12 一回休み
朝、窓から差し込む光で目を覚ます。
「うっ、もう朝か……」
硬くなった体をほぐしながらベットから起き上がる。
ユカリにやられた腕はまだ痛むが、動かせないほどじゃない。
今日の業務は何だったかと考えて自分達……巷で英雄部隊などと呼ばれる面々が非番だったことを思い出す。
非番なんて久しぶりだなと考え、現状に苦笑しつつとりあえず飯でも食うかと階段を降りキッチンへと向かう。
「あ、おはようございますカイン様!ご飯もう少しでできますからね!」
なんでお前がここにいる。
そこにはキッチンで朝食を作っているフィードの姿があった。
「おい待て、お前ケガはどうした?絶対安静だったはずだろ」
「非番の日に暢気に寝てるなんてもったいないことできるわけないじゃないですか!」
いや、療養しろよ……と言ったところで無駄だろう、こいつはそういうやつだ。
「はぁ……お前が大丈夫ならいいが、無茶はするなよ。それに、休みなら自分のために使え、何か予定とかないのか?」
「そういうカイン様こそ予定なんてあるんですか?」
質問を質問で返すとはいい度胸だ、思い知らせてやろう。
「ふ、甘いな今日はとても親密なお姉さんと飲みに行く予定が」
「相手が酒場の女将さんっていうのは無しですよ?」
何故バレた。
「朝から酒場とかただのダメ親父じゃないですか……老けますよ?」
「ぐっ……」
言いたい放題だがこれといって反論できない。俺の金と時間なんだ、好きに使って何が悪い。
確かにこれではおっさんと言われるのも仕方ないのかもしれないでもあるようなないような……。
「そんなカイン様にビッグニュース!今なら若くてピチピチのエルフちゃんとデートのチャンスが……!」
なるほど、やはり暇だったのか。
「若いエルフって、お前俺より何歳年上だとおも――」
「――青龍よ」
「待て落ち着け、わかった!わかったから魔法詠唱をやめろ!」
突然キレるの止めろ!この話題は駄目だ、下手したら上級魔法が飛んでくる。
「こほん、独身で可哀想なカイン様がきっと寂しがってるだろうなって思ったのでこんなものを用意してみました!」
「じゃじゃーん!」と謎の擬音を発しながら二枚組のチケットを見せてくる。
これは観劇のチケットか?
「ふふーん!苦労しましたよ!なんてったって話題沸騰超大人気な劇団の最新作ですからね!」
「いつの間にこんなものを……」
しかも、これ劇場でやるようなしっかりした奴じゃないか。こんな高価なものをなんでフィードが手に入れれるのかが不思議でしかたない。
そんあ俺の思考を読んだのか、フィードは目をそらしながら、
「ジン君のコネを使ってこう……ちょいちょいっと」
「あいつ何気に顔が広いよな」
しかし、観劇か……最後に観たのはいつだったか、いや、それ以前に観たことなんてあったか?
