11 作戦終了
だが、痛みはなかった。
それも当たり前だ、ユカリの剣が目の前で止まっていた。
いや、止められていたのだ。
「落ち着け。コイツに何をしようと、どうにもならん」
「誰、ですか!?」
ユカリの剣を押さえていたのは狼系の獣人だった。
何故かフィードを抱えている。ぐったりしたその様子から、動けない状態のようだ。
こいつはなんだ?敵か、味方か……。
「その場の感情で動くなとは言わん。だが、お前には信念があって……夢があるのだろう?思い出せ。お前は――どういうヒトになりたかったんだ?」
謎の獣人がユカリを説得すると、ユカリの力が抜けるように剣が手から滑り落ちる。
そのまま小さくうなるユカリに、ラーファが小さく寄り添った。
それを見た謎の獣人は眉を顰め、小さくため息をつくとこちらへ歩み寄ってきた。
「これはお前の連れだろう?もう少ししっかり躾ておけ」
「おおっ!?」
唖然と眺めていると、その獣人は抱えたフィードをこちらに投げてきた。
何とか受け止めると、フィードは「うぅ……」と唸り目を開く。
「すみません、ドジっちゃいました……」
どうやら腹部から出血していたようだ、傷は焼き固められている。
「いいからしゃべるな。じっとしておけ」
フィードを下ろし獣人に向き直る。
その顔を見ていると、どこか懐かしい面影をとらえた。
「お前……ヴァンか?」
フードを付け、聖都の影の制服に身を包んでわかり辛いが、こいつヴァンなのでは……?
「その質問に答える義理など無いが……そうだな。さっきの貴様の諦め顔は今まで生きてきて一番笑えた、とだけ言っておこうか」
「やっぱりお前ヴァンじゃねえか!こんなところで何やってんだ」
そんなことを淡々と言われる。
かれこれ10年ぶりくらいに会うかつての仲間は、相も変わらずの皮肉屋だった。
この獣人はヴァン・デッドマン。
ヴァンは俺が魔王軍と戦っていたときに一緒に行動していた獣人だ。
諜報、破壊工作、暗殺と何でもござれな獣人で、今は聖都で影の統制監査だと聞いていたが、そんな仕事をしているせいでここまで歪んだのではないのか・・・?
あの頃はフィムの従者としてついてきていたが、なんで帝国軍にいるんだよ。
「貴様こそこんなところで子供にいじめられてどうしたんだ?そのたいそうな肩書が泣くぞ」
「うるさいほっとけ。で、お前はこんなとこでフィーをいじめた上に俺を助けて恩を売るために潜んでたのか?」
「そんなわけがないだろうが。いつも通り邪魔なものからお嬢様を守っているだけだ」
ヴァンはそう言いながら、ユカリに寄り添うラーファを見る。
「え、もしかしてあの娘……?あの娘を守ってんの……?」
その時カインはラーファの名前に聞き覚えがあった意味をようやく思い出す。
「ってことはまさかあの娘はフィムの娘!?そんな……!なんでそんな娘を戦場に出してんだよ!ちゃんと自分とこで囲っとけよ!!」
やばいやばいやばい……!思いっきり殺すつもりで魔法をぶつけちまった!
そんなことがバレたらフィムに殺される……どこへ逃げても確実に殺される……!!!
フィムもまた共に行動していた仲間だ。
聖都シーディアの現聖女にしてトップ、圧倒的な戦闘力を誇る聖騎士団を従えている。
一緒に旅をしていた時から、やたら俺にあたりが強く、よく言い争いをしていた。……そして大体負けていたのは俺である。
あの頃からじゃじゃ馬っぷりはすごかったが、聖都の女帝となってもその苛烈さと敏腕さは国外にまで轟いていた。
その大切な一人娘を殺そうとしたなんて本人に知れたら……。
「お嬢様がユカリと行動を共にしたいと言って聞かないのだ。仕方あるまい」
「仕方あるよ!?ふんじばってでも安全なとこに置いとこうよ!何かあったら国がひとつ消えちゃうかもしれないんだぞ!?」
「そのときはオレもフィム様に続く」
この親馬鹿どもめ!ダメだ、絶対バレてはいけない……!
