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ヒーロー×ブレイブ~世界を救った英雄は静かに暮らしたい~  作者: 橋藤 竜悟
第一章:帝国編 第一部一節 帝国の勇者
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03 英雄の戦争

 あれから、城に戻り情報を整理した結果――。

 どうやら、あの場に帝国軍は俺が出会った4人組しかいないことがわかった。


 少人数どころか小規模冒険者みたいな数だぞ……それにここまでかき回されるとは。


 城に帰って駐屯地で倒れている兵士の回収を頼むと、俺は国境周辺の状況がわかるまで待機ということになった。


 議会に報告しないといけない事案も多いが、正直疲れている。

 後で書類にまとめて提出で許してもらいたい。


 あのユカリたちの、独特なテンションについていけなくなっている自分に絶望感も覚えつつ……俺はあてがわれた執務室へ戻ってきた。


「はぁ……」


 大きなため息をつき、ソファーへ腰を下ろす。

 すると書類の横に暖かい紅茶が置かれた。


「お疲れのようですね」


 いつの間にやらフィードが俺の隣に立ち、処理が終わっていない書類も紅茶と合わせて並べ始めた。

 できれば今は何も考えたくないのだが……。


 気が付くと窓の外は暗くなり始めており、帰ってから結構な時間が経っていたようだ。


 すぐに書類仕事をやりたくなかった俺は、現実逃避気味に横目でフィードを観察することにした。


 フィードの見た目はエルフらしく整っており、あのサラとかいう残念とは違い、体付きも良く身長も高い。

 ダークエルフらしく、肌の色は小麦色で綺麗な銀髪をアップで纏めている。

 眼鏡をかけているのも相まってか、見た目だけならクールな敏腕秘書そのものだ。


 ――そう、見た目だけなら。


「まぁな、20代後半はもう20代じゃないんだな……。これが歳ってやつなのか」


 そうぼやきながらフィードが淹れてくれた紅茶を一口飲む。

 ――瞬間、口内にゲル状の何かが入ってきて俺は勢いよくむせた。


 思わずカップを見ると、明らかに入れ過ぎた砂糖によりゲル状になってしまっている紅茶がそこにはあった。


「なぁフィー……お前は俺を病気にしたいのか?」


 フィードの考えていることがわからない。

 長いこと秘書をやってもらっているが、いまだに理解できない部分がある。


「疲れた時には甘いものと、先日料理長さんからお聞きしたのです。なので頑張って紅茶の範囲で最大限甘くしてみました!」


 片手で眼鏡を持ち上げながら自信満々といった表情のフィードに内心ため息を吐いた。

 彼女は加減を知らない……どころか、常識を疑うしかないということが多いのだ。

 そして俺には常識や加減というブレーキを放棄してくる。


 ……悲しいことに、もう慣れてしまったことだが。


「それにしても一体何があったんですか?カイン様がそこまで疲れている姿は初めて見ましたが」


 うーむ、ここは素直に話すべきだろうか……。


「あぁ、そうだな。帝国の言い分だが、俺は魔王と結託して世界征服しようとしているらしくてな……」


「はい?」


 突然よくわからないことを言い始めた俺に対し、きょとんとした顔でフィードがこちらを見る。

 しかし、ふと何かに気づいたように、急にしたり顔になった。


「ふふふ、カイン様の嘘にはもう慣れました。騙されませんからね!」


 残念ながら嘘ではない。

 嘘ではないのだ。

 そもそも俺が常習的にお前に嘘をついているようなニュアンスで話すのを止めろ。それが嘘だ。


「しかも国境警備を食い破り、王城近郊に侵攻してきたのはたった4人の仕業だった」


 自分で言っていることだが、正直言って現実味がない話だと思う。


「またまたー」


 笑いながらフィードは否定しつつ、新しい紅茶という名の兵器を精製にかかる。

 なんとか止めさせなければ……!


