41 決着
「うむ、まいった。さすがに5人では英雄カインには敵わんようだ。表の戦いも決し、我等ももう手出しはしないゆえその刃を戻してくれんか?こんな茶番よりラーファ様が気がかりだ、早く駆けつけねばならん」
聖騎士が全員武器を捨て、降伏を表明した。
ここで退いて後ろから切られることは怖いが、帝国でもない彼らがそこまでのことをするとは思えない。
その言葉に嘘もなさそうなので押さえつけることをやめる。
「わかった、帰ったらフィムに『大事ならちゃんと目の届くところにしまっておけ』と伝えてくれ。ほんとに、心から頼む」
「……承知した。今回は借りも作ってしまったわけだ、それくらいは承ろう。では、失礼する!」
言うが早いか、聖騎士たちが武器を拾い帝国兵を押しのけながらラーファの元へ駆けつける。その気迫に押され前に立つキースもたじろいでいた。
背後の門がゆっくりと開いていく、帝国兵があわてて臨戦態勢を取り始めた。
どうやら俺の時間稼ぎは成功したらしい。
それはこの決闘もどきが始まる前に遡る――
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「ああ、それもわかってるよ。だからこそ俺一人で行くんだ。その間お前たちに頼みたい事がある――」
俺は門のほうに目配せをしながら指示を伝える。
「俺ができるだけ相手の気をひいておく、その間に3人で引き返し、味方と合流してここまで誘導してほしい」
「「へっ?」」
二人が素っ頓狂な声を上げる。マオも首をかしげていた。
「そんな、3人でなんて無茶ですよ!さっきのは英雄様が全て蹴散らしてくれていたから何とかなっていたんですよ!」
「そうです!後ろからといっても3人で200近くの敵相手にどうしろっていうんですか!」
「……むり」
3人は矢継ぎ早に反対してくる。
「それにこんなあからさまな罠にカイン様を独りで残すわけには行きません!聖騎士が5人ですよ?普通は30秒ともちません!」
「そこは俺を信じてくれよ」
さすがに30秒はもつ。どれだけ信用がないんだ俺は……。
「大丈夫だ。何も相手の集団に突撃しろとは言ってない、おあつらえ向きに後ろの門内には俺たちを誘導するために帝国兵がほとんどいない。そこをフィーとジンで死守しつつマオで相手集団を上空から攻撃し続けてやれ」
「マオさんで前線と挟撃するのはわかります、ですがその門内部を二人で守るのは現実的ではないですよ」
フィーが難しい顔でつぶやく。俺も無茶を言っていることはわかるが時間もない現状、有利に進める打開策はこれ以上出てくるとも思えなかった。
「俺もこれに関しては無茶な頼みだとわかってる、だが現状他に俺たちが取れることがない。何より俺自身がお前たちを信じている、だから任せるんだ」
「……ハァ、ずるいです。それを言われたらやるしかないじゃないですか」
「そうですね、英雄様にそういわれて頑張れないリベリア兵がいるもんですか。帰ったら友人たちに自慢してやりますよ」
フィードとジンの二人は仕方ないといった表情で、だが力強く同意してくれた。だが、
「……」
マオが黙っている。
「マオはできるか?いや、マオならできると思ってるしできないと俺も困るんだが」
「……つかれる」
突然胡乱なことをつぶやくマオ。
「だ、大丈夫か?戦い詰めで気分が悪いのか?」
「……マオだけやることがたいへん」
なるほど、言葉が少なすぎてわからなかったが自分の仕事に不満があるのか。
「それはすまないと思っているが、マオしかできないことなんだ。どうにか頼む」
「……じゃあ、ごほうび」
「お、おう、わかった。この戦いを無事に勝って終わらせれれば飯でもおごってやるよ。それでいいか?」
「……ゆるす」
深く頷きながら許してくださるマオさん。許されなかったらどうなるんだ……。
「カイン様?まさかマオさんだけ、なんて薄情なことは言いませんよね?」
フィードの笑顔が怖い。その横でジンもこちらをチラチラ見ている。
生死にかかわるような場なのにどうしてこんなに余裕なんだこいつらは……。
肝が太いのか、それとも緊張が故なのか。前者なら俺以上の胆力だと認めよう。
「わかったわかった、お前らまとめて連れてってやる。そのかわりなんとしてでもやりぬけよ」
3人はそれぞれ力強く返事をした。
その後、決闘が始まると同時に俺が使った闇魔法に紛れ、3人が行動に出た。
相手に気づかれないように闇魔法で3人の虚像をおき、認識をずらす。戦いが始まるまで維持すれば、あとはこちらの戦いに釘付けにしさえすれば騙しとおせるだろう。
これで何とか時間を稼ぎ、俺の勝敗にかかわらずこの砦を落とす。
それこそが本命だった。
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「そんな馬鹿なことがあるか……こちらのほうが数が上、その上で砦まである戦場だぞ……!聖都の騎士を借り受け、勇者まで投入したこの状況で負けるなど万に一つもありえてはならない!!」
