45 判決
「ぐがっ!!」
たまらず膝をつく。雷が体を抜け、その衝撃に息が詰まる。
ここまでカルセインの魔法が届くことは今までなかった。
そうか、これが最初にやってきた魔法か……!
しかし詠唱は今まで通りの同じモノだ。ならばその魔法が彼のイメージから飛躍することはない。
どういうことだ?
「今、カイン殿は私の雷閃がそこまで届くわけがないと油断していましたね。そのとおり、雷閃、炎閃は私の剣と同じ範囲で振るわれる魔法です」
カルセインは俺が立ち上がるのを待つように話を続ける。
「そう、この魔法は私が雷の剣と炎の剣を振るっているというイメージから作られています。そのイメージでしか私は魔法をとらえることができませんでした」
「ッ、――光よ」
衝撃から光魔法が切れ、闇魔法の浸食を受ける。それを再度光魔法で塞ぎ、酩酊したような感覚に襲われながらもなんとか立ち上がった。
「ですが、それこそが間違いだったのです。私は魔法で剣を振るっていたのではない、魔法の剣を振るっているのですから!あとは簡単です。ただその剣を投げればいい、このように!――炎閃!」
言い切るとともに、炎の剣がこちらへ向かって飛んでくる。
俺は咄嗟に剣で受け止めようと構えてしまう。
カルセインの攻撃は実体ではなく魔法によるものだ。いつもの得物ならいざ知らず、こんな棒切れでは全く意味をなさない――はずだった。
木剣で受けた炎閃は目の前で霧散し、跡形もなくなった。
「なっ」
受けた俺が驚いてしまう。これはただの木剣のはずだ、捨て鉢気味に防御したが、魔法を受けるどころか剣が破壊されていても不思議ではない。
「……なるほど、先ほど小さく呟いていたのは詠唱ですか。その剣を魔法で包み、私の炎閃を受けることで相殺できるようにしたわけですか。瞬時にその判断ができるのはさすが英雄ですね」
確かに俺は魔法を詠唱したが、それは自分の体にかかっている闇魔法を消すためだ。それを持続させているおかげで満足に魔法を打つこともできなくなっている。
なのに、なぜカルセインの炎閃は消えた……?
そこで、一つの可能性に行き着いた。
「……よくわかったな。お前の言う通り、避けるようなことができない状況なら受けたほうが早いと思ってな。こんな剣でも魔法を消すくらいなら簡単だよ。お前がペラペラ教えてくれたおかげだ」
そうだ、俺が始めから悩まされている闇魔法、視界に術者がいないこと、継続して行われていることを考えるとこれしかない。
そう、その闇魔法はこの木剣のどこかに施された魔術紋から行使されていたのだ。
「とっておきだったのですが、カイン殿にかかれば形無しですね。それでも、一撃分私の優位は変わりません。いざ――炎閃!」
カルセインは炎の剣を飛ばしながらこちらに走りこむ。
その炎の剣を同じように剣で打ち消し、こちらも相手へ向けて踏み込む。
「なんだ?お前の隠し玉とやらもその程度か?」
「まだまだ、私の真骨頂はコンビネーションですので!――雷閃」
肉薄したタイミングですかさず雷閃を放ってくる。
後ろに少し下がり、剣を正面に出す。それにより雷閃が剣にあたり霧散した。
やはりそうだ。俺の体を蝕んでいる闇魔法は光魔法で消している。だがそれは剣に対しては何の効果も果たしていない。
それだというのに、この剣は魔法の相殺現象が起きている。
魔法は同程度の魔力をぶつけると、属性に限らず相殺して消えてしまう。そのため、魔法から身を守るために高い魔力で防御膜を張ることは戦う者として必須技能でもある。
それがこの剣ではあてるだけでできている。となれば、簡単な話だ。
俺にかけられている闇魔法はこの木剣からきているのだろう。決闘が始まる前に見受けられた、この剣の違和感は、その細工を剣の内側に仕込むためにできた歪みと考えられる。
決闘では武器を捨てることは降参を意味する。そのため、この装備に細工が仕込まれていることがわかっていても捨てることはできない。
「死中に活か、まだ何とかなりそうだ!」
魔法を消し、返すように切りつけるもカルセインにはじかれる。
「それで私の魔法対策ですか、ですが防御と攻撃は両立できませんよ!――雷閃!」
