― 始まりの終わり
「帝国がリベリア領で負けたのは本当?」
仄暗いどこか、仮面で顔を覆った少女が虚空へ問う。
「ハッ、そのように報告を受けています」
どこからともなくその呼びかけに答える男の声がする。
いつの間にか少女の周囲には4人の男女がいた。
「そこには勇者様もいたのよね、それでも勝てなかったの。さすが、カイン・リジルと言ったところかしら」
仮面の少女は憎々しげに、されども愉快そうな声色で言葉を紡ぐ。
「まぁこんなところで死んでもらっても面白くはないしー、結果よかったんじゃない?ふあぁ……勇者にはがっかりだけどー」
離れたところ、長椅子に寝そべる女が眠そうに言う。
「どうやら帝国は勇者を御しきれていない様子。我輩等の働きあってこそではないでしょうか?さすがは誇り高き我が同士諸君!」
突然、別の男が喚きながら椅子から立ち上がる。
「静かにしろミュレー。スタネアは言葉を慎め」
「ルフは固すぎでしょー、ナディール様もいないのに誰にかしこまれって言んですかー」
スタネアと呼ばれた女はぞんざいに答える。
「……貴様のような者がいるから作戦が遅々として進まんのだ」
ルフと呼ばれた男は苛立たし気に吐き捨てた。
「はあ?ならルフの方はどうなのよ。ガキじゃないんだからお得意の『能力』でさっさとお使いくらい終わらせればどうー?」
その言葉にスタネアもすぐさま噛みつくように言葉を返す。
「俺には俺のやり方と順序がある。お前みたいに男と寝ているだけの女にはわからんだろうがな」
その後繰り返される益体のない二人の口喧嘩に、嫌々といった様子で声を割り込ませる者がいた。
「んでさぁ~。結局勇者様はどうなの?使えるの?」
4人目、今まで口を開いていなかった少女が問いかける。
「そこまではわかりませんな。まだ状況は始まったばかり、成長を見守るしかないかというのが我輩の見識ですが。してティスモ殿、我輩の研究を手伝ってくれませんか?命の補償はしますよ?」
そこでミュレーと呼ばれた男が答える。
「それは私が判断することでしょ、なんでミュレーが答えるのよ。まあ、私も同じような考えなんだけどー。ただ手綱は握れてるわけじゃないから、どう転ぶかはわからない分ミュレーほど楽観的に見守れないわねー」
ミュレーの言葉に対し、スタネアは覇気が全くないまま怒りつつも意見を言う。
それを聞いても言われたミュレー本人はどこ吹く風といった様子で気にも留めていなかった。
「そっか。まだまだ時間はかかりそうだね。なら僕達は家族を頑張って増やしておくよ。することもないしね~。あと研究は絶対に嫌」
ティスモと呼ばれた少女が答えると、こちらは効いたのか、ミュレーはしょんぼりと項垂れた。
「これで1482回目の勧誘失敗……。いったい何時になったら我輩を認めてくれるのでしょうか」
「いつまでやってもないよ。そもそも喜んでキミの研究を手伝う生物はいないと思う」
呆れた様にティスモが言う。
「それでも、それでも吾輩の研究は世の為人の為、完成させなければならないのです!ですからティスモ殿、ここはひとつ、体の半分くらいを吾輩の管理下に!いいではないですか、どうせすぐ元通り増えるのですし」
「そんなことを平然と言うから嫌なんだよ。キミこそそのゴテゴテとついたモノを外してスッキリさせた方がまともになるんじゃないの?」
ティスモが心底嫌そうに、にじり寄ってくるミュレーから逃げる。
「そこを、そこを何とか……!吾輩は吾輩の研究の為コレを外せないのでティスモ殿の要求は聞けませんが、どうか……、ん、待てよ。『元通り』、『外す』……?」
「……どうしたのさ」
突然動きを止めたミュレーに、ティスモは怪訝そうに様子を伺う。
「いや、しかし……それならば……。……成程」
何事かをブツブツと呟きながら固まるミュレーに、ティスモは再度呆れるように肩を落とした。
それらを遮るように、仮面の少女が小さく咳払いをする。
「とりあえず彼の現状はわかったわ、これなら現状維持でいいのかしら?まあ今のところは大筋以外、あなたたちの好きなように進めて頂戴。……これからもその調子でよろしく頼むわね」
その少女の言葉に4人が揃って返答し、存在が掻き消える。
「フフッ、今後が楽しみね、私の勇者様」
誰もいない仄暗い部屋に、少女の小さな笑い声が静かにこだまする。
次回からはまたカインのお話です。
彼は彼の運命から逃げる術を持ちません。