02 帝国の勇者
「お前は一体……?」
その問いかけに子供は少し考え、ハッとしてから。
「え?あっ……あの、すいません。英雄――じゃなくて、元英雄のカイン・リジルさんの場所を知りませんか?」
なぜわざわざ言い直した。
しかし俺を探していて、かつ俺を知らないとなるとこれはどうやら悪い状況のようだ。
「……質問よりも、まずは名乗るのが先じゃないのか?」
ここは相手にしゃべらせるのが上策だろう。
あえてそう返すと、その子供は面食らったように、少し慌てて話し始めた。
「えぇと、僕は『窓香 縁』っていいます」
ユカリと名乗った少年はどこかオドオドした様子で言葉を続ける。
マドカ ユカリ?珍しい名前だ。
しかし、この子供にこの数の兵士が負けるとは思えない。
何か見たこともない魔法を使うと聞いたが、一度試してみるか……。
「実は戦争を止めるために、元英雄さんを捕まえに――えっ!?」
できるだけ気づかれないように足元の石を拾い上げ、軽くユカリに投げつける。
ユカリはそれに寸前で気づき驚いた表情を作ると――瞬間、石は虚空へ消えた。
見間違いではない、ユカリへ向かって投げた石が彼の手前で消えてしまった。
「ま、まだ話してる途中だったのに、なんてことするんですか!?」
ユカリは石を投げつけられたことに怒っているようだ。どうやら状況を理解していないらしい。
しかし、どういうことだ?
ユカリは驚いていただけで、少し身じろいだだけで腕も動かしていない。
だというのに石は消えてしまった。
警戒を強めると同時に説明のつかない違和感に気づく。
その違和感に従い、右手を見てみると、そこには先ほど投げたはずの石があった。
……これは冗談がきつい。
時間魔法など高位の魔法は準備も詠唱も尋常ではないくらい必要で、魔力も大きく消費するため気づかないわけがない。
無論、短縮用の魔道具などを使った魔力の流れすら感知できなかった。
「ハッ、魔力を使わずに時を戻すとは。まったく、馬鹿げてるな」
動揺を隠し切ることができず、独り言のように現実を吐露する。
これは油断どころか、手加減もできないかもしれないな。俺は剣を抜き、構える。
それを見たユカリは少し驚き、どうやら覚悟を決めたらしい。
「……手加減をする自信はないですけど、気絶してもらいます!」
ユカリが剣を構えたのを見て、こちらは即座に右から踏み込む。
あいつは不釣合いなほど大きい剣以外は何も持っていない。
その剣を自身の左に置いている時点で、剣戟での空白が生まれていることにユカリは気づいていないようだ。
そもそもあんな獲物でどう戦うんだ?自身の身の丈より大きな、鉄の塊のような大剣なんてもの……。
持っている限りは多少扱えるのであろうが、形だけとしか思えない。
そんなことを気にかけつつ、即座にこちらが有利な土台を作り、反応される前に懐に飛び込む。
剣の柄に手をかけ、居合いのように即座に抜きながら切りつけた。
だが、その剣は鞘から抜けなかった。いや、抜いたはずが鞘に戻っているのだ。
「クソッ……!」
他にも数パターン、さきほどのことを踏まえてこのような状態になることは危惧していたが、実際になると困惑する。
相手は埒外の力を行使しているとしか思えない。
それを見て、ユカリがようやくこちらの動きに合わせ、回転するように剣でなぎ払ってくる。
相手の間合いから有利な位置で切り込んだにもかかわらず、強制的に後れを取らされた俺はそれをすんでのところで後ろに飛びのき、回避した。
……危ないところだった。
奇術に警戒していたが、それ以上に、あんな速度で鉄塊のような大剣を振り抜いてくるとは思わなかった。
時間が戻るような奇術だけでも十分驚いたが、ここまで来るとバケモノにしか思えなくなってくる。
この子供一人に駐屯部隊が全滅させられたことも、今では納得できる。
動揺しながらも、剣を振り切ったユカリの懐にもう一度一足で潜り込み、無力化するためにそのまま腕を剣でなでようとした。
だが、ユカリはそれを篭手だけではじき返してしまった。
話を聞くため致命傷にならないように加減したとはいえ、勢いを乗せて振るった剣を篭手だけですぐさま対応される様は、異様としか言い様がなかった。
そうこうしているうちに、ユカリの大剣が真上から振り下ろされる。
それを前回と同じように後ろへ飛んで避けると、
「リバージョン!」
今度は飛ぶ前に俺の位置ごと戻された。
だがここまで同じ手を見せられていたら対応もできる。
俺は相手の大剣を予め準備していた剣で受け止めた。
――が、受けたにもかかわらず、俺はそのまま地面を滑るように吹き飛ばされることになった。
何とか体勢を立て直し、剣を構える。
受けた側の腕が痺れている、連続どころか数回打ち合うこともできないのか。
体制が悪かったとはいえ受けた攻撃がここまで響くとは……。
「こ、殺す気ですか!?」
一方、ユカリは焦ったように身構えていた。
何故こんな状況も見えていない奴に、俺がここまで押されているんだ……?
