43 決闘
裁判での査問は決闘の取り決めに移り、時間と場所が決まるとそのまま閉廷となった。
裁判で両者の言い分がかみ合わず、証拠もそろわず結果が出ないとき、この国では神判による「決闘」で決着をつけるという手法がたびたび取られる。
このやり方は単純明快。聖水で身を清め、各々が女神への宣誓を済ませると、相手の戦意、武器、命のどれかを失くせば終了となり、その勝者の言い分が認められることになる。
この決闘は主に軍や貴族での裁判で行われ、使われる装備は統一だが他は何でもありという自由っぷり。故に単純なフィジカルと魔術の才能がものをいう。
なので、普通は階級も能力も同列なものでしか行われない。
しかし相手は王族、並び立つ者など同じ王族しかいない中で、今回の裁判では呼び出された時点で俺は無理やりにでも決闘に持ち込もうと様子を窺っていた。
だがどういうことか、それを相手が言い出した。
こう言っちゃなんだが俺は戦闘技術に自信がある。そもそもリベリアで戦闘特別教官なる謎の肩書を持っていて、軍の戦闘訓練の一部を担っている俺の強さは周知の事実でもある。
しかしそれを承知で決闘などを申し込んでくるからには、何か策があると考えるのが妥当だろう。
恐らく、渡される装備や、決闘を行う場所に何かしらの小細工をしてくるのだろうが、もともと魔人族との戦いで圧倒的に不利な局面を切り抜けるための対応力だけは自慢できる程度に鍛えられているので、周囲に悟られない程度の生半可な小細工ではなんとかする自信はある。
この小細工をやりすぎると、露見の可能性が高まり女神への「宣誓」に触れてしまう。なので形振り構わないようなことはしてこないはずだ。
わざわざ「決闘」の形をとってきたのだ。相手も俺たちを正式な場で裁きたいと考えている証左でもある。
時間は今日の午後から、場所は訓練場の一部を閉鎖して行うとのこと。
それまでの数時間、俺は城内にある処罰用の地下牢で過ごす羽目となった。
どうやらゴウサムはこちらに一切時間を与えるつもりはないらしい。それほど焦っているともとれるが、今回の裁判が強行されたことをルクレツィア様や俺のシンパに知られたくないのだろう。
今日一日で全ての方を付けに来たということは、その分の根回しなどの準備がある、延いては以前から画策されていたことでもあるということか。
俺への見張りとしてフル装備の近衛騎士が5人も待機している。それほど警戒されているのは素直に評価されているようで嬉しいが、何の装備もない俺がここで暴れても決闘抜きで処刑が決まるだけなので大人しく睡眠時間に充てることにする。
床が固い上に凹凸がひどいが、今まで経験してきた野営に比べると屋根がある分天国なので気にしない。
俺ができる手はもうすでに打ってある。あとはフィードの準備が終わることと、これから行われる決闘で入れられるであろう小細工が簡単であることを願うだけだ。
「――起きろ、時間だ」
準備が整ったのか、親切に声をかけて近衛兵が起こしてくれた。
そして、言われるまま牢を出、訓練場まで枷などなく普通に連れてこられた。おかげで周囲にこのことが悟られることはなかったが、ルクレツィア様も関わっている手前逃げることもできないし、本意ではないといった様子の騎士に囲まれて移動する様は俺が文句をつけに来た客みたいで居心地が悪かった。
訓練所の資材小屋に入り、準備されていた装備に着替える。ここまで俺を見張っていた近衛兵たちは無言だった。
訓練の時は饒舌な彼らを知っているだけに、今の状況の異質感が浮き立つ。
準備されていた装備は案の定仕込みがあった。
巧妙に偽装されているが、この木剣は力を入れて打ち合うと数回で刀身部分が芯から折れるように細工されている。
こんなものを作らされて、職人は困惑しただろう。技術と手間の無駄だ。
他に確認してみるが、小細工は見うけられなかった。
「……これくらいならなんとかなるな」
安心から独り言が漏れる。
この程度の小細工ならどうとでもできる。特に今回のものは気づかなければ致命的な細工だが、現に気づいてしまった以上、気を付けてさえいれば怖くもない。
打ち合うタイミングだけ水魔法ででも補強してやれば事足りるだろう。
細工はそのままで戦うことに決める。
これを暴き立て、仕切り直したときにこれ以上のことをされるより、現状で打ち負かしたほうが面倒がない。
「よし、準備はできた。決闘場所まで案内してくれ」
確認はできた。あとは相手を全力で打ち負かすだけだ。
小屋を出て、演習場に急ごしらえで作られた決闘場へ到着する。そこにはすでに相手となる近衛騎士の姿があった。
「……やはり、お前が相手か。まあそりゃ、ゴウサム様の子飼いで一番腕が立つとなるとそうだよな」
その騎士は祈るような姿勢でたたずんでいたが、こちらが到着するのを見て姿勢を正し、俺の言葉に続いた。
「本当は私も、貴方と剣を交えることができる人間ではありません。ですが、この話がどうあれ私はあの方の剣。命じられたのならば受けねばならない。今回ばかりは胸を借ります」
清廉で、騎士という言葉を形にしたようなこの男は第一王子親衛隊近衛騎士隊長『カルセイン・インク』。
俺がリベリアで戦術教官として着任した時から教えている生徒でもあり、魔王軍との戦争ではレゼスタム湿原での戦いで肩を並べて戦ったと本人に聞いた。
元より練習熱心で魔術の才能もあり、俺の生徒の中では一番の出世頭でついに王族付き近衛騎士隊長にまで上り詰めた男だ。
「そういえば、お前と模擬戦をするのはかなり久々だったな。前の戦いでは帝国の勇者ともやりあって無傷で帰ってきたそうだが、俺も今回ばかりはまずいかもな」
「ハハッ、冗談はやめてください。模擬戦ではあなたがハンデをつけても一度も勝てなかった。それに、あの勇者君とは会って話をしただけです。私はそれだけしかできませんでしたよ」
そのハンデも、最後のほうはないようなものだったが……。彼の中では俺に手も足も出ない自分で完結しているらしい。
「俺はその勇者に殺されかけたけどな。無傷で、かつ自力で帰って来ただけで十分だよ」
「なれ合いはその辺りにしておけよカルセイン。今のお前はオレの剣だ。手心など加えるなよ」
会話に割って入るように、声がかかる。
どうやら第1王子殿が到着なされたようだ。見ると、そばにルクレツィア様も控えている。
他にも将軍など一部の見届け人、やはり殆どの者に連絡は届いてないようで、第一王子側の人間が多い。
それでも形式上神官もいるため、後から難癖をつけ結果をひっくり返すようなことはしないだろう。
「……御心のままに」
カルセインがその声に短く答え下がる。ゴウサムはそれを一瞥して声を上げた。
「フン、役者は整った。ではこれよりカイン・リジルの神明裁判を開始する!」
今回は説明が多かったです
カインはこの裁判でどう立場が変わっていくのでしょうか。