「あー、その顔は観劇なんて行ったことないって顔ですね」
なんでこういう時ばかり鋭いんだお前は。
「任せてください、しっかりリサーチしてきましたから!私に任せれば万事オッケーですよ!」
うーん、正直に言うと興味はない、ないのだが……。
断って酒場に行こうものなら、俺の評価が地に着くほど低空飛行になることは避けられまい。
仕方ない、今日ばかりは付き合うか……。
「わかった、付き合うよ」
両手を挙げて降参ポーズをする。
確かに暇だったしな、たまにはこういうのもありだろう。
「よし!」
返答を聞くや否やガッツポーズをとるフィード。
そこまで喜ばれるとさすがに照れるな……。
「公演は午後からなので、それまで町を見て回りませんか?」
「あー、最近はずっと公務で忙しかったからな……いいかもしれない」
帝国の件の他にもバタバタと用事が立て込んでいたせいで、最近まともに街を見回れていないのだ。
ちょうどいい機会かもしれない、新しい店や、物を見て流行から置いていかれないようにしないとな。
「じゃあ、ささっと朝飯食って市場でも見に行くか」
「掘り出しものとかあるかもですしね、楽しみです!」
自分のようなおっさんには勿体ないような笑顔を浮かべて喜ぶフィードを見て、思わず口元が緩むのを感じ、誤魔化すように朝食をかき込んだ。
****
リベリアは山の中腹に居城を構え、その山の裾野に城下町が広がる都市である。
この山はマグナイトクリスタルが多く産出される資源鉱山でもあり、現在の産出量は他国と比べ群を抜いている。このおかげでリベリアは少ない領土で他国と渡り合うだけの実力を獲得しているのだ。
都市の中心部には重要施設が集められており、工場や兵舎も中心部に建てられている。外周には市場や露店などが立ち並び、さらに外周に行くと一部スラムとなっているような場所もあるが、住居が並ぶエリアとなる。なによりそんなに大きな都市でもないので、貧富の差はそこまでひどくはなかったりするのがいい点だ。
「~~♪」
鼻歌を歌いながら上機嫌に隣を歩くフィード。
市場にきたのはやはり正解だったらしい、存分にストレス発散してもらおう。
「おぉ、見てください!海の魚なんて私初めて見ました!」
フィードの指さす方を見ると、でかでかと『新鮮海魚限定販売!』なんて看板が掲げてある。
リベリアは内陸にあるため、本来であれば海魚など到着する前に腐るはずだが、一体どういうことだろうか?
二人して興味深い視線を魚に送っていると……。
「お?そんなにコイツが気になるかい?」
さすがに店主に気づかれてしまった、不審者と取られなかっただけましといえよう。
「魚屋さん、なんで海の魚がここに?」
フィードはこういう時も物怖じしないで他人と会話する、普段は抑えて欲しいがこういう場合だと微笑ましい。
「最近開発された冷気を出し続ける魔道具っていうのがあってな、実はここまで凍らせて運んできたんだよ」
「へー!凍らせると腐らないんですね……不思議です」
これはいいことを聞いたぞ、その魔道具さえ手に入れられたら今度の野営は乾燥肉から解放されるかもしれない。
「ただ、魔力の消費がネックでなぁ大量に運べないのがなんとも……」
魚屋の話を聞く限り冷やす対象を増やせば増やすほど魔道具も複数必要になり、それに応じて魔力の消費も増えるため個人で扱うのはかなり難しいようだ、事実この商品もまだ実験段階でここまで来たものらしい。
どうやら乾燥肉とはまだまだ付き合っていかねばならないようだ。
「で、どうだい?安くしとくよ」
いつもなら買ってしまうところだが、今日はこれから予定がある。
「すまん、今日は都合が悪くてな、また見かけたらその時お願いするよ」
「おっと、こりゃ失礼。そりゃこんな可愛い娘とデート中じゃあ仕方ねぇか」
そう言って店主は頭を掻いた後、意地悪そうな笑みを浮かべている。
「違う、そういった関係じゃ――」
「えー、そんなことないですよー!そんなフィーがいくら可愛くて完璧で魅力に溢れてるからって」
俺の言葉を遮ってフィーがわけのわからないことをまくし立て始めた。
何言ってるんだこいつは……。
「と、とりあえず、今日のところは大丈夫だ。また今度必ず来るから、これ以上話を広げるな!」
「そうかい、俺はマジックライン交易商会のオルバっていうもんだ。今後何か欲しいものがあった時は是非頼ってくれ、英雄殿!」
こいつ、俺のことをわかってやってくるとは商魂たくましすぎる。それにマジックラインといえば、王宮にも物を入れている大手商会じゃねえか……。
何でこんなところで魚屋なんてやってるんだと思わないでもないが、商人の事情があるんだろう、深くは立ち入るまい。
まだ店先に張り付こうとしているフィードを引っ張りながらそそくさと退散する。
「魚屋さんいい人でしたね!カイン様の事もちゃんとわかってましたし!」
フィードよ、これは体よく売り込まれたというのだ。
しかし、マジックライン交易商会ね……覚えていたらまた今度のぞいてみるか。
「でもマジックラインって何か聞いたことある気がするんですよね……」
「確か元はルヴド連邦出身の超大手商会だったと思うが、俺も詳しくは知らん」
ルヴド連邦は、北にあるユルガン山脈を越えた先にある小国が集まってできた連邦国家だ。
俺もフィーもこの辺の知識はさわりくらいしか知らない、今度ジンにでも聞いてみるか。
その後、適当に屋台を食べ歩いていると観劇の時間が迫っていることに気づく。
「あ、そろそろ始まりますね。いやーずっと観たかったんですよ!」
フィードのテンションが目に見えて上がる、そんなにすごい劇なのか?