「そして俺では勝て――もう少しのところで逃げられた」


「チッチッチ、何でも言わせないでください、フィーはもう大人ですからね、騙されませんよ!」


 彼女はエルフなので俺よりかなり年上だ、確か今年で四捨五入して200歳と言っていた気がする。どこで四捨五入したのかは不明だが。

 ただ、精神まで大人かと聞かれると……とても難しい。

 エルフの成人年齢はいくつなのだろう……。


「フィーならそう言う――というより誰から見ても信憑性が低そうだと思ってな、ちゃんと書類も用意してある。しかも、魔印入りだ」


「え?なんで……う、嘘なんですよね?」


 これはフィードだけに限った話ではなく貴族や王族に対してもだが、ただ報告しただけでは信じてもらえない可能性があった。


 ここで役に立つのが魔印だ。

 これは本人の魔力の波長を印として残すもので他人が模倣することは絶対にできない。


 つまり、魔印入りの書類とは『内容に全ての責任を持つ』証左でもあり、偽造をする場合は俺を脅すか操るかしなければならないということだ。


 無論、この国に俺を脅せるやつも操れるやつもいない。

 だからこそ真実として受け止めてもらえるだろう。


「も、もーダメですよそんなにからかっちゃ、ハハハ……もうリベリアはおしまいです……」


 衝撃的な事実に流石のフィードも死にかけた表情をしている。

 ……さすがにフォローをするべきか。


「落ち着け、全てが悪いことばかりでもない」


「……どういうことです?」


 あ、目に光が戻った。


「俺が到着した時には先行させていた駐屯部隊は全滅していたが、誰一人死人はいなかった。俺と戦ったときも帝国とは思えないほど素人のような動きだったしな」


 これは事実だ。

 いくら時空間魔法のような奇術で戻されようと、あの剣筋じゃ眠ってても当たらない。

 仮に当たったとしてもあんな鈍器のような大剣で俺を倒すことは不可能だっただろう。

 ……たぶん。


「でも素人じゃ、カイン様から逃げられませんよ?」


 フィードは訝しげな表情でこちらを見る。


「戦いは素人だが、どうも相手は時空間魔法の使い手らしい」


「時空間魔法って……おとぎ話で出てくるあれですか!?」


 フィードは驚きつつ声を上げた。

 時空間魔法は遠い大昔に、世界を滅ぼす魔獣を倒した勇者が使っていた魔法だと言われているが、フィードが言った通り、歴史というより神話……おとぎ話の類だ。

 驚くのも無理はない。俺も実際に見ないとその可能性すら考えなかっただろう。


 そもそも魔法というものは魔力を使い事象を為す方法を指す言葉であり、その全てが魔法という体系で干渉できるものだ。


 属性魔法は火水風雷の四種と特殊属性である光と闇を操る魔法で、魔力を干渉させ効果を成すものであり、時や空間そのものなどの概念に干渉することなどできない。

 一番近い特殊属性でさえ、思考能力を低下させ洗脳に近い状態にすることが関の山だ。


 無属性魔法はそのどれにも属さないものだが、例えば少し離れた物体を動かす等、その多くは人の手でも再現でき、大きなものや強い力を与えるなどはできないものの総称だ。


 つまり、時や空間そのものに干渉する魔法など本来ならありえないものなのだ。

 俺も以前の戦争を知らなければありえないと断じただろう。


 一応、俺が詳しく知らない魔法の中に精霊魔法という物があるが、精霊魔法を操れるのは精霊のみだ。

 そして、精霊は15年前の動乱の中で滅びてしまった。


 ユカリが精霊である可能性はゼロに近いだろう。


「実際にこの目で見た。原理は全くわからないが物や人が気づけば数瞬、下手すれば数刻前に戻されることがある。普通の現象じゃない」


「そんなの反則じゃないですか」


「まぁ、やりようがないってわけじゃない。そこも含めて報告するつもりだが……」


 どうもあの少年はまだ何かを隠している気がするのだ。

 長年冒険者を続けていた俺の勘が警告を告げている。


「また戦争が始まるな……」


 帝国の事やユカリの事――これから起こるだろう問題の数々を想像し、その日は陰鬱な気持ちで眠りについたのだった。




