18 盗賊制圧戦
夕暮れ時、あたりが赤くなるころにカイン達は洞窟の入り口に到着した。
盗賊は残り7人、こちらの倍くらいの数だが経験と力量が違うので数はハンデにならないだろう。
注意しなければならないのは、残り3つはあるであろう魔装具だ。
先に回収できた短剣のような粗悪品であれば大きな問題ではないが、これがもし上級兵に配備されるような代物であったら、相手のホームで戦うことも含めてさすがに3人ではきついかもしれない。
わかっていることは、盗賊団のリーダーが持っている魔装具はサーベル型だということくらいだ。
武器であるから必然的に使い方も限られてくるが、リーダーが持っているものが一番厄介なものと見ていいだろう。
あとは使い手の魔力次第ではあるが、警戒するに越したことはない。
覚悟を決めて洞窟に入る。中は息を殺したかのような静けさが逆に不自然さを際立たせていた。
ただその押し殺したような気配から存在感だけは消しきれていないようだ。
確実に待ち構えていることがわかる。
「どうやらお待ちかねのようだな」
「そのようですね、相手の魔装具もありますし、マオは閉所での戦いに向いていませんから自分が尖兵になりましょう」
「よろしく頼む。背中は俺たちで守るから安心してくれ」
「ぅ……マオもわかった」
なにか意味深な間があったがここでそれを問い詰めても始まらない
さすがに作戦行動中は自重してくれると信じよう。いや、信じるしかないわけだが。
「では突入します!――風よ」
一言いれた後、魔装具に魔力を流し込みジンは洞窟に駆け込みながら名乗りを入れる。
「リベリア共和国軍特別遊撃隊所属、ジン・フォガードだ!お前達の仲間は半数以上が倒れた!お前たちの負けだ、おとなしく投降しろ!」
そこまで派手にしなくてもいいのだが……、ジンはヒロイックな行動が好きなようだ。
案の定、ジンの名乗りを聞いて物陰から2人の盗賊が飛び出してきた。
「一人で突っ込んでくるとか馬鹿じゃねえのか!」
「お前から死ね!」
一人はジンの正面から、岩陰に隠れていたもう一人は背後から襲い掛かる。
正面からジンに切り付けにかかった盗賊の刀身がジンの目の前で止まる。
同様に背後からナイフで貫こうと構えた盗賊の動きも止まった。
「な、なんで剣が進まねえんだ!おい!さっさとお前が後ろからやれ!」
正面の盗賊が叫ぶと、背後から襲い掛かってきた盗賊がズルリと倒れた。
「どうした!お前なにやったんだ!」
「どうしたも何も、自分は警告と制圧にきただけです。それに自分はただ立っているだけですよ?あなた方が風の鎧を貫けていないだけじゃないですか」
ジンが身に着けている鎧は、風の魔力を使い起動させると風で障壁を作るというものだ。
そのうえ攻撃を受けると、自動的に魔法での反撃を行うようになっている。
今回は正面が先に切りつけたため、自動反撃が後ろに飛んでしまったのだろう。反撃対象が自身の近くにいる相手にランダムなのが扱いの難しいところだ。
「魔法か!?いったいいつの間にそんなものを!」
「あなた方が自慢されている物でこれくらいできると思いますが……、まぁ使い方もわからない野蛮な人たちが持ってもこの程度ということでしょうか」
「てめえッ!調子に乗ってんじゃねえぞ!」
正面の盗賊がジンに掴みかかろうとする。だが、体が全く動かない。どうやら足の先から徐々に凍り付いていっているようだ。
「な、なんっ!?」
「だから言ってるでしょう、自分は立ってるだけだって。あなた方を攻撃しているのは自分ではなく洞窟の外からですよ」
「そん、な!馬鹿な話が……!」
盗賊の目から術者は見えない。どこから攻撃されているかもわからず、顔から血の気が引いている。
「あと調子にも乗っていません、これも含めての作戦ですから。では、おやすみなさい」
ジンは盗賊の側頭部を持っている盾で強く打ち付ける。
嫌な音が洞窟に響き盗賊は倒れた。
「……大丈夫なのか?」
「自分は怪我ひとつありません!盗賊も気絶しているだけですよ」
「ならいいが」
ジンについては心配してないよ。
主に骨とか砕けてそうな音がした盗賊の心配だったのだが……ジンの言葉を信じよう。
「……」
マオは黙ってついてきている、今回は何か様子がいつもと違うな。
洞窟を少し進むと無理やり備え付けられたような扉が現れた。
「この洞窟もさして大きくはないだろう。どうやらこの奥に勢ぞろいのようだな」
「また自分が先に行きましょうか?」
ジンの提案に、俺は頭を振る。
「いや、まだ魔装具を使うやつが一人も出てきていない。残りがここだけとなると総力戦を仕掛けるつもりだろうし、俺が先に行くことにする。ジンは俺のカバー、マオは入ってからこの扉の確保を頼む」