しかしあの奇術、能力はなんとなく予測がつくが原理も発動予兆もわからない。
ユカリの攻撃も当たるとは思えないが、このままでは俺がジリ貧になるな。
なら、方法を変えよう。
「……お前、今自分が何をやってるのかわかってないのか?」
「何って……僕は悪い元英雄を倒すんです。そうしなきゃ皆が……犠牲が増えるだけなんです!」
ん?悪い元英雄?
「貴方も騙されてるんです!僕が全部終わらせます!だって僕は――」
あぁ、コイツが何でこんなところにきたのかなんとなくわかった。
俺のことをその“元英雄”だと気づいていないあたり正解だろう。
きっとコイツはとんでもないバカか、とんでもないお人好しなのだ。
前者であることはないと祈りたい気分にさえなる。
「じゃあ聞くが、その“英雄さん”は国が動くほどのどんな悪いことをやったんだ?俺はいまいちそこのところを知らなくてね……。教えてくれたらここを通すのもやぶさかではないが」
俺は俺が知らないうちに何をやっていたことになっているのか。それで彼の理由を知ることができる。
冒険者時代の恨みつらみはあるかも知れんが、さすがに帝国に喧嘩売るようなバカはやったことがない。恐らくだが。
まぁ十中八九帝国の難癖だろうが、そこからつついていくほうがコイツにはいい気がする。
「あの、最初から説明すると……えっと、リベリア王国は魔王を復活させようとしているみたいで――」
………………?
……は?
「は?」
声に出ていた。
「それで、今は元英雄の人が魔王復活を目論む悪い人になってるんです!魔王の味方をして世界を滅ぼそうとしてるんです!」
いやいやいや、えっ?ソレダレ?オレ?
突っ込みどころありすぎだろ、ってかその再編する魔王軍壊滅させたのは誰だ?
その英雄だろ?二度手間だろ……。
思わず頭を抱えたくなった。
「ちょっと待て、その情報に根拠があるのか?」
「はい、帝国の偉い司祭さんがそう言ってました」
呆れや怒りよりも、脱力感のほうが勝ってきた。
その司祭をここにもってこい、殴ってやる。ってかなんで司祭がそんなこと知ってんだよ……。
これが精神攻撃なら大成功である。むしろ、そうだと言ってほしい。
「だから、そこをどいてください!僕はできれば戦いたくなんて無いんです!」
そっくりそのまま返してやりたい。
あまりに予想外だった発言のオンパレードにどう答えるか悩んでいると――生い茂った茂みからこちらに近づいてくる足音に気づいた。
数は3人、音の方向、軽さからあちらの増援だと察することができる。
少し身構えると、音の主が何の警戒もなく現れた。
「や、やっと追いついた……」
草陰から息が上がった少女がでてくる、彼女はユカリを見つけると一目散に駆け寄り、問い詰め始めた。
「さ、サラ?なんでここに――」
「あんた!!!ほんっっとうに、何考えてんのよ!!!」
息切れしながらも肩を怒らせ、金髪の少女はユカリに詰め寄った。
その少女はユカリよりも頭一つ分小柄で、髪は短くまとめており、その顔は遠目でも整っていることがわかる。
……子供が増えた。
「だ、だって仕方ないじゃん!サラもクリスさんもわかってくれないからっ!」
「わかってくれないってなによ!あたしはあんたに何も言われてないわよ!!!」
ユカリに『サラ』と呼ばれた少女は怒りの形相で言葉をぶつけていた。
そんな光景を呆然と眺めていると、サラの両耳が人間に比べ長いことに気づいた。
あの人形のように整った顔、金髪、碧眼、長い耳とくれば恐らくエルフだと思うが……子供のエルフがこんな場所にいるわけがない。
常識的に考えるならエルフ似のホビットということになるが、そんなやつ見たことないぞ……。
こちらの混乱をよそにサラはますます目を吊り上げてユカリに詰め寄っていく。
「いいから、もう放っておいてよ!」
「放っとくわけないでしょ!死んだらどうすんのよ!」
目の前で展開される口論に俺の現実がついていかない。いったい何が起こっているんだ……?