さっきはユカリに殺されるのを受け入れたが、こいつらに殺されるのだけは絶対に受け入れることができない。
ヴァンは状況を把握するためにユカリの元へ行った。
俺も、フィードがこの状態ではすぐには動けない。正面門あたりでの戦闘音も聞こえないことを考えると、トントでの作戦は勝っても負けても終わっているのだろう。
ジンとマオも無事ならいいが……。
「――『ラーファが死にかけた』とはなんだ!?……カイン、貴様ぁああ!!!」
ヴァンが怒声を上げて恐ろしいスピードでこちらにつかみかかってくる。
どうやらユカリが口を滑らせたらしい。くそ、こうなったら……!
「さ、さぁ、おお俺はよく見てなかったからわからないなぁー!」
なんとかごまかせ!ここで襲われたら確実に俺は死ぬ……!
「それでごまかせると思っているのか英雄最弱ぅ……!」
「世界のために戦った仲間と、そこの子供、どちらの方が信憑性があるか考えずともわかるだろうがこの幻の英雄さんよぉ……!」
とりあえず睨み合いながら逃げる算段を考える。やばい、ジンとマオが来てくれないと俺がまた死にそう。
「当たり前にユカリだ。貴様のいうことなどその辺の帝国兵より信憑性がないわ。問答無用だ、疾く死ね」
くそ、ここにきて当時ヴァンをからかって遊んでいたツケが回ってきたか……!
あ、ヴァンのやつ武器を構えてきやがった。
やばいやばいやばい、天誅される……!
助けて、助けてフィーさん!そこで寝てないで助けて!こんな死に方は嫌だ!
「ヴァン、止めなさい。わたくしも危険なことは承知で割って入りました。あまり英雄様を攻めないであげて下さい」
いつの間にかヴァンの後ろにラーファが立っていた。
まさか当の本人から庇ってもらえるとは……。俺も宗旨替えしていいかもしれない。
「し、しかしお嬢様。ワタシはあなた様の安全のためにここにいるのです。この輩を見逃せば――」
「ヴァン、何度も言わせないでください。あまり続けますとあなたのことを“嫌い”になってしまいます」
「……かしこまりました。お嬢様がそこまで言うならば従います」
ありがとうございますラーファ様!フィムはこの状況を笑顔で見守るような奴だったというのに……。これが突然変異か。
「よかったなカイン、助かったと思っているだろうがこの事はフィム様に報告させてもらう」
「止めろ下さいお願いします。そこに話が行くと俺がこの世界で生きていけなくなる!」
「だろうな。それまでせいぜい残った人生を楽しむんだな」
そんな……、フィムの耳に入れば国際指名手配されてるようなものじゃないか。お前がそういうつもりなら、俺にも考えがある。
「な、なら俺も、お嬢様が危険なときお前がそばにいなかったどころか、合流も全部終わってからだったと言いつけてやる!」
まるで子供のような論調だが、そんなことはこの際どうでもいい。
プライドだけで人は生きられないのだ……!
「……チッ、小賢しい。わかった、黙っといてやるが次お嬢様に貴様が何かすれば、いつの間にかその頭と胴はお別れしているからな」
「お互い様だよ、お前もうちの部下いじめてると叩き切りにいくからな」
両者が睨み合う。俺も目前の危険が去ったので強気に出る。
そんな不毛な争いをしているところに二人の人物が近づいてきた。
「縁殿、大丈夫ですか!」
「ちょっと、何で蹲ってるのよ!」
「ッ!?クリスさん、サラ!?」
駆け寄ってきたのはユカリの取り巻きのようだ。以前見た顔と同じなので間違いないだろう。
どうやら、帝国騎士の方はクリスというらしい。これでようやく全員の名前がわかった。
ユカリが心配そうに声をかける。
「南門はどうだったの?怪我とかしてない?」
「私達は平気ですが、南門は陥落してしまいました。しかも、英雄がこちらにいてホルトン上四位がこうなってしまったということは……残念ですが、トント村防衛戦は我々の敗北のようです」
話に耳を傾けると、うれしい情報が入ってくる。
どうやらジンとマオはやりきってくれたらしい。帝国兵が撤退を選択したのなら、それは俺たちの作戦は成功ということになる。
「ふーん?負けたから何なのよ」
たしか、以前サラとか呼ばれていた小さいのが本当にわからない様子で質問をしている。
こんなのを前線に配置していて大丈夫なのか帝国は。そんなに人材不足なのか……?
