界をはり魔物を遠ざけ。

 植物は豊かに実り、国は栄えました。

 ある時、聖女は女の子を産んだ。

 王子と聖女の子供です。

 その子は聖女と同じく肩に星形の痣がありました。

 王子の裏切りを知った魔女は聖女を殺し、北の塔を壊し、子供を攫いました。

 そして、王子に呪いの言葉を吐くと城から消えました。

 その後、国は滅び、魔女と赤ん坊が何処に行ったのか。

 誰も知りません。


 フレーナは眉をひそめる。

 左肩にそっと触れる。

 フレーナの肩にも星形の痣があるのだ。

 そう言えば乳母が体を洗ってくれた時、お母様の肩にも星の形の痣があったと。

 ……言っていた。


「ただの偶然よ」


 フレーナは笑って本をテーブルの上に投げ出した。

 椅子から立ち上がろうとしてガタリと膝をつく。


 えっ? なに? 力が入らない?


 フレーナは床に倒れて指一本動かすことが出来なかった。


 だ……誰か……助けて……


 フレーナは気付く。

 自分の魔力が魔法陣に吸われている事に。


 ハマンダーさ……ま……


 フレーナはこと切れた。

 ハマンダー王太子は知らなかった。

 フレーナは聖女では無いことを。

 聖女の血筋で、他の貴族よりも豊かな魔力があるが、聖女の魔力には足元にも及ばないことを。

 聖女の魔力を吸い上げる魔法陣はフレーナの命を奪うものだと。

 知らなかった。





    ~~~*~~~~*~~~~




「敵の魔法陣が動き出したようです」


 伝令の騎士が大広間にいるハマンダー王太子に告げると。

 ハマンダーは王(父親)に、にっと笑いかけた。

 王も邪な笑みを浮かべる。

 大広間にはこの国の貴族達が勝利の宴を楽しんでいた。

 トリノ王国の魔導師は強力な魔法を使う事で知られている。

 だが、それ故に滅びた国からあの魔法陣を探し出して復元したのだ。

 聖女の結界は強力だ。

 トリノ王国の魔法陣の力が巨大であればあるほどそっくりその力を跳ね返すのだ。


「我らの野望を叶える聖女に乾杯」


「我らの偉大なクレジー国王と聖女をもたらした王太子に乾杯」


 彼等は勝利に酔いしれる。

 その時彼らの王都上空に巨大な魔法陣が現れた。

 スインが青薔薇を作った時に使った魔法陣より巨大で禍々しいものだった。


「はははははは。あれを見ろ‼ トリノ王国の奴ら聖女の結界で攻撃が弾き飛ばされるとも知らずに」


 大広間にいる貴族は皆笑った。

 兵達も嗤う。

 彼等は知らなかった。

 王太子が連れてきたのは聖女の力を失った、ただの娘だと言うことを。


 上空に描かれた魔法陣は5人の王子達の魔力によって光り輝きやがてその光は王都を襲う。

 魔法陣の光は王都を瓦礫に変える。

 王都の結界は王都を襲った魔法を吸収しトリノ王国の軍勢に牙をむいた。

 まるで魔法のカウンターアタックであった。




 王都では、何が起きたのか分からず8割の人間が死んだ。

 城は瓦礫と化し王も王太子も貴族達も瓦礫に押しつぶされて死んだ。

 生き延びた者達は、妻や親や子供の名を呼びながら瓦礫を掘り起こし。

 その他の者はまるで幽霊のように瓦礫の中をさ迷った。

 トリノ王国の軍隊も訳が分からず半分の兵士が亡くなった。

 魔法陣の中に居た王子も魔導師達も皆死に灰さえ残らなかった。

 周りにいた兵達は辛うじて生き残り、何が起こったのか分からないまま、トリノ王国に逃げ帰った。

 王の密命を受けた暗部の者達だけが、塔に幽閉されているフレーナ姫の下に駆け付けたが。

 彼らが目にしたのは、ミイラのように干からびたフレーナ姫の亡骸だった。


 後にこの戦争は【フレーナの悲劇】と呼ばれる。

 ある歴史学者はフレーナ姫の愚かな恋が戦を呼んだと言い。

 またある聖職者はハマンダー王子の野心が国を滅ぼしたと言う。

 生き延びた魔導師達は魔法陣が暴走したためだと言ったが。

 この戦は誰にも利益をもたらさなかった。

 多くの民人と兵士と魔導師達の屍を築いただけだった。

 この戦によりクレジー国は他の国の侵略を受け滅亡した。

 トリノ王国も多くの兵士と魔導師を失うが、聖女の結界により国は繁栄する。




    ~~~*~~~~*~~~~



 時は少し前に遡る。


 オリビアはぱたりと絵本を閉じた。

 本のタイトルは【愚かな魔女】と書かれていて。

 クレジー国の絵本は古い物で、あちらこちら擦り切れている。

 さっき父王から渡されたのだ。

 短い話だったが、オリビアは何度も読み返した。