そこにウェーブ状の長い髪をした女の子が焦ったように駆け寄ってきた。
「け、喧嘩はダメですよぉー!」
この少女もサラに負けず劣らずの美少女ではあったが……また子供だ。なんだ?人攫いのアジトでもこの辺にあったのか?
俺はそんな見た目とともに、少女が着ている“シスター服”に驚いた。
白をベースに青と金の刺繍が入っているその服は一目で高級品だとわかる代物であり、間違っても戦場のど真ん中で見る類のものではない。
あの意匠は聖都のシスターか?まさか戦場でシスターを見るとは思わなかったが。
ともあれ、このシスターのおかげで聖都がどういう立ち居地を取っているのか判断はできた。
これはまずいことになっているかもしれない。
「縁殿、サラ、落ち着いてください。話し合いは後にするべきです!」
シスターと共に現れた帝国製の鎧に身を包んだ燃えるような赤髪の少女がこちらを見据えた。
その少女の身長は男並みに高く、切り揃えられた前髪に切れ長の瞳と見るからに威圧感がある。
ようやく帝国兵のお出ましかと思い、目を向けると鎧に刻まれた騎士証と家紋が目に入る。
あの家紋は、確か帝国で代々騎士を務める古株の貴族のものだ。
しかも、鎧を見るにあれは上級騎士……結局、“こんな場所”にいる意味がわからない人物だ。
「……何で、きたのさ。もう、着いて来ないで」
「いえ、そういう訳にはいきません。縁殿が何に怒っているのかは知りませんが、私は護衛騎士ですので」
どうやらまだ話し合いは続くらしい。
もうそれをするなら帰ってやってほしい。敵対した人間を見届け人にしてする行為ではない。
それをおとなしく見守る俺も俺だが。
それにしても高位の指揮官である上級騎士がユカリの護衛騎士を名乗るとなると、これは思った以上に厄介な状況なのかもしれない。
このポンコツは帝国で上級騎士並みの地位または扱いがあるということだ。
「『もう、着いて来ないでー?』はっ、弱いくせに調子乗るんじゃないわよ!」
何?コイツはユカリより強いのか……?
なんなの?そんなバケモノが複数出現するとか、帝国にいったい何があったんだ?
「――光よ、彼の者らに祝福を与え給え!詳しい話は後にして、今は目の前の事に集中しましょう!」
突然詠唱をはじめ、シスターが他の3人に強化魔法を施す。
どうやらまだ戦う気はあるらしい。律儀に待ってはやったが、正直今のうちに逃げたほうがよかったのではないかと後悔していた。
「あのおじさんを倒すまでだよ」
「それは難しいかと思います。あの方は、魔人殺し――我らが探していた英雄『カイン・リジル』その人なのですから」
……さすがにバレるか。そりゃ上級騎士すら俺のことを知らないなんてないよな。あったら俺が泣く。
「はぁ!?あ、あの“おっさん”が英雄カイン!?嘘でしょ!?」
「本当です。子供の頃に拝見したきりでしたが、間違いなくあの方です」
実際に帝国にも数回言ったことはある。大体は面倒な政治競争の“話し合い”だったが、その時にこの娘とは面識があったらしい。
あと“おっさん”とか面と向かって言うな。俺だって傷つくんだぞ。
「輝くような好青年は!?まるでエルフのようなって記述は!?」
「サラのは絵本ですから……間違いなく、誇張表現でしょうね」
なんだそれは?俺の児童書が本人の認知しないところで勝手に出版されているどころか、そんな表現になってんの?