「それは、捕まればロクなことにはならないかと。色々とされた挙句、奴隷にされるか殺されるか……総じてヒトの扱いをされることはないでしょうね」
そんなことをしている余裕はないけどな。そもそもこちらのリベリア正規兵は4人だ。追い打ちなんてできたもんじゃない。
その時、背後にある東門から小さな声がかかった。
「……これはどういう状態……?」
門からマオが顔を出す、後ろには数は減っているが自警団も一緒だ。
門の外に自警団を待たせ、マオがこちらに来る。
「おぉ、マオも無事だったか、こっちも何とか形が着いたぞ。まぁ見てのとおりボロ負けしたが」
「……そう、おつかれさま……てーこくはかえるみたい」
あっさりしてるな、まあマオらしいといえばらしいか。
「そうなのか、じゃあ何とか任務は成功だな」
「のこったのはどうする……?」
「あぁ、逃げるならほっとけ。今は誰も追う余裕がない上に、あいつらが相手じゃ分が悪い」
わいわいと騒いでいるちびっ子集団(+α)を指差す。
今追っかけて、またあいつらと戦うことになったらたぶん俺が死ぬ。フィーは完全に寝てるし。
「そういやジンはどうした?」
「……てきとあそんでる」
「遊んで……?」
いったい何しているんだあいつは……そんなに敵と意気投合したのか?
その時、遠くのほうから張り上げた怒声のようなものが聞こえてくる。
「ど、どこへ行くんですか!?神聖なる騎士の決闘だったのではないんですかッ!!」
「ハッ!そんなものは知るかッ!!我が小隊の退却が終わればそれまでよ!それに言ったはずだ、オレは捕虜にはなるつもりはないとッ!!」
ジンが帝国の騎士を追いかけて中央通を爆走している。
まさか本当に遊んでいるとは。
「ずるいですよ!はじめからやる気がなかったんじゃないですかッ!」
「やる気はあるが負ける気もないというだけだッ!ええい、うっとおしい!貴様も早くあきらめろ!!」
いつまで追いかけっこしているんだあいつらは。
「マオ、ジンを捕まえてくれ」
「わかった……――水よ、彼の者をつかめ」
魔法を唱えると同時にジンの足が凍りつき、勢いよく転んだ。
「オベッ!?」
「馬鹿めッ!では我々は逃げさせてもらう!次あった時は覚えていろ!!」
もう一人の騎士は謎の捨て台詞を吐きながら走り去る。
どうやらあれが指揮官だったらしい、情報を引き抜きたいといえばそうなのだが、それでまた戦闘になると恐らく勝ち目は薄い。
「マ、マオ!なんてことするんですか!おかげで逃がしてしまったではないですか!」
「たいちょーめいれい……」
マオが俺を指差す。なんか言いつけられている気分だ。
「英雄様!無事だったんですね!正面門はわれわれの華々しい勝利でした!!それよりどうして逃がしてしまうのです?帝国の情報などを得るチャンスだと思うのですが……」
「ジンも無事で何よりだ。捕虜の件だが敵士官となると捕まえると残った帝国兵がうまく逃げてくれなくなる。この状態で奪還しに戻ってこられたら負ける自信が俺にはある」
俺はユカリたちのほうを見ながら言い切る。
「……そんなに手強い相手なのですか?あの子供たちは?」
「あぁ、俺でも勝てるかどうかわからん。その上ヴァンまでいるとなるともうお手上げだな」
「ヴァン……?聞いたことがありませんがそんなに強い方なのですね。いろいろと腑に落ちませんが、あの騎士は見逃します」
切り替えてくれたようだ。
決闘どうのと叫んでいたときは不安になったが理解してくれて助かる。
「助かる。俺たちのほうは落ち着いたが、お前たちはどうするんだ保護者さん?」
「オレはお嬢様の従者であり、保護者ではない」
ヴァンが俺の軽口に律儀に反応してくれる。
こういう変に真面目なところは好きだ、俺に殺意を向けない限りだが。
「帝国が撤退した上、お嬢様のこともある。なら俺たちもここにいる理由はない、コイツらも連れて帰らせてもらう。」
「ちょっと!まだ終わってないわよ!!!さっきのエルフ、勝負よ!挽肉にしてやるわ!」
「流石はサラ、さっきまで泣いていたとは思えないほどの元気ですね」
「はぁ!?な、泣いてないわよ!!!――内緒だって言ったじゃない!」
サラが小声でクリスに抗議するが、クリスはどこ吹く風と聞き流している。
死にかけたのならば仕方ないともいえるが……。
「はいはい、私は全部わかってますよ、今夜は一緒に寝ましょうか」
それがクリスの何かに火を点けてしまったようだ。