「しかし、今更だがどうして観劇なんてのに俺を?」
「カイン様の足りない教養を補うためです」
殴るぞ。
「って言うのは冗談で!ほら、最近また血生臭くなってきたでしょう?……だからせめて非番の日くらい一緒に楽しいものが見たいなって」
なんてことだ、こいつは本当にフィードなのか?
いつもの理由のわからない暴走だと思っていたが、まさか俺を気遣ってのものだとは思わなかった。
しかし、よくよく考えればフィードの心配も当然のことかもしれない。
帝国の魔の手が忍び寄り、ユカリというあらゆる危険を秘めた爆弾も存在する。
もしかしたら魔王の方がまだわかり易い分マシだったかもしれないほどだ。
フィードはどことなく憂いを帯びた顔をしている、不安になるのも当然だろう。
本来なら俺がしっかりしていなければいけないのだが……。
「フィー、ありがとうな」
その気遣いに嬉しくなり、思わず頭をなでる。
「カイン様?」
「大丈夫だ、俺がなんとかしてやる」
戦争を個人でなんとかするなんて傲慢の極みだろう。
だが俺は英雄なのだ、せめて手に届く範囲のものくらいは守ってみせる。
まさか、フィードに気付かされることになるとはな……。
残念ながら、このときのカインはこの少し先のことにすら何にも気付いてはいなかった。
****
なんてカッコつけていた少し前の自分を殴ってやりたい。
「いやー、最高でしたね!特にカイン様が魔王に止めを刺すシーン!すごい迫力でした!」
ツヤツヤした表情でご満悦なフィーが隣を歩いている、こいつわざとか……?
町を見回ってホールについたまではよかった、その時は俺もすごいわくわくしていた。
だが、劇の内容を見て俺は凍り付いた。
その内容が『英雄カインの冒険譚』だったのだ……。
若気の至りで残した名言から、もう二度と聞きたくない二つ名の数々までしっかりと登場しているだけでなく、ありえないほど脚色された魔人や魔王との闘い、そして極めつけは……
「なんで俺の役がエルフなんだよぉおおおおおおおお!!!!!」
いや、魔王討伐時は16歳くらいだったし俺もそこまで不細工ってわけでもなかったと思いたいからそれはいい、いいんだが。
自警団がジンを英雄だと勘違いした一件を思い出す、絶対こいつらのせいだ、こいつらがカイン=エルフ説を広めている……!
あ、そういえばヴァンが一切登場してなかったな……今度酒でも持っていこう。
「許せん!断固抗議だ!抗議!」
「ちょっとカイン様!?暴力はダメですよ!」
これではいつもと逆ではないか、くっ諦めるしかないのか……。
「あ、英雄様ー!フィード様ー!」
何やら遠くからこちらを呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと、ちょうど公演場から出てくるジンの姿が見えた、あいつも見てたのか?
「あ、ジン君!チケットありがとうございました!良い劇でした!」
「喜んでもらえて何よりです!知り合いに頼み込んだかいがありました」
のんきに会話し始めるエルフ二人、こっちは大ダメージだというのに
「英雄様も楽しんでいただけましたか?いや、あれでも英雄様の輝きを再現するには程遠いということはわかっているのですが……」
劇の中の俺は、俺の記憶には存在しない謎の光の剣で魔王をいとも簡単に一撃で切り裂いて倒していたが、実際はもっと泥臭かった。
光魔法による最大強化を受けた剣で数十回斬ろうとかすり傷にすらならなかったからな、魔王なんて思い出したくもない。
……もう一度戦えと言われても絶対にゴメンだ。
「いや最高に輝いていたと思うぞ、実物よりもな……」
倒した後は涙やら血やら色んなものでぐちゃぐちゃだったからな、あれを劇にはできんだろう。
「それはよかったです!英雄様も大満足だったと報告しておきますね」
誠に遺憾だがクレームを付けるわけにもいくまい……ん?報告だと?
