44 仕組まれた戦い
第一王子の宣誓の後、続いて俺とカルセインも女神へ宣誓を行う。
通常なら見物客もそれなりにいる決闘だが、今回は歓声もなく、実に寂しいものだった。
柵で簡易的に作った決闘場に入る。
カルセインは先に待機しており、いつも通りの涼しい顔でこちらを待ち構えていた。
「カイン殿には申し訳ないですが、今日のこの時を女神に感謝しない日はないでしょう。なぜなら、彼の英雄と、模擬刀ではありますが訓練ではなく対等な立場で打ち合える日が来たのですから」
「それならもっと手っ取り早い話があるぞ。今からこの国を捨てて帝国に寝返ればいい」
俺の軽口にカルセインは少し笑い、
「ええ、それができる身ならばそれもよいでしょうが、悲しいことにこの身は一つしかない。我が身はリベリアの為に、カイン殿の決闘の相手、果たして見せましょう」
そう言い、カルセインは胸の前で剣を構える。何度と見た彼の型だ、だからこそ油断できる相手ではない。
「こっちこそお前の胸を借りるつもりで挑ませてもらうさ。全力で身の潔白を証明してやるよ」
俺も剣を抜き、正面に構える。
両者睨み合う中、神官の声が響く。
「では双方悔いなきよう、はじめっ!」
その声と同時にカルセインは大きく踏み込んでくる。彼の戦闘スタイルは剣戟主体の超近距離戦だ。
わざわざ相手の特異な距離で戦ってやる必要はない。ここは距離を取りつつ魔法主体で戦わせてもらう。
そう思い、魔力を通そうと力を入れる。その瞬間、俺の体を異常な倦怠感が襲った。
「なっ!?」
横に踏み込んだタイミングだったので、力が入らず屈みこんでしまう。
何が起こったのかわからない。ただ状況が最悪なのはわかった。
しかし、相手にとってもそれは想定していない行動だったようだ。突然屈んだ俺の頭の上を炎の刃が通り過ぎる。
「っ!これは今回初めて見せた技ですが、避けられてしまいますか……。さすがカイン殿ですね」
いやいや、これは完全にまぐれだ。突然のことでどういった技なのかよく見れなかったうえ、たぶんこの不調がなきゃ直撃してる。
カルセインはまだ近づききっていない、彼には中距離から命中しうる技があるということだ。
それにしても、この異常な倦怠感はなんだ。明らかに何かの攻撃を受けている。
カルセインではない、彼はこのタイミングで別の魔法を使ってきた。それにこの不調が続く感覚は闇魔法だ。彼に闇魔法は使えない。
「いや、ただのまぐれだよ、俺も驚いてる。……くそ、どこからだ」
すぐさま立ち上がるが、思うように力が入らない。
これが闇魔法だということはわかるが、どこからどうやって俺に攻撃しているのかは皆目見当がつかなかった。
「とりあえずこの場を凌ぐしかないか。――光よ」
カルセインは先ほどの攻撃が外れ、警戒してか少し距離を開けた状態でこちらを中心にゆっくりと回り込んでいる。
そのうちに悟られないよう、小さく光魔法を自分に使い闇魔法を打ち消す。
だが、この状態は危険だ。なぜなら、相手が闇魔法を止めない限りこちらも光魔法の中和を止めることができない。
そうなると、魔法を封じられ、魔力を削りながらカルセインと闘わなくてはいけなくなる。
成程、通りで最低限の人間しかこの場にいないわけだ。通常なら決闘への魔法の横やりは観衆や他の見届け人により露見することが多い。だが、この場にはそれを言い出す者はいない。どうどうと不正ができるというわけだ。
圧倒的に不利な状況だ。ここまでのことをしてくるとなると、相手もなりふり構っていられないということか。
「……どうした、カルセイン。お前が来ないならこちらから行くぞ!」
啖呵を切り、そのままカルセインの懐へと飛び込む。望むは短期決戦、相手の優位な距離での戦闘となるが、長引くほどこちらが不利になる……!