「わかりました。まかせてください!」
「……うん」
マオもうなずいてくれている。これで最後だ。油断しないように気を張らないとな。
ゆっくり扉を開けると、雑多に物がおかれた広めの空間に出た。どうやら村から集めた食料や資材も置かれているらしい。
その部屋に5人そろっているのを確認する。面倒だが最終警告として声をかけようとしたところに、沸いたように盗賊たちが騒ぎ始めた。
「今回はオレの勝ちだな!」
「チッ、仕方ねえな。次はこの倍お前からふんじばってやるよ!」
「ってか『ここまでたどり着く』に賭けるとかどうよ?仲間への信頼がないんじゃない?」
「仲間とか思ってねえよあんな雑魚共!せいぜい言われたお使いができるくらいの低脳共だって」
どうやら俺達のことに勘付いてからどうなるかを賭けていたらしい。
戦力を集めたわけではなく、ただの余裕からくる慢心、遊びでここに集まっていただけだったとは……呆れて何も言えなくなる。
そばにいるジンも眉をひそめている。扉側からはあからさまな舌打ちも聞こえてきた、今はあの娘が一番怖い。
だからこそこんなことに時間はとりたくない。早く済ませるために潰された最初の一言を伝える。
「あー、お楽しみのところ悪いが、君達がこの盗賊団の残りってことでいいか?とりあえずこちらは村に君達を何とかするよう頼まれてきた訳だが、大人しく引き下がってくれるなんてことはないな?」
一応投降の意志がないか聞くだけ聞く。正直こんな事を言っても無意味なことは百も承知だが、体裁として言わなければならないのだ。
ホント無駄だと思うけどね。
「は?何言ってるんだよオッサン」
「それではいそうですか。ってなると思ってるのか?頭大丈夫かよ!」
盗賊の二人が笑いながら挑発してくる。
……そのセリフはこっちが言いたい。いったいどこからその余裕が来るのか。
今、あの状況の村から頼まれた人間が来るということがどういったことなのか理解できていないらしい。
こちらの人数が3人しかいないからだろうか……、まぁ軍と思わせたくないため格好を旅人風にしているところも大きいかもしれない。
「では交渉決裂ということで。どうなってもできれば恨まないでほしい」
「お前、調子に乗るんじゃねえぞ」
こちらがそうそうに会話を切ると、癇に障ったのか盗賊の一人が武器を手に取った。
俺も剣に手をかける。ジンも盾を構え、臨戦態勢をとり始めた。マオも既に詠唱を途中まで終わらせ待機している。
その様子に他の盗賊たちもにやけながら武器を取った。二人が剣、一人が弓、一人がガントレットでの徒手空拳か?どこかの誰かを思い出すスタイルだ。
一番奥で椅子に座っている盗賊だけ動かない。不適に笑いながらこちらを眺めている。態度、仕草、その余裕からどうやらあれがリーダーのようだ。
あいつを叩けると楽なのだろうが、正面に4人もいるうえ自由に動き回れるほど広くない洞窟だ、そうもいかない。
下っ端の情報ではこの中の二人が魔装具を所持しているのだが、一つはあのあからさまなガントレットだろう。若干魔力が通されている感覚もある。
もう一つはわからない。出来がいいものならマグナイト鉱石の使われ方から判別できるが、粗悪品となるととたんにわかり辛くなる。
「さっさと死ね!」
おもむろに正面、剣を持った一人が切りかかってくる。
先ほどまでの通路と違い少しは開けているので回避するのにも余裕がある。軽くよけた後、相手の武器を鞘で叩き落しジンの方へ、振りかぶった勢いのままの盗賊を流す。
そのままジンが盾で叩き伏せ、気絶。あえなく1KOとなった。
そこまでの流れを見て、初めて奥に座っていたリーダーが声を上げる。
「お前ら全員でかかれ、遊びは無しだ」
静かに命令すると、やはり自分は動かないようだ。
それに対し、ガントレットの男が文句を言う。
「こんな奴等に俺達二人がかりはやりすぎでしょ、それにコイツと動きたくないし」
「俺だって同感だよ。お前と一緒に戦うくらいなら逆立ちしながら戦ったほうがましだっての」
仲が悪いのか、盗賊二人が言い争いを始める。
コンビネーションもできない相手なら、単純に3人で連携ができるこちらが圧倒的に有利だ。
「……黙れ」
言い争いを続けていた盗賊たちが、リーダーに睨まれ息を呑む。わかりやすく実力至上主義の社会形態で成り立っているらしい。
「仕方ねえ。お前らもう終わりだよ、この力を見て後悔してから死ねよな」
「力を合わせて、とか反吐が出るけど、頭の命令なら仕方ないか。おいお前、足引っ張るなよ」