「報告?ジンと劇団の人って知り合いなのか?」
「あ、はいチケットをくれた友人っていうのが劇団の団長さんでして、英雄様を誘うからという理由でチケットを融通してもらったんです」
つまり、俺が観劇に来ることは決定事項だったわけか、フィードさん?
「あ、あはは……いやーどうしても見たかったものですから……つい」
「お前、観劇のために俺をダシに使ったな?」
お前俺の感動をどうしてくれる、少し痛い目を見せる必要がありそうだ……。
「い、いや違いますよ!ちゃんとカイン様を気遣ってですね!?」
「今日から秘書はマオに担当してもらうように手配してくる」
「え!ちょ、ちょっと待って!許して下さいいぃい!!!」
慌てるフィーの横に屋根から黒猫、もといマオが降りてきた。
「フィー……あとはマオにまかせて……」
「マオちゃんも乗らないでくださいよ!?」
どうしてマオがここに?という目でマオを見つめると、ポッと顔を赤らめ、
「たいちょーが……マオをよんだから……?」
頭が痛い、今日は本当に休みだったのだろうか……。
ジン曰く、マオには警備のバイトをしてもらっていたそうだが、
何故屋根の上にいたかは知らないそうだ、もう気にしないことにした。
「カイン様許してぇぇええ!」
フィーが腰にしがみ付いてくる、もういいこのまま歩こう。
「ジン、マオ、これからいきつけの酒場に行くんだが、よかったらこのまま打ち上げでもしないか?」
「おぉ、お供します!この日のために用意した宴会芸、楽しみにしてください!」
「たいちょー……おごり……?」
「お、おごりか……しかたない、ここは腹を切ってやる。無礼講だ!」
どうせ飲もうと思ってたんだ、3人分くらい今の稼ぎではどうってことはない!……はず。
「ほ、ホントですか!?英雄様のおごりとは感激です!」
ジンは感動の沸点が低すぎやしないか……?
「私も!私もおごってくれますよね?いいですよね!?」
フィードが引きずられながら必死に聞いてくる。
「あー何か鳴いてるなー、鳥かなー?」
「聞こえてるじゃないですか!そういうの止めてください!泣きますよ!?」
こいつは俺の精神を磨耗してくるリスクはあるが飽きないな。
「あーわかったわかった、お前の分も奢るから泣くな。あと自分で歩け、腰に来る」
「奢るって言いましたね?絶対ですよ!?……ホントにもう、カイン様も少し歳を考えてくださいよ」
ため息をつきながら腰から離れるフィード、殴りたい。
こいつは今日どころか毎日無礼講なのでホントに奢らないで置いていってやろうかとも思ったが、一度言ったことなのでこちらも自重する。
俺は大人だからな、うん。
いつの間にか日は傾き、空が赤くなっている。
酒場の周辺は人が多くなり、笑い声がそこかしこから聞こえてくるほどにぎやかさが絶えない。
飲み屋街では俺を英雄と知っている奴は気さくに声をかけてきたりすることもある。
仲間と共に街を歩く。
まるで昔、魔王討伐にやっきになっていた時みたいだ。
あの頃とメンツはまったく違うが、同じような心地よさがあった。
隊を結成した直後は不安の方が大きかったが、一つの任務をこなし死地を共に生き抜いたことで、ある種の信頼を築けたのだろうか。
俺はこの隊でリベリアから帝国を追い出すことにもう不安はなく、いつの間にか確信に似た自信を感じていた。
「カイン様あれやってくださいあれ、ユカリ君に負けかけたときの顔芸!」
「え、なにそれ見てみたいです英雄様!これからの作品作りにも生かせそうなのでお願いします!」
「……もうのめにゃ……グー」
「うるせえ酔っ払い共!人のプライドを抉るのをやめろ!!」
リベリアの夜は続く、彼等がこの国を守ると誓う限り――。
今回は日常回でした。
彼らも休みの日は思い思いのことをして過ごしています。カインは大体飲んでるのですが……。
次回からは新しい任務が始まります。
次にカインを待ち受けるものは何なのでしょうか。