 ****




 時期は1週間ほど過ぎた頃。

 ユカリたちの進撃の後、遅れて聖都が帝国と同盟を結んでいたことが公表された。

 できればもっと早く公表していただきたかったが、そんなこともいっていられないほどこちらは切迫している。


 以前から戦端を開いていた周辺諸国も徐々に帝国が平定していったようで、リベリアの一部隣国は帝国領となっていた。

 その平定から間髪いれずにリベリア侵攻に乗り出したらしく、情報が錯綜しリベリアがかなり後手に回ってしまった形になる。


 帝国から北に広がるユルガン山脈国とルブド連邦は地形のおかげか侵攻は受けておらず、この事に静観を決め込んでいる。こちらの支援などは見込めないだろう。


 他の周辺国についても似たようなものだ。


 南にあるエレミス大森林の中、樹都市ルフスはエルフの大規模な都市であるが、エルフ自身が閉鎖的なため有事に協力を得にくい。

 基本的に自分たちに火の粉が降りかからない限りは、動きはしないだろう。

 現在特使を向かわせているが、戦力としての協力関係は難しい。


 ルブド連邦手前に位置する学術都市もまた政治戦争に興味がない賢者とその弟子学生の集団都市だ。

 集合体として成り立っているが国などの行政はほぼなく、ただ探求の為集まった変人集団というのは有名な話だ。

 そもそも戦場を大規模実験場としてしか見ていない節があるほどの破綻した集まりなので、救援などを頼むほうが滅亡につながりかねないほどである。


 未だ帝国の侵攻を受けていない帝国領近隣国は砂都アレーナだが、ここはリベリアから見て帝国のほぼ反対側で、かつスタージア砂漠に挟まれているので、協力を得るまでどれくらいかかるかわからない状態だ。


 このようにリベリアは大変厳しい状況に追い込まれている。

 いくら救世の英雄がいたところで、当たり前だが圧倒的な数には勝てない。

 一人でひとつの戦線を支えたところで包囲されればそれで終わりなのである。


 しかも俺ですら攻めあぐねるような戦力まで出てきてしまった。

 正直他周辺諸国もあいつが平定してしまうであろうことが簡単に予想できる。

 あの子供一人でこの国の未来はどうとでもなってしまうのが現状だ。




 帝国の宣戦布告を受け、リベリアでは急遽議会での部隊編制と今後の方針のための会議が連日行われている。

 その会議で俺はほとんど座っているだけの置物と化していた。


 なにせ元々ただのなんちゃって冒険者が行く先々で問題解決を頼まれ続け、それを必死に何とかしていたら勝手に名前だけ一人歩きした挙句、いつのまにか国に世界に担ぎ上げられたのが俺である。

 だから難しい政治の話なんてわかったもんじゃないうえに、軍部の話でさえ5人程度の小集団での戦闘しかこなしてこなかったのでピンとこない。


 一応肩書きとして「戦闘特別教官」なんていう正直よくわからない物をもってはいるが、俺が教えれることは戦闘止まりで大規模戦術や戦略などは素人も同然なのだ。


 そんな俺がこんな会議に出席していても先日ユカリにおちょくられたことを議会に話すくらいしかやることはない。

 できればあんなことをもう二度と思い出したくはないのだが、そのまま議会を放り投げれるほど豪胆な精神力も持ち合わせていないため、議会を飾るオブジェとしての仕事に邁進しているのである。


「カイン様、この流れはまずいですよ……!」


 フィードが声をかけてくれているが、さも何か深い思想を行っているように見せつつ虚空を見る作業を行っている俺はすぐに反応ができない。

 そしてここで遅れて反応すればこの作業がバレそうなのでそのまま無視することにする。

 あ、少し脹れた。


「英雄殿はそれでいかかでしょう?」


 議長に話しかけられた。

 やばい、虚空を見る仕事に従事しすぎていて全く聞いていなかった。


 焦って考えるフリをしながら会話の前後を推理していると、


「遊撃隊を任せたいとのことです。会議中ですのでちゃんと話を聞いてください」


 とフィードが耳打ちしてくれた。

 ありがとうフィード様……!やはりうちの秘書は最高です!