間髪容れずに襲い来る雷の剣。それを紙一重で避け、勢いのままカルセインに蹴りを入れる。
だがそれも体重を乗せきれず、彼を少しよろめかせた程度で距離を取られてしまった。
「どうした?お前から距離を取るなんて珍しいな。降参か?」
俺が投げかける皮肉にも、カルセインは涼しい顔で答える。
「そんなまさか、やはり貴方と闘うのは楽しい。ですが、あまり時間をかけすぎることもできないのが決闘です。このままでは、私の忠義も疑われてしまう」
そういうと、カルセインは剣を正面に構え、祈るように目を閉じた。
そうか、決めに来るのか。ならば俺もそれに答えないとな。
「ですので、ここでケリをつけましょう。勝っても負けても、悔いはありません。――女神よ、私に道を、戦いに栄光を!」
カルセインがそう叫ぶと、彼が持つ剣が淡い光に包まれる。いつ見ても不可解だが、ああなると俺の攻撃はまず当たらなくなるうえ、どういうわけか避ける方向までも読まれる。わかりやすくピンチだ。
だが、その代償も大きいようで、カルセインはあの状態を長く保つことができない。そのうえ魔法自体が使用できなくなるらしく剣での戦いに絞られる。まあ彼の身のこなしならそれでも十分な脅威なのだが。
効果が切れた後は強い疲労感に見舞われるらしく、これを凌ぎ切れば俺の価値と言ってもいいだろう。ここが正念場だ。
「なら、俺も全力で答えないとな。――轟雷よ、我が敵を射抜け!」
俺は光魔法を解除し、魔力を込めた雷魔法を唱える。
相手が短期決戦を挑んできたのだ。闇魔法をいなしながら軽い打ち合いでどうにかなる状況ではない。
ここは闇魔法の攻撃を背負ってでも、手数と速度で攻めなければ負ける……!
「そうです、あなたが様々な魔法を使わないなんておかしいと思ってました!やはりこの時の為に温存していたんですね!」
おれが放った雷の矢を、カルセインはまるでどうくるか見えていたかのように体をずらすだけで避けてこちらへ翔ける。
「そう思ってくれたのなら嬉しいよ!――火焔よ!」
「っ、後ろ!」
迫るカルセインの背後に火球を出現させ、破裂させる。だがそれも瞬時に見破られ、腕で防御されてしまった。
だが、これで彼は後ろを向いた、俺を見ていない!
すぐさま踏み込み、カルセインの空いた背へと剣を薙ぐ。が、彼は後ろを向いた状態でその剣を剣で受けていた。
「どこから攻撃しようと無駄です。私にはあなたの剣も、魔法も全て見えています」
「はっ、本当にすごいよ、お前の手品は。だが、見えていても対応できなきゃな!――水よ!」
間髪容れず、水の魔力を足元に流し、地面を足ごと凍らせ捕えようとする。
零距離での魔法、右は俺の剣で塞がっているため、飛び退いて回避するには左か俺に対して奥へ移動せざるを得ない。そこへ左足で蹴りを入れておく。これも彼には見えているだろう。だがこれで逃げ道は奥しかなくなった。
「っ、速い!」
予測通り、カルセインは跳ぶために踏み込む。
しかし、俺が仕込んだすべてはブラフ。本命は魔法詠唱の完成だ。
「もらった!――我が敵を砕く牙となれ!」
詠唱しきると、凍ろうとしていた地面から冷気が伸び、鋭い棘となり奥へ跳んだカルセインを貫く。はずだった。
そう、カルセインは確かに跳んだ。それは、俺の誘いを崩すように垂直に。
「なっ」
「あなたの誘いは既の所で見えました。私もそんなに簡単にはやられません!」
だが、空中に逃げたのはカルセインも苦し紛れの選択だ。跳んだあとは落ちるしかない、そのタイミングに攻撃を決めるべく、呼吸を整える。
カルセインもそのつもりらしく、構えをとる。
その時、俺の足が闇魔法の負荷によりぐらついた。
「くそっ、こんな時に……!」
「っ、そこです!」
カルセインは剣を上段に構え、叩きつけてくる。
そこになんとか剣を合わせ、防御がぎりぎり間に合った。この状態から防御できた自分をほめたいくらいだ。
だが、続く戦闘で削られた体力と、重なる闇魔法により俺の腕は限界を迎え、
――持っていた剣が宙を舞い、地面に落ちる音がした。
カインさん有罪です。