これは実際の俺が冴えないから物語として盛り上がらないって理由でやられた嫌がらせか?そうだな、そうに決まってる。
そうじゃなければ、俺がこんなところでこんな身に覚えないことについて糾弾される理由がない。
これが精神攻撃で、相手の策略なら完璧だ。俺の心は戦闘以外の雑念が渦巻いてカオスとなっている。
こちらがこの状況をどうしようかと考えていると、ユカリは決心したようにこちらに剣を構えた。
「絶対に負けないよ……世界を救って、僕は『勇者』になるんだから!」
そう叫びながら地面を蹴り、大剣を振り上げてくる。
光魔法で強化されたユカリは速く、一瞬のうちに間合いを詰め、自分の剣が届く位置まで肉薄していた。
「チッ、勝手に騒いで、好きに始めやがって……!」
紳士に待っていた俺が馬鹿みたいじゃないか。
俺はたまらずそう呟き、見え透いた攻撃を躱すため横へ飛ぶ。
しかし、その行動はユカリにより戻されてしまった。眼前に刀身が迫る――。
「ッもう、その“手品”は通用しないぞ」
最小の動きで体をずらし、大剣が俺の体をかすめ地面にたたきつけられた。
こうなることも予想済みだ。正直ユカリのやり口は何度も見た。彼は攻撃をあてるのではなく、あたる位置に相手を固定するために術を使っている。
あとは防御の為にしか使わないという徹底的な守りの体制だ。
それは確かに勝つことを目的としたら脅威だが、わかってしまえばこちらも負けることはない。あとは単純な体力と経験の勝負になる。
このまま彼の無防備な体に一撃お見舞いするのは簡単だ。
だが、現状は1対1ではない。確実にユカリの仲間が彼をサポートをするために動いてくる。
「あぁ、もう!世話が焼けるわね!――火焔よ、我が敵を焼き尽くせ!」
その様子を見て、即座に少女が魔法を詠唱する。その年で中級魔法を簡単に詠唱してくるのか……!
瞬間、俺は巨大な火柱に飲み込まれた。なんだこれは、中級どころかほとんど上級のような勢いと魔力だ。
「くっ、さっき吹いていたのは冗談じゃないってことか……!」
だがやり方は素人だ。こんな魔術の使い方では、瞬時に相手は殺せないうえ魔力の無駄だ。
「――海嘯よ、我が身を守る盾となれ」
そう詠唱すると、カインを包む膜が現れた。それがじりじりと薄くなると共に、周囲の火柱も弱くなる。
「迫力はあったが、あの“クソ野郎”に比べたら威力不足だな」
残った炎を剣で切り伏せ、魔力を補填する。やはり魔力量だけ見るとユカリの手品とどっこいだな。
この状況を見て、ユカリ達は怯んでいた。どうやらかなり自信があったらしい。
ここが抑え時か……!
「それじゃあ、こちらも行かせてもらうぞ」
そう言いながら剣を構え、ユカリの方へ駆け寄る。そこには怯え、泣き出す前のような表情の子供がいた。
「ッ!!」
ユカリの表情を見たとき、あの時の景色がちらつく。もう終わってしまった、あの燃える村が。
その光景に、俺の腕は動かなくなっていた。
瞬間、ユカリ達は煙のように掻き消え――
「……嘘だろ」
今まで激しい戦闘が繰り広げられていたことが嘘のように周囲は静まり返っている。
あれだけ騒がしかった子供たちはどこを見回してもいない。
一瞬現実を疑ったが、自分の周囲が焦げつき、くすぶっているのを見て白昼夢の類ではないことを確信できた。
「くそっ、どうなってやがるんだ」
俺が考えていた以上に、あの子供たちの力は強力らしい。
忌々しく彼らが消えた場所を見やり、頭を振って混乱する思考を切り替える。
間違いなく、次からの戦場ではあいつらとまた会うことになるだろう。
そんな、これからのことを考えるとあまりに憂鬱で……。
さっさと隠居しておけばよかったと、俺は深くため息をついた――。
こちらのお話は縁と出会うところから始まります。
勇者とは違う目線で戦争と世界の運命に向かっていくので、ついでに応援くださいませ。