「にゃぁああ!!!纏わりつくんじゃないわよぉおお!!!」
サラは抵抗するように暴れるが、クリスにがっちりホールドされて逃げられない。
「うるさいぞ、お前たちは静かに帰ることもできないのか。縁もそれでいいな?」
ヴァンがうっとおしそうにまとめようとしている。保護者が板についてるじゃないか。
「……ええ、大丈夫です。ただ、この人達も一緒に連れて帰ることは、できませんか?」
縁が倒れて動かなくなった帝国兵達を見る。
「あぁ、オレが後で回収しに来よう。カイン、トントで犠牲になった帝国兵達を 一箇所にまとめておいてくれ。それくらいは構わんだろう?」
「命の恩人の頼みとならば断れないな。それに処理してくれるのならこちらとしても助かる」
後で自警団の戦死者も弔わないとならないし、手間にはならない。
こちらとしてもありがたいとユカリを見ると、こちらを睨み付けてくる。
「貴方が魔王復活に加担しているのかどうか、今の僕には判断できません。だけど、どちらにせよ……僕は今回の事を忘れないと思います」
「それでいい、俺も許してもらおうなんざ考えてもいないよ。ただこれだけは言わせてくれ。俺は世界をどうこうしようなんて思っていないし、魔王はちゃんと俺達が殺した。それはヴァンに聞いたらわかるはずだ。あと、今回は俺も大人気なかったと思う、そこは謝罪する。すまなかった」
ヴァンは「どうだか」という風に肩を竦めている。テメェ……。
ユカリは若干とまどいながら、
「魔王の事も、殺されたと思っていた兵士さんが本当は生きていたりしたことも――こっちにも決めつけていた部分があって、僕のそれもきっと悪いことだったんだと思います。だけど、僕はこの先も……仲間と世界を守るために、戦うことはやめません。こんな悲劇を、もう無くしたいんです」
「そうか、理想論だが……、だからこそそれを成し得るならそれは真の勇者だ。応援ぐらいならしてやるよ」
「……ありがとうございます」
ユカリは複雑な表情でヴァンに連れ立ち、その辺で寝ている帝国兵を回収し去っていった。
「あの子供達が英雄様以上に強いのですか?自分にはそう見えませんでしたが……」
「あぁ、俺も殺されかけるまでそう思わなかったしな。できれば戦いたくない相手だよ」
「え、英雄様が負けた!?そんなことがあるんですか!?」
ジンは大げさなほど驚いている
「マオもおどろいた……」
あれで驚いていたのか……表情ではまったく読めないな。
「とりあえず事後処理だ。自警団の人を町に入れて、まずは遺体の処理を行ってくれ。俺は魔術紋で城と連絡を取って、報告ついでに軍を呼ぶ。んで、その部隊が到着するまで町の補修と警備だ」
魔術紋には使い切りだが遠い場所と連絡を行えるものもある。
それで城と連絡をとった後、作業をしている皆と合流した。
とてつもなく長い夜だったが、これが最後の仕事だ。
空が白み始めている、今日は快晴らしい。
「もう一息がんばりますか。その前に手当てだな」
俺は痛む腕をかばいながら町に進んだ。
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「英雄カインがトントを奪還した模様です」
「そう」
リベリア城のある一室、空が白み始めた時間に線の細いエルフがベッドに座る少女に報告している。
「被害等の詳細はわかりかねますが、自警団は存命、遊撃隊も負傷者2名だそうです」
「カイン様は?」
「たしか腕を負傷されていたかと……」
「そう。救世の英雄といえどもなのか、それとも……。ありがとう、下がっていいわ」
「かしこまりました」
エルフは部屋から出て行く。
少女は窓を見、カーテンの隙間からベッドこぼれる光を指でなぞる。
「救世の英雄でさえ一筋縄では行かない相手、帝国の侵略、手のひらを返した聖都。いろいろと見えてきましたね」
少女は小さく笑うと、直後小さくため息をつく。きれいな黒髪の間にはかすかに角が見えていた。
「私もそろそろ動きませんと……」
ベッドから立ち上がり、カーテンを開ける。
外は快晴、強い朝日に第3王女『ルクレツィア・ミル・リベリア』は眩しさに目を細めた。
これでトントでのお話は終わりです。
得る物も、失う物も大きかった戦いですが、リベリア側の勝利で幕を下ろしました。
カインと縁はまたいずれ決着をつけることになるのですが、今のところはここでお別れです。




