後編
38日目
彼が登校中、事故に遭った事を聞いた。
スマートフォンが手から滑り落ち、画面にヒビが走る。
45日目
面会謝絶が解け、やっと彼の御見舞いに行ける事に。
クラス全員で話し合い、余り大勢で押し掛けるのも迷惑になるとの事で、日替わりで数人ずつ行く事に。
私は初日に立候補した。
46日目
放課後、昨日決まったクラスの数人と連れ立って、彼が入院している大学病院へ向かう。
皆一様に無言で重苦しい雰囲気の中病院へ到着すると、彼の両親が出迎え案内してくれた。
彼の居る病室へ通されると、白いベッドで静かに眠る彼が見える。
聞いた話だと、手術自体は無事終わったが未だに彼は目を覚さないらしい。
事故に遭ったとは思えない綺麗な寝顔を眺めていると、急に涙が溢れて来る。
我慢しようにも、次から次と溢れ出て止められず、思わず病室から駆け出してしまった。
72日目
クラスでの御見舞いは一通り終わり、その後もポツポツと見舞に来ていた級友達も、今ではすっかり足を運ばなくなっていた。
いくらお見舞いしても、本人は眠ったまま。
それでは見舞う方も辛い。
それでも私だけは通い続けた。
95日目
彼の両親とは良く話すようになった。
彼の好物は、カレーとハンバーグ。
意外と子供っぽい。
128日目
明日、彼はここを退院し長期入院向けの療養病院へ移る。
同じ病院には、長く入院出来ないんだそうな。
今より少し遠くなるけど、御見舞いを辞めるつもりは無い。
200日目
私は一冊の本を持って御見舞いに訪れた。
彼が好きだと言っていた作者の新刊が出ていたので、読み聞かせようと思い持って来た。
すっかり顔馴染みになったご両親と挨拶を交わし、病室へ入る。
窓を開け、ベッドの横に備えられた椅子に座り、彼に聞こえる位の声で読み始めた。
241日目
一冊終わると、次は私のお勧めを読み聞かせる。
読み終わった本は病室に置いて行く。
彼がいつ目覚めても良いように。
1095日目
今日は高校の卒業式だった。
私はこの春から社会人になる。
この療養病院の近くに有る、小さな会社に就職が決まっているのだ。
会社の近くにアパートも借りた。
両親を説得するのは少しだけ大変だったけど、これで彼の近くに居る事が出来る。
1403日目
今日は仕事が遅くなって彼の御見舞いに行けなかった。
毎日行ってる訳じゃ無い。けど、今日は行こうと思っていたのでショックが大きい。
写真立て代わりに自室の机に置かれた、画面にヒビの入ったスマートフォンの電源を入れると、微妙な表情の彼と視線が合う。
暫く流していなかった涙が頬を伝った。
2114日目
私はタブレットを持って彼の病室に訪れる。
自分でも小説を書いてみた。
内容は、高校生の初恋を描いた恋愛小説。
本を読むのが好き同士の男女が、お互い惹かれ合って行く、そんな良く耳にする有触れたお話し。
2331日目
私の書いた小説の2人は恋に落ち、ハッピーエンドを迎えた。
頬を伝わる涙が一筋、跡を作る。
2805日目
同じ職場の人に告白された。
結婚を前提に付き合って欲しいって。
2809日目
好きな人が居るからと断った。
何度も謝った。
その人は寂しげな笑顔で私を許してくれた。
3722日目
今日も変わらず本を読み聞かせる。
病室はちょっとした図書室のようになっていた。
他の入院患者さんや、時には看護師さんまで本を読みに来る。
貸して欲しいと言われれば、私は快く貸し出した。
本棚を置いてくれたご両親と、置く事を許可してくれた病院に感謝している。
………………
………
…
5475日目
いつもの時間、私が病室に入ると彼は上半身を起こし、静かに窓の外を眺めていた。
私は持っていた本を取り落とし、床に落ちる音が響く。
その音で彼はこちらを振り向くが、その顔はあの時の、笑うでも、怒るでも無い微妙な表情。
私は彼に駆け寄り思い切り抱き付く。
そして私は15年待った言葉を口にする。
「おはよう。貴方が好き……」