「牽制もなく私の領域に入ってくるとは流石はカイン殿!その決断と勇気、感服します。だが襲い、雷閃!」
目の前に迫ったカルセインがそう言い放つ、そのタイミングで屈むと頭上を雷の剣が通り過ぎた。
すかさず頭上からカルセインの振るう剣が迫る。それを何とか剣の柄で防ぎ、そのまま足払いに繋げるが軽く後ろへ飛んで躱されてしまう。
「カイン殿なら魔法で追撃してくるものかと思いましたが、どうしてですか?まさか私にを見くびっているのですか?」
「逆だよ。お前のとっておき用に魔力を温存してるんだ、なんせ中距離から攻撃されるとは思ってなかったからな」
虚勢を張り、現状を悟られないようにする。
恐らく、今闇魔法のことを神官に訴えても証拠もなく、神聖な決闘に文句をつけるだけの行為ととらえられるだろう。
いい方向には転ばないことはわかる。
「それは重畳、ではとっておきはとっておきらしく使いどころを見極めさせていただきます!――雷閃、炎閃!」
カルセインの詠唱はかなり特殊だ。彼は複数の属性魔法を操れるが、その実魔法を行使すること自体が極度に苦手だった。
どんなに簡単な魔法も、戦闘中だと詠唱中にぼやけてまともな効果を示すことができないほど、カルセインは周囲のあらゆるものに集中している。それにより白兵戦で圧倒的な強さを見せるが、こと魔法での遠距離戦は魔装具の補助があってもできないほどだ。
そんな彼が見出した魔法の使い方が、応用力を捨てることだった。
彼は自分のイメージできる最高の魔法を作り上げ、その形でのみ詠唱することで瞬間的な魔法行使ができるようになる。
それがこの“雷閃”“炎閃”だ。
彼はこの名前を唱えただけで、瞬時に雷の剣と炎の剣を作り出し振るうことができる。
雷閃は速度が異常に速い雷の剣だ。見切るのは難しいが、扱うことも難しく、単調な攻撃でしかふるうことはできない。
炎閃は通常振るう剣より一拍ほど遅い剣だ。遅い代わりに熱量が凄まじく、白兵戦ではこの剣を振るわれるだけで簡単に近づけなくなる。
その両刃は彼自身の剣とほぼ同範囲で繰り出してくる。それが彼の絶対的な攻撃領域だ。
だが、俺はその事実を知っている。
「それは俺には通じないって知ってるだろ!」
彼の詠唱には段階がある、まずは雷閃、これを先に出しながら踏み込んでくる。
その場合、この魔法は平面を制圧するために横薙ぎで来る、それを先ほどと同じように屈んで避ける。
すぐさま掬い上げるような実剣が来た。この2撃目は振り下ろしか振り上げで来るのが定石だ。
屈んで身動きが取れないため剣を出し、あてることで逸らす。
そのタイミングで剣の逆方向、炎閃が斜めに振り下ろされてくる。
これは見ずともその熱量でわかる。
この魔法は前の二つよりもし越し遅れてくるため、剣を受けるためにかけていた体重をそのまま押し出し、横に転がることでよけ切った。
その勢いで立ち上がり、返すような形で切りかかるものの既の所で身をひねられ躱されてしまう。
「やはりとどきませんか……!しかしまだ私の領域です。――炎閃、雷閃!」
次は炎閃から雷閃の詠唱。
これはほぼ同時に3つの剣が来る。厳密には少しづつズレてはいるが、体感的には同時だ。
これは跳んで下がるしかない。すぐさま後ろに跳躍すると目の前が炎と雷によりまばゆく光る。
カルセインとの戦闘は訓練で時々行っていたが、白兵戦で攻めきれたためしはない。
彼の領域では常に三本の剣を警戒しなければならないうえ、その剣が別々の兵ではなく彼の意志で動いてくる。
そのため彼の範囲外から魔法で攻撃することが最善手なのだが、それが今はできそうにない。
「やはり下がりますね、ならばこそです!――雷閃!」
この距離で雷閃?彼の領域からは外れている。ならばあたるはずは――
その瞬間、俺の体に雷の剣が突き刺さった。
カインさん強み消されるとあまりいいとこないですね。
慢心はよくないです。