 この際小言は受け入れる、実際俺が悪いし……。


「大丈夫だ。小数で動くのなら俺も力を出しやすい、引き受けよう」


「おぉ、さすが救世の英雄殿、引き受けてくださるか!これで王子の面子も立ちます。では要請のあった聖都国境付近の町トントを現地の自警団と合流して開放まで導いてください」


「わ、わかった」


 そんなの聞いてない……!

 横目でフィーを睨むが、さもこちらが悪いという風に無視された。


 聖都付近の一部農村が帝国軍占領下にあることは聞いていたが、それを俺と少ない遊撃隊員、機能してるかもわからない自警団で取り返せなんてハードワークすぎる。

 戦時下でもなければこんなことはしない、特別手当がほしい……。


「ではそのように頼みます。軍部の中から遊撃隊にはそれぞれ志願者を募り、その中から腕の立つものを3人選出しておくので隊員を確認しだいトントへ出立を」


「了解した。では準備のため先に失礼する」


 そう告げて、議場を後にする。

 しかも3人追加で俺含めて4人なのか……遊撃隊とは名ばかりの突撃兵かなにかでは?俺一人ならどうとでもなるが、他の奴らは保障できないぞ……。


 やっと暇な会議から抜け出すことができたが、この先の仕事のほうが憂鬱である。

 もっと後ろで座ってるだけのポジションがよかった……。




 準備を済ませ、隊員確認のため城内詰所にむかう。

 できるだけ波風立たないメンバーがいい。主に俺を元とかオッサンとか言わないやつがいい。さすがに上官にそんな事を言うような奴はいないと思うが。


 なにやら詰所方面が騒がしい、またどこかの駐屯地が攻められて再編成に奔走しているのか。

 そんなことを考えながら詰所に入ると、とてつもない人だかりができていた。


 祭りでもやってるのかというくらいの賑やかさ。しかし騒ぎにまぎれて喧嘩のような怒号も聞こえてくる。

 そんな室内を編成の報告が来るまで端の机で待っていると、集団のうち一人がこちらに気づき「カイン様がきたぞ!」と声を上げた。


 そのとたん、いきなり周りを囲まれる。


「オレを隊に入れてください!」

「私の魔法が最強です!」

「絶対に足を引っ張ったりしないのでお願いします!」

「おいコラ!抜け駆け無しだっていっただろ!」

「握手してください!」

「結婚して!」


 なんか変なのも混じっているが、どうやらこれが全て遊撃隊の志願者のようだ。

 どこからか俺が隊長を勤めると聞いて混乱が起きるほど人が集まってしまったらしい。

 自分の人望がまだ息をしていることにホッとしつつ嬉しくもなるが、この状況を何とかしないと任務の前に圧殺されそうだ。


「お、落ち着け!この編成に俺はかかわらない!完全な実力主義だ!まて、押すな!引っ張るな!」


 すると受付から、


「志願者が多くなりすぎたため場所を訓練場に変えます!志願者は自身の装備を持って訓練所に移動してください!」


 その声を聞いてようやく周囲の人だかりが流れ始め、開放された。


「あ、あの……握手お願いできますか?」


 一人、エルフの男が残りこちらに握手を求めてきている。


「おう、それくらい構わんが、いいのか?もう皆行ってしまったぞ?」


「握手がもらえたらすぐに行きます!」


「そうか」


 握手をしながら、こんなので大丈夫なのかうちの兵は。と内心不安に思いつつ、よく考えたらこいつらの訓練を受け持ってるのが自分だったことに気づき自業自得という言葉がよぎる。


「ありがとうございます!では行ってきます!」


「おう、期待してるぞ」


 適当に声をかけつつ見送ると彼はスキップしながら立ち去っていった。

 本当にこいつらの中から選出して大丈夫なのか?さすがに俺だけの責任ではないだろコレは……。

そもそも4人で別動隊とか、死ぬのでは?

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