「フレーナは攫われた聖女の子孫なのですか?」


「そうだ」


 トリノ王国の国王は紅茶を流し込み、苦い顔をする。

 グラトラ産の紅茶は少し苦みがあるが、そこまで顔を顰めなくてもいいのにとオリビアは思った。

 青い薔薇が風に揺れ、甘い香りを運ぶ。

 今日は父王と二人だけのお茶会だ。

 母と兄も後からやって来る。


「攫われた聖女の肩には星形の痣がある」


「星形の痣……フレーナにも痣があったんですね」


「聖女の娘は魔女に攫われて行方が知れなかったが、ある男爵が売春宿である娼婦の肩に星形の痣があるのを見つけた。魔女は聖女の子供を売春宿に売ったらしい。娼婦は娘を産み産褥熱で亡くなった」


「その男爵は暗部の者だったのですか?」


「そうだ。ずっと聖女の血筋を探していたのだ」


「でも、聖女は代々引き継がれるものではありません」


「聖女では無くても、聖女の血筋は魔力量も多く。優秀な魔導師なのだ」


「それで、その男爵令嬢は成人すると側室として召し上げられたんですね」


「フレーナの母には悪い事をした。好きな男が居たのだが……」


「フレーナは、もしかして……」


「私の子供ではない」


「……」


 ざわりと青い薔薇がざわつく。


「魔女は……まだ生きているのかしら?」


「魔女は契約を破るか、破かれるかすると数年の内に死ぬ。しかしお前の話を聞くと。魔女は死ぬ前に呪いを聖女の子供に掛けていたようだな」


「呪い……まさか、あの邪妖精ですか?」


 父王は頷く。


「誠に魔女は恐ろしい。いや女の嫉妬が恐ろしいのか? 恋敵の娘を代々呪うほど……」


 オリビアは何も言えなかった。

 少し魔女の気持ちが分かるからだ。


「貴方、オリビア」


 オリビアは振り返り母と兄を見た。

 二人は青い薔薇の中こちらにやって来る。

 来年兄は婚約者と結婚する。

 衣装の打ち合わせを母と婚約者でしていたのだろう。


「青い薔薇……オリビアは嫌じゃないかい? フレーナの髪の色の花は……青い薔薇を取り去ろうか?」


 王太子(お兄様)がそう言ってくださった。

 父も母も頷く。

 オリビアは首を振る。


「花には罪はありません。それにこの花は私をスインに会わせてくれた大事な花です」


 そうこの花が無ければ私はスインに会うことも無く、彼と一緒に街に下りて人々の暮らしを知る事も無く、フレーナを妬み、両親と兄を呪っていただろう。


「辛いこともあったけど、私がこの国を知るいい機会になりました。本当に彼に会えてよかった」


 オリビアは両親と兄に微笑んだ、その時。


 ポウッ


 次々と青い薔薇が光を放つ。


「 ‼ 」


「青い薔薇が? 光っている?」


「どういう事だ?」


 青い薔薇から光が集まりやがてそれは人の形となった。


「スイン‼」


 床に倒れたスインは片腕を無くし、血塗れだった。

 王妃は悲鳴をあげる。

 オリビアは倒れているスインに駆け寄る。


「スイン! スイン‼ しっかりして‼ 誰がこんな事を‼」


「だ……誰か‼ 医者を呼んで来い‼」


 トリノ王は護衛騎士に命令する。

 騎士は慌てて医者を呼びに走るのだが……

 あの出血に傷口が膿んで紫になっている。

 彼は昔その傷を見た事がある。

 闇ギルドが暗殺に使う毒だ。

 おそらく彼は助からないだろう。

 走りながら騎士はスインが死ぬだろうと思った。


「オ……リビ……ア」


 スインの唇が微かに動く。

 唇は毒のせいで紫になっている。


「いやいや‼ スイン‼ 誰がこんな酷い事を‼」


「泣か……な……いで……君……に会え……て……僕は……幸……せ」


 バリン‼


 スインが首にかけていたお守りが割れた。

 そのお守りはスインをオリビアの元に連れ戻してくれたのだ。


「嫌‼ 嫌‼ 嫌‼ スイン死なないで‼」


 スインの手を握りしめオリビアは泣き出した。


 消える‼ スインの命が‼ 消えてしまう‼


 嫌‼ 嫌‼ 嫌‼ 死なないで‼ 私を置いて逝かないで‼


 ぶわり‼


 オリビアの体から魔力が溢れる。


 気がつけばオリビアはスインの背を追っていた。


 周りは暗い闇に包まれていたが、オリビアにはどうでもいい事だった。


 ただただ、スインの背中を追う。


 物凄いスピードでスインは闇に落ちていく。


 オリビアはスインを追って、追って追いついて。


 スインの背中に抱きついた。


 『 間に合った? 』


 それは誰の声だったのか?


 オリビアの声だったのか?