サミュエルが狂ったように叫んでいる。前線を制圧したリベリア軍がこの広場に雪崩れ込み、場は乱戦の様相を呈していた。
実際彼の言っていることはその通りなのだが、事実としてリベリアが砦をほとんどを掌握しきっていた。
「ありえんありえんありえん!どこで、どこで間違えた?!いや、私は間違えてなどいない、勇者のガキが、聖都の雑魚共が、前衛の腰抜け共がおかしいのだ……!!私の策に隙などなかった!」
サミュエルは叫びのような呟きをもらしながらレイピアを抜き襲い掛かってくるリベリア兵を返り討ちにしている。
指揮だけではなくそれなりに戦えるようだ。あのそぶりからはそんな印象はまったく受けなかったが、腐っても帝国上級騎士といったところか。
「……あー、俺が言うのもなんだが、穴しかないだろ?何よりその勇者をお前が使えてないじゃないか」
カインは指揮が判然としない中混乱している帝国兵を押し退けながら、我慢できずについ口を出してしまった。
「英雄、英雄カイン……!貴様が勇者を誑かしたのだろうが!!今までは従順な帝国の僕であったあのガキをっ!貴様ら弱小国が汚い手でわが帝国の王道を汚し、あまつさえ邪魔立てするとは……!」
思ったとおりこちらに矛先が向く。彼がこちらの話が通じる状態でないこともわかった。
「許さん、許さんぞ……!今回の借りは必ず返させてもらう。私の命をかけてでも必ず貴様を地獄に落としてみせる……!!」
怒りに塗りつぶされた眼でこちらを睨み、捨て台詞を言うとサミュエルは翻った。
「撤退だ、砦を放棄し一時聖都まで撤退する!キース、貴様の部隊が殿を勤めろ。最後くらいは役に立て!」
その号令を聞き混乱していた帝国兵が一部を残して一斉に後退していく。
残された兵も防備を固めじりじりと退却していった。
「追うな、こちらの作戦は現時点で完遂している!リベリアの勝利だ!!」
いつの間にか近くに、ボロボロになりながらもしぶとく生き残っていたジェイドが叫ぶ。
残ったリベリア兵も勝利に高揚し、雄たけびを上げ始めた。
「なんとかなったか……。正直最後は生きた心地がしなかった」
その場でへたり込むとそのまま地面に体を預けた。疲れすぎて動きたくもない。
聖騎士5人と単騎で決闘なんてもうごめんだ。相手はああ言っていたが、ラーファが大きな隙を作ってくれていなければジリ貧になっていたのは俺の方でもあった。
ユカリがそのまま参戦してきた場合はそれこそ死すら覚悟をしていたわけだが、幸いにしてそうはならなかった。
「カイン様!!無事でしたかっ!?」
フィードたちが俺を見つけ駆け寄ってくる。
「おー、お前らも無事だったか。こっちもなんとか首の皮一枚でつながったよ。お前らのおかげだ」
疲れた腕を上げて答えると、フィードはその手を強くつかんだ。
見ると3人もそれぞれ傷つき消耗しきっていた。
俺自身もかすり傷や軽い切り傷が多く、節々が痛いが戦いが終わった安堵感で気にならなくなっていた。
ここまでやって聖騎士に傷一つつけれていないなんて俺の英雄としてのプライドが折れそうだ。
「……もうこんな無茶はしないでください。自分たちの命を大切にしてくれているのは嬉しいですが、そこにご自身の命も乗せてください。信用してくれているならなおさらです」
ジンが珍しく強い口調でこちらに投げかける。
フィードは涙目で頷き、マオもつかれきった眼で座り込みこちらを眺めていた。
どうやら一番仲間への負担が少ない選択を取っていたこともバレてしまっていたらしい。さすがにあからさま過ぎたか。
なんとか上半身を起こし、3人に向き直る。
「わかった。すまない、反省する。俺もお前らを預かってるのと同じようにお前らも俺に預けてくれているわけだよな。何より俺自身がお前たちに信用されたい」
そう言うとフィードが強く抱きついてきた。
「絶対、絶対ですよ!次ぎこんなことがあったらもう書類仕事手伝いませんからっ!」
涙声になりながら言うフィードの頭に手を置き、澄み渡る空を仰ぐ。
風前月の終わり、中月を目前に控えた頃。
帝国とリベリアの今後を大きく左右するマイト砦の戦いはリベリア側の勝利と終わった。
この戦いによりリベリアは帝国に占領されていた自国領土を奪還、帝国周辺諸国で初めて帝国の侵略を押し返すという偉業を成し遂げた。
それにより帝国による苛烈な侵略は一時収まり、それに怯えていた他の小国はつながりを強めていくことになる。
奇しくも歴史の中心になってしまった勇者と英雄、彼らの選択が今後の国、ひいては世界の命運すら左右していくことに彼らは気づいていない。
これでリベリアと帝国の戦いはひと段落します。
と言っても、帝国はリベリアを諦めたわけではありませんし、ほかの国への侵略も止めません。
カインとユカリの運命が大きく動きます。