「は、はい!」
弓を構えてる彼がこの中で一番下っ端らしい。
そうなると自動的に残った剣を構えてるやつが魔装具持ちか、眼を引く剣か鎧がそれだな。
「おらぁ!!死にさらせえ!」
ガントレットの盗賊がこちらに殴りかかってくる、それに剣をあてて逸らす。
とほぼ同時にマオに向かって弓の援護がはいる。
「させません!――風よ、其を守る盾になれ!」
「お前らも持ってるのかよ!」
相手の盗賊が驚愕する中、ジンが魔装具を使い風のシールドを形成し矢をはじき、マオのカバーをする。
「チッ、ならこっちも出し惜しみ無しだ!――雷よ!敵を砕け!!」
「面倒だけど、仕方ないか。――水よ、俺を守る鎧になれ!」
突っ込んできたガントレット盗賊と、ジンにつかず離れずで様子を見ている剣士が呪文を詠唱する。
詠唱型からすると剣士の魔装具は鎧だろう。ジンの風の鎧と同系列の魔法だと予測できる。
もう一人、殴りかかってきている方はガントレットから魔法を打ち出してこないところを見ると、単純に自身の速度や威力の底上げだろう。
わかるとあまり怖くないのも魔装具の特徴である。器用なことができず対策が立てやすいのだ。
「これでお前は終わりだよ!」
また一つ覚えのように突っ込んでくる。それにしても、いちいち叫ばないと攻撃できないのかこいつは。
すると、さっきよりも確実に早く拳を振りぬいてきた。思っていたとおり、自己強化してくるタイプのようだ。
だが、これならハウレスの方が1万倍以上速くて重いし怖い。
軽く身をひねり、一撃を躱す。
「どう終わるんだ?」
「舐めた事言ってんじゃねえよっ!」
相手がどんどんこちらに踏み込んでくるため、一定の距離をとろうと自然と下がり気味にさばいていく。
「オラオラ、どうした!ビビってんじゃねえよ!」
ガントレットの盗賊は調子に乗るようにこぶしを振りぬき続ける。これくらい引き離せば大丈夫か?
この盗賊がガンガン攻めあがってくるので、他の盗賊から距離を作るのは簡単だった。彼の攻撃は防御型の魔装具の近くにいない限り怖くもなんともないことに、どうやら本人は気づいていないようだ。
タイミングを計り俺は剣を構え、振りぬく。相手は変わらず拳を振り抜いていたが、それは空を切るどころかいつの間にか視界からなくなっていた。
「えっ……!?」
「スマン、面倒だったから落とさせてもらった。腕一本、授業料だと思ってくれ」
悪びれもなく謝っておく。さばき続けることも容易にできたが、時間も体力ももったいない上、意味もこれといってないのでその自慢のガントレットごと切断した。
自分の腕の惨状に気づいた彼は、顔を真っ青にし泡を吹いてそのまま倒れた。いままで血気盛んだったのにこの様とはあまりに情けなさ過ぎる。
「こちらも終わりました。彼は水の鎧の出力が弱すぎる上、使い方も膜を作るだけでこちらの攻撃を全く防御しきれていませんでした。これでは何のための防御魔法なのかわかりませんね」
ジンが涼しい顔で近づいてくる。後ろには倒れ伏した剣士の盗賊がいた。
いつの間にか弓の盗賊も水浸しで転がっている。マオの準備していた魔法を受けたのだろう、生きているか不安だ。正直この弓使いが攻撃を合わせてくる分一番手強かったのではないかと思う。
いい装備を持っていても使い手しだいで腐ることを身をもって教えてくれるいい教材だ。
「フン、結局こうなるか」
そうつぶやきゆっくりとリーダーが立ち上がる。
「どいつもこいつも使えない。馬鹿に力を与えてもあまり意味はないな」
呆れた風にいいながらサーベルを抜きこちらに構える。
あの装備は見たことがある。帝国軍の魔法兵普及型魔装具だ、帝国での魔装具運用は珍しいが、少ないながらも存在している。
他のつけていたのが一般兵が持っているもので、こいつが持っているのは部隊長クラスの魔装具ってことか。
それをなぜこいつが持っているんだ……?
「私に歯向かったことを後悔するがいい」
言葉と同時に後ろに気配が降りる。
「ッ、いつの間に!」
「……!」
振り向くと、マオに背後から組み付き短剣を喉元に当てるエルフがいた。
闇魔法での気配遮断で隠遁していたようだ。魔装具と思わしきグリーブをつけている。
仲間の盗賊も知らない人間が存在していたのか。
ここにきて、粗末過ぎる盗賊の集まりと状況から油断をしてしまっていた。
いつの間にかはさまれる形となり、カインはすぐさまこれからの流れを組み直さなければならなくなった。
あまりに弱すぎて話にならないです。
主人公が強いのではありません、盗賊が弱いです。毛の生えた程度のごろつき集団でした……。
それでも市民には脅威です。