 それともスインの声だったのかは、分からない。


 オリビアの体から魔力が溢れて優しくスインを包む。


『 愛しているの? 彼を? 自分の命と引き換えにしても良いぐらい? 』


 その声に何と答えたのかは、オリビア自身分からない。


 ただ……スインが振り返り、オリビアを抱きしめてくれたことだけは、覚えている。






 ~~~*~~~~*~~~~



 パーン パーン


 夜空に花火が咲く。

 今日は【聖女】と【青薔薇の魔導師】の結婚式だ。

 結婚式は青薔薇の咲く庭で行われている。

 王族と貴族達が二人の結婚式を見守っていた。

 花嫁は白いドレスに身を包み、ベールで顔を隠している。

 手には青い薔薇のブーケを持っている。

 白いドレスにはピンクの真珠が縫い付けられて、贅の極みを尽くしている。

 同じく花婿も白い服で胸には青薔薇が飾られている。

 大神官が厳かに式を始める。


「魔導師スイン。貴方は聖女オリビアを妻として健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、オリビアを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くす事を女神ヘレナに誓いますか?」


「女神ヘレナにオリビアを愛すると誓います」


「聖女オリビア。貴方は魔導師スインを夫として健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、スインを愛し、敬い、慰め合い、ともに助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを女神ヘレナに誓いますか?」


「女神ヘレナにスインを愛すると誓います」


 青い薔薇の祭壇の前で【聖女】と【青い薔薇の魔導師】が神官の前で誓いを立てる。

 それと同時に庭に植えられていた青い薔薇がぽうっと輝いた。

 それは女神の祝福だ。

 人々の間からは溜息と歓声が溢れる。









        ~ fin ~



 ***************************

   2021/2/6 『小説家になろう』 どんC

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    ~ 登場人物紹介 ~


 ★ オリビア・トリノ

 主人公。紫の髪に紫の瞳を持つ、スミレ姫と呼ばれている。第一王女。

【緑の指】の職を持つ。植物を育てるのが得意。

【祝福の儀】まで大事に育てられていたが。

 妹が【聖女】の職を授かった途端、妹と立場が逆転する。


 ★ スイン・ロド

 青い薔薇を創ったことで男爵に取り立てられる平民。

 妹が餓死した事により植物の研究に励む。

 お腹を空かせて泣いているオリビアが死んだ妹と被り何かと世話を焼く。


 ★ フレーナ・トリノ

 青薔薇姫と呼ばれる。オリビアとは腹違いの妹。第二王女。

【祝福の儀】で【聖女】の職を持つ。

 我儘に育つ。この国では聖女はとても大切に育てられる。

 デビュタントの会場の庭に青薔薇を植えることを所望する。

 外国の王太子に一目惚れして追いかけていく。

 基本人の話は聞かない。


 ★ ユリシーズ・トリノ

 トリノ王国の国王。オリビアとフレーナの父親。

 フレーナを溺愛し、オリビアを粗末にあつかう。


 ★ アレクサンドラ・トリノ

 トリノ王国の王妃。オリビアとべオスの実母。

 気位が高い。側室達と上手くいってない。

【祝福の儀】までオリビアを溺愛していた。


 ★ べオス・トリノ

 トリノ王国の王太子。オリビアの同腹の兄。

【祝福の儀】までオリビアとは仲が良かった。


 ★ ハマンダー・クレジー

 クレジー国の王太子。第二王子。

 フレーナをハニトラにかけてトリノ国から連れ出す。


 ★ モリス・エスビビル伯爵

 魔法省所長。平民出身のスインが嫌い。攻撃魔法至上主義。

 スインの研究費用をくすねたり、嫌味を言ったりとスインの足を引っ張る。


 ★ クラオス・グリフィン男爵

 スインの同期。スインをライバル視している。

 平民出身のスインを馬鹿にしている。

 姫を妻にしたい。愛しているためではなく、王族と懇意になりたいため。



 ★ 黒い塊

 オリビアが【祝福の儀】まで見えていた物。

取り換えっ子(チェンジリング)】のスキルを持つ妖魔(呪い)。

 オリビアとフレーナの【祝福の儀】の時二人の職を取り替えた。

 職だけでなく立場も取り替えられる。アホに育ったフレーナに青薔薇の園に封印される。

 策士アホに破れる。

 その昔魔女が死ぬ間際に聖女の娘にかけた呪い。

 その為聖女の血を引く者は不幸に落とされ短命で、娘を産むと亡くなっていた。



 

やっと~書けた~予定より長くなってしまった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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短編詐欺と言われないように頑張った(笑)

楽しんでいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 陥れた側の人がことごとく一撃で死ぬ所 報いを自覚、又は反省の描写がないのでもやもやしか残らない
2021/03/10 11:55 退会済み
管理
[気になる点] 産塾(さんじゅく)熱ではなく、産褥熱(さんじょくねつ)です あと長音の「ー」が横線になっているのが何カ所もあります。
[良い点] チェンジリングって大概…赤ん坊の内って固定観念でしたが…幼少期も「アリ」ですね~( ´;゜;∀;゜;)魅了っぽいけど [気になる点] 魔道省所長とスインの同期にスイン暗殺